軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

皇女様の”おかえり”

マリウスは結局扉のところまで見送りに出てきた。カミロの馬車に乗った俺たちは手を振った。

「気鋭の伯爵閣下のお見送りか」

「こっちには帝国の皇女殿下もいるんだ。格で言えば遥かに上だぞ。それこそ侯爵よりも上だ」

「確かに。それなら当然の対応か」

「まあ、俺とエイゾウは商人と鍛冶屋で下も良いところだが」

「違いない」

エイムール邸を離れて、俺とカミロは軽口を叩き合って笑った。

「“聞いていた”以上に伯爵とは気安いのね」

「まあね。アンネにも多くは言えないけど、少なくとも俺は友達だと思ってるよ」

「俺は?」

「どうだろうな」

「ちぇっ」

わざとらしく舌打ちをするカミロ。今度はアンネも一緒になって笑う。こうして、静かな内街を馬車は進んでいった。

門のところにはついさっきもいた門番さんが立っている。通り過ぎる時に俺たちと目が合うと、納得したというような顔をしていた。

武装している貴族には見えない男女2人の素性について、今の状態を見れば馬車の護衛だったのだと考える方が普通だろうし、多分その辺のことを思ったのだろう。

またしばらく見ることもないのかと思い、俺は少ししみじみとしながら、小さくなる門を眺めた。

人でごった返す大通りを行き、外壁の大門を抜けた。

「そう言えば、あの門が大きい理由って巨人族が通れるようにだっけ」

「そうなの?」

「俺はそう聞いた」

カミロからだったかな。口を挟んでこないので、ヤツから聞いたんじゃ無いにせよそういう話があるのは確かだ。

「祖先は今よりも大きかったとは私も聞いてるけどね」

「ほほう」

「でも、さすがにあれを用意しないといけないほど大きかったかは疑問ね」

「だろうなぁ」

俺は大門を見ながら言った。アンネでも4~5人は縦に並べそうなほどデカい。

もしかすると特異的に大きい巨人族もいたのかも知れないが、そのためだけに用意するほどデカかったかと言うと、そこは怪しいだろうなぁ。

「私は人間との子だから小さいけど、巨人族は色々とサイズが大きくて困る話には事欠かないからね」

「例えば?」

「食器なんかも人間の大きさだと少し小さくて使いにくいとか」

「あとは服とか?」

「そうね。仕立てるのに布がたくさん必要になるから、時間もお金もかかるみたいだし……」

「なるほどな。あ、うちの食器も大きめにしたほうがいいか?」

「ううん。私は別に普通の大きさでも平気。母様がもし来るなら用意して貰った方がいいかも知れないけど、その予定もないはずだし」

「ふむ」

アンネにはいらないとは言っても、アンネの母親――つまりは帝国皇帝の后だ――以外にも巨人族のお客がいつ来ないとも限らない。狩りの獲物を回収した午後とかにでも作っておくか。

そうして街道を馬車は行く。今日も空は晴れ、白い雲が青い街道をゆっくりと進んでいた。渡る風が草原を撫でて、草がくすぐったそうに揺れている。

「こんなに平和そうに見えても、世界のどこかでは何かが動いてるんだなぁ」

俺は風景を眺めながら、ポツリと口に出した。それを聞きとがめたアンネが答える。

「それが世の中ってものでしょ。立場の違いはあるだろうけど、基本的には自分たちのために動いてるんだから、どこかで衝突はしちゃうし」

「そうだなぁ」

出来ればそういうことからは身を離しておきたいものだが、世間と関わりを持つ以上、そういうわけにもいかないんだろうなぁ。実際、アンネ……と言うか帝国は俺が王国よりだと思っていたわけだし。

しかし、だがそれでもだ。

「そういうこととは関わり合いになりたくないな」

そう言っておかないと、すぐに引きずり込まれてしまうような気がして、俺は口に出し、アンネはそれ以上なにも言わなかった。

馬車は普通よりも早く進み、日が暮れない間に森の入口に辿り着いた。それでももうしばらくすれば、太陽は付近を赤く染め上げていくだろう。

「すまんが念のために松明を貰って良いか?」

「ああ。好きなだけ持ってけ。今回は無料でいい。次は貰うけどな」

「がめついな」

「商人だからな」

カミロと俺は笑いながら握手を交わして、今回の別れを告げる。家まではもう少しだ。

森に入って少しすると、思った通りに森の中が橙色に沈んだ。その中を俺とアンネの長くなった影がゆっくりと進んでいく。

ここまで2人の間に会話は無い。黙々と木々の間を進んでいくだけだ。

ギリギリで家にたどり着けるかと思ったが、どうもそうはいかないようで、森を満たしていた橙色に黒が混じりはじめる。

「念のために今のうちに松明をつけておくか」

「そうね」

俺は持ち物から必要な道具を取り出して、松明に火をつけた。周囲にまた橙色が戻ってくる。

俺とアンネは再び歩き出した。

「あのね」

歩き出して少し、アンネが口を開いた。

「なんだ?」

「わたし今、ちょっと喜んでる」

俺は答えないことで先を促す。

「皇女としての日々もそれはそれで良かったけどね。それが私というものだったし」

下生えを踏む音が辺りに響く。

「でも、エイゾウの家に来て、初めて心の底からゆっくり出来た気がするの」

「そうか」

「だから、またあの生活が出来るんだって、喜んでる」

「それでいい。まあ、仕事も手伝っては貰うけど、基本的には皆のんびりだ」

「楽しみだわ」

周囲の暗さに相反してウキウキとした声でアンネは言った。これから森の奥暮らしなんて! と思っていたら辛かろうと思っていたが、少なくとも言葉の上ではそうではないようなので少し安心する。

そうして辺りが暗くなった頃、松明の光とは違う明かりを見つけた。家だ。

扉の前には皆が出てきている。クルルとルーシーも、家の前でお座りをしていた。

「ちょっと持っててくれ」

「うん」

何がなんだか、と言う顔でアンネは松明を受け取った。俺は少しだけアンネから家寄りに離れ、アンネに向かい合う。

それと同時に、風の音しかしなかった森に、俺を含めた皆の声が響いた。

「おかえりなさい、アンネ」

それを聞いて最初はキョトンとしたアンネは、やがて笑っているのだか、泣いているのだか分からない顔をして返した。

「ただいま、みんな」