軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

黒の森の民

渡り廊下が完成してから納品までの数日は皆思い思いのことをして過ごした。

温泉については今は一旦保留にしてある。“森の主”直伝の場所なのだから、100メートル掘れ、などということもないのだろうが、湯殿の整備とあわせて考えると2~3日でどうにかなるものでもないし。

森の中にぽつんとあるのだから、最初は衝立のようなものを設置するだけでも良いと考える向きもあろう。

うちは“黒の森”の奥の方にある。まぁ、人が来ない要因はそれだけではないのだが、ほとんど人が来ない。

それなら、そこまで用心する必要も無いのでは、と言われればきっとそうなのだろう。それでも年頃の娘さん達なのである。用心に用心をしてもしすぎることはない……と俺は思っている。

そんなわけで、めいめい狩りに出たり、傷んできた身の回りの品を補修したり、追加で作ったりして過ごした。

俺もこのところ色々あったことだし(半分くらいは俺も原因なのだが)、新しく何かをすることはせずに、農具の手入れと追加だけにしておいた。

ヒヒイロカネやアダマンタイトの加工なんて普通に手探りだし、魔宝石の生成についてはもっとよく分からんからな……。

そうして納品の日。いつものように荷車に荷物を積み、森の中を進んでいく。今日も日差しが強いが、少しだけ弱くなっているようにも感じる。

俺はジリジリと地面を焦がそうとするかのように照りつける太陽を、木々の隙間から仰ぎ見ながら言った。

「今日はちょっと涼しいな。そろそろ夏も終わるのかね」

「そうだな。ここらのはそんなに長くない」

サーミャが同じように仰ぎ見る。その顔に木漏れ日が当たってサーミャは目を細めた。

「つってもまだもうちょっと暑いのは続くぞ。エイゾウには厳しいかもな」

こっちを見てニヤッとサーミャが笑う。俺は肩をすくめた。

「いくら鍛冶場で暑いのは慣れてるとはいっても、外に出ても暑いのは早いとこ終わって欲しいもんだね」

「全くね」

俺の言葉の後を引き取ったのはディアナだ。彼女も暑いのはあまり得意ではないらしい。避暑地に引きこもるほどではなかったそうだが。

森の中に笑い声が響く。これも俺たちの“いつも”の1つだ。

森の中も、街道も何事も起きなかった。夏の太陽が最後の仕事を「もう一踏ん張り」とばかりに頑張っているだけだ。野盗もこの暑さでは仕事をする気にならないのかも知れないが。

街の入り口の衛兵さんに挨拶をし、ほんのわずかばかり人出の減った道を進む。ルーシーが来るのを楽しみにしているらしい、強面のオッさんだけは今日もその仏頂面に汗を浮かべながら小さくルーシーに手を振っていたが。

やがて、カミロの店が見えてきた。裏手に回って荷車を倉庫に入れると、丁稚さんが駆け寄ってくる。彼の顔にも汗が浮いている。彼の場合は作業をしていて、なのかも知れないが、暑さが後押しはしただろう。

「まだ暑いな」

「そうですねぇ」

丁稚さんはいつもの屈託のない笑顔で言った。元気があるのは良いことだ。

チラッと見ると、前に作った日陰がそのままにしてある。今日も丁稚さんとうちの娘達はあそこで過ごすのだろう。

「それじゃ、すまんが今日も頼むな」

「ええ、お任せください」

胸を叩いて請け合ってくれる丁稚さんと、その丁稚さんに頭をこすりつけるクルルとルーシーを後に、俺たちは商談室へ向かった。

商談室でいつもの通りに話をした後、カミロが切り出してきた。

「これは一応聞いておくんだが」

「ん? なんだ」

カミロが「一応」と断りおくのは珍しい。彼ならそもそもそんな話は俺に持ってこない。自分のところでシャットアウトしてしまって、俺の耳に入れないだろう。

そうしなかったということは、形式上だけでも聞いておいた実績を作っておかねばならないところからの話なんだろう。

「お前に『都に来ないか、万難は排しておくから』って話があってな」

カミロの言葉に、家族が息を呑む。俺は間髪を入れずに答えた。

「無理だな」

「だろうな」

「侯爵か」

「ああ。まぁ断ったからと言って何かしてくるようなことは無いよ」

「何かしたらどうなるか分かってるだろうし?」

「そうだな」

カミロは苦笑する。わかりきった答えなのはカミロも侯爵も理解しているだろう。

うちにいる家族の何人かはあの森で匿うのが一番だろう、ということで滞在しているから、おいそれと動けない。それも侯爵は分かっているはずなのだが。

そのあたりを解決するコストを払ってでも、俺が都にいたほうが何かと「便利」なのは間違いない。俺も儲けだけを考えればそうした方がいいんだろう。

だが、俺があそこにいる理由の1つは魔力だ。あの魔力が無くては生産が立ち行かない。都にはそれがないからな。

しかし、俺が即答で都行きを断った最大の理由は魔力ではない。

「家族がいてこそでもあるが、“黒の森”での暮らしが気に入ってるんだ、俺は」

俺の言葉にカミロは今度は呵々大笑した。

「お前はもう完全に“黒の森”の民ってことだな」

「俺は最初からそのつもりだったさ」

俺は笑って言った。この世界がどうあろうと、俺は一介の鍛冶屋で、そして“黒の森の民”でありたいと思うし、そうあるつもりだ。

家族が安堵の声を漏らす中、俺は、

「あら、ありがとう」

そんな、リュイサさんの声を聞いた気がした。