軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

森の温泉

とりあえず、浸かるところまでいけていないにしても、後は湯船を含めて湯殿の建築と、渡り廊下の周辺施設を作る段階までは来た。

また見に行かないといけないとは思うが、ひとまず温泉が湧いて排水できるところまでは済んでいるため、最悪目隠しさえ作ってしまえば、湯浴みするための施設としては機能するだろう。

「ま、それはさておき、だ」

翌日、皆が作業をはじめている鍛冶場の中、俺は呟いてヤットコで掴んだ板金に鎚を振り下ろす。十分な蓄えがあるとは言っても男1人女6人に娘2人の所帯である。何もせずとも将来安泰、と言えるほどではない。

「こうやって日々の活計を立てる必要はあるんだよなぁ」

ボヤき気味に言って、再び鎚を振り下ろした。それをかき消すように、金属と金属が打ち合う硬質な音が響く。ボヤきはしたが、別段この生活に不満があるわけではない。

こういう自分の好きな仕事で生活していけるのはありがたいし、それに追われて他に何も出来ないというわけでもない。それに多少社会との関わりは続けたほうが良さそうだということもある。

仮に前の世界で10兆円の資産があったとして、それを元に毎日ぐうたら過ごすか? と問われれば、俺は週に1日、いや、月に数日でもいいから外で働いて社会とつながっておきたい、と思う人間なのだ。その意味ではワーカホリックと言われても仕方ない面があるのも確かである。

そんな益体もないことを考えながらも、仕事を進めていく。火床に板金を突っ込んでから、こちらをチラっと見たリケが言った。

「ボヤいてるのにちゃんと出来てるのがズルいですね」

「ありゃ、聞こえてたか。いかんいかん」

あまり大声にならないようにとは思っていたのだが、リケにはしっかり聞こえていたようだ。弟子にこういうボヤきを聞かれるのは非常に恥ずかしい。

ただでさえチートで賄っていて色々と忸怩たるところがあるのに、ボヤいていたなんてのはバツが悪い。「しがない鍛冶屋」であり「鍛冶屋の親方」である身として恥ずかしいものを作るわけにもいかないし、ちゃんと身を入れて作業をしよう……。

その日の仕事終わりに家族皆で温泉の様子を見に行ってみると、排水のための池から湯が溢れ出して川が、ということはなく、池に湯が溜まっているだけであった。これならしばらく放置して問題になることはなさそうだ。

池とはいうものの、その日の突貫作業でできた程度の容量で、大した深さはなく縁の方がすこし浅くなっている平たい逆ピラミッド形状をしている。俺たちが浸かるにはちょっと厳しいのだが……。

どこから聞きつけたのか、狼たちとタヌキっぽいのが一緒になって湯に浸かっていた。彼(彼女?)らにとっては丁度いいらしく、目を閉じてじっとしている。耳や鼻は動いているので警戒はしているようだが、俺たちが比較的近くまで行っても逃げ出す様子はなかった。俺たちも今ちょっかいをかけるつもりはないので、ある程度距離を取って見守る。

珍しいことに俺の肩は無事だった。ディアナの右腕がルーシーを抱きかかえていたからである。ルーシーは温泉に浸かっている狼たちを見ても、特に混ざりたがりはしなかったのだが。それが嬉しいような悲しいような複雑な感情を覚えさせたのは確かだ。

ずっとうちの娘でいてくれるものかな。できればそうして欲しいなと思うが、こればかりは彼女の人生……いや、狼生だからゆくゆくは彼女の選択に任せる他ない。

ちなみにディアナの左腕が俺の肩を掴んで力いっぱいユッサユッサと揺さぶったため、全くのノーダメージでも無かったことは申し添えておく。

「あの様子だと、池を湯船に改修するのは諦めて、別に湯船を用意したほうが良さそうだな」

熊がしょっちゅう来るようになったりしたら考えどころだが、俺が対峙したことのある大きさのだとあの池では小さすぎるから来ないだろう。湯殿の外壁を多少強化してやる必要はあるかも知れないが。鉄板でも仕込もうかなぁ。

一瞬、足湯している熊が脳裏をよぎる。平和にしていてくれるなら、それでも構わないっちゃ構わないのだけど、危険ではあるからな……。

「せっかくの森の恵みですからね。“黒の森”のみんなで分け合いたいところです」

温泉から戻る僅かな間だが、リディがニコニコとしながら言った。彼女は彼女で目をキラキラさせながらオオカミたちが入浴する様子を見ていたからな。同じくらいテンションが上っていたのはヘレンもである。

彼女たちが喜ぶのなら、あの池はそのまま維持しよう。そう考えながら戻ると、見知った小さな姿が家の前で手を振っている。

「おーい、エイゾウさんたちー! 良かった。入れ違いにならずに済みました」

妖精族のジゼルさんが、うちに来たのだ。さてさて、これはまた少し真面目な話をせねばなるまい、とさっきの光景で緩んでいた頭を再び引き締めながら、俺は挨拶を返すのだった。