軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

月下の会議

汚れた身体を綺麗にし、夕食を終えて「それでは明日また頑張ろう」と皆寝入った後。

俺はそっとベッドから出て、そのままゆっくりと自室の扉を開ける。シン、と静まりかえった家。外から月光が差し込み、家の中をほんのりと明るくしているが、それがかえって静けさを強調していた。

ゆっくりと、抜き足差し足忍び足で家の外への扉に近づいて、閂をゆっくりゆっくり外すと、やはりゆっくりと扉を開けて、外に出た。

俺は目の前の光景を見て、小さく声を漏らす。

「おお」

家の前の庭が、月明かりでちょっとしたステージのようになっていた。ここで叙情的な歌劇でもやればさぞかし盛り上がるだろう。

流石にそのチートはもらってないし、今からするのはそんなロマンチックなものではないが。

俺は庭をそっと横切って、月光があちこちにスポットライトを照らしている木々の間まで入っていき、木の幹の影に隠れる。

そして待つことしばし。開け放っておいた扉から人影が出てきた。俺には一目でそれが待っていた人物であることが分かった。

俺が木の幹から出て、手振りでその人物を呼び寄せると、気がついたのだろう、そろりそろりと近づいてきた。

月光に照らされた端正な顔。そして高い上背。俺が待っていたのはアンネである。

「すまないな」

「ううん。いいのよ」

俺の言葉に微笑むアンネ。月下美人、という単語が頭をよぎる。まぁ、あれは花の名前だが、花に例えても良かろうと思うくらいには綺麗だ。

それを一旦頭から追いやって、俺とアンネは再び木の幹に隠れる。

「あの話、どう思う?」

「偶然、と言ってしまえばそれまでだけど、ちょっとタイミングが良すぎる気はするわね」

「だよな」

カレンが北方を出奔してからうちに来てそろそろ2週間が過ぎる。何かを掴むには十分な時間だ。

彼女の鍛冶の腕前はよかったから、鍛冶の経験があるというのは嘘ではないだろう。早く帰る可能性を知らなければ、北方人として温泉を優先させたがるのも辻褄は合っているように思う。

しかし、うちに来た理由が鍛冶師としての経験を積むことではないとしたら?

腕前が良かったのは、ナイフを作ることだけを練習していたからで、狩りについて行きたがったのも、それ以外を作らなくて済むようにするためだったとしたら?

「なるべくボロが出ないよう、鍛冶以外の作業をやりたがった可能性を捨てるのはよくないように思うわね。湯殿を作っていることは知らなかったでしょうけど。湯殿の件がなければ、ナイフをひたすら極める――ことにするつもりだったかも知れないわね」

アンネは鍛冶場のほうをチラッと見た後、俺に向き直る。

「そういう策だったらと思って、乗っかったんでしょ?」

「実は鍛冶はどうでも良いんだとしたら、あれ以上教えてやる義理はないからなぁ」

俺はため息をつく。本当に弟子入りしたくてうちに来たんだったら、この後は出来るところまで叩き込んでやる……のは出来ないので、カミロが驚くほどの数を生産し続けて、その一挙手一投足の全てを見逃さないようにと言ってやるべきだっただろう。

だが、少しの疑念が生まれ、無実の確信が持てなかった。それで、湯殿の続きを行うことにしたのだ。

もしカレンが弟子入りを望んでいて、この後待っているのが帰還だとしたら、かわいそうなことになる。

その場合、俺は本当に申し訳ないことをした、ということだ。そのときの良心の呵責や、カレンからの恨みは甘んじて受け入れよう。

「そうね。その場合、何が目的だったか、だけど」

「『親方を失ったことは、北方にとっては大きな損失だと思います』、か」

「へえ。リケ、分かってるじゃない」

「前に言われたんだ。俺が作った剣の出来を見てね」

アレはリケがここに来て間もない頃だったか。俺が言うと、アンネは頷いた。

「リケの言うとおりだと思う。『最近、南方から出来のいいナイフや剣が時折流れてくるようになったな。作ったのはどういう奴だ? 何? 北方人? これを作ることができる奴が、我が北方から出ていったと言うのか!』」

アンネは小声でだが、少し芝居がかった言い方で言った。即興にしてはなかなか堂に入っている。こういう状況でなければ拍手をしていたかも知れない。

「で、作ったのが本当に俺なのか、そして、俺が誰なのかを知りたがった、か」

「そうでしょうね」

「弟子入りを断れば良かったかな」

「それはどうかなぁ」

アンネはおとがいに手を当てた。

「そうなれば別の手を打つだけでしょうね。 帝国(うち) と一緒よ。高い技術を持った人間にどこかに肩入れされると困るのよ」

「そのつもりはない……のは知りようがないからな」

「それに、北方の場合は 帝国(うち) と違って呼び戻せる可能性があるわけだしね」

「俺は一介の鍛冶屋だからなあ。お上には弱い」

「まだ言ってる」

「事実だぞ」

俺は眉間に軽くしわを寄せた。場合によっては俺を拉致ることも出来るのだろうが、それは色々とリスクが高い。ならば、政治的解決を目論むのが次の手だろう。

その第一歩として俺について調べるための、弟子入りだったのかもしれない。

そうだとすると、俺から離れる時間が長かったのも好都合だったはずだ。俺に根掘り葉掘り聞くと怪しまれるようなことでも、他にいる家族に分散して聞けば根掘り葉掘り感はないし、家族に馴染もうとして俺のことを聞いているように見える。

アンネに聞くと実際、「出身はどこと言っていたか」くらいのことを聞いていたそうである。この質問だけなら、

「同郷の人間なのによく知らないし、師匠は自分のことをなかなか話さないので、アンネさんに聞いてるんですよ」

と言われたら「そういうもんか」で終わるだろう。

それをやろうとしていたとして、そこに計算違いがあるとすれば、俺の素性は「ない」から話せないだけだ、ということだが。

「そもそも連れ戻すだけなら、わざわざ先触れを出したりせずに納品の時にでもカミロさんのところで待っていれば勝手に来るのよね。2週間後には」

「それはそうだな」

俺は腕を組んだ。アンネは小さく溜息をつく。

「私も家族になるかもしれなかった人を疑うことはしたくないし、全部がたまたまならいいと思ってるけど……用心はしたほうがいいわね」

「相当手遅れかもしれんし、今更態度も変えられないけどな」

「ま、侯爵と伯爵が手放さないでしょ。そこで手放すなら帝国に引っ張ってるはずだし」

「そうだといいがな」

俺は苦笑した。俺の肩を軽くアンネが叩く。

「とりあえず、明日からも俺の態度は変えない。ヤバそうな場合はあとでカミロやマリウスに相談する」

「そうしたほうがいいわね」

「ありがとう。助かったよ」

「どういたしまして」

月光の下、ニッコリと微笑むアンネ。俺とアンネの2人は来たときと同じく、タイミングをずらしつつ、誰も起こさないよう静かに静かに、家に戻っていった。