作品タイトル不明
帝都の朝
香辛料の心地よい刺激と濃厚な肉の旨味を堪能し、俺たちは夕食を終えた。
食後に出してくれた果実水でさっぱりと口の中を洗い流すと、長旅の疲労と満腹感から、心地よい眠気がふんわりと押し寄せてきた。
「それでは、今日のところは失礼させていただきますね」
「はい。どうぞ身体を休めてください」
ヴィクトリアさんたちに挨拶をして宛がわれた部屋に戻った(もちろん案内して貰ってだが)俺は、特注モデルのナイフと〝氷柱〟を手の届く場所に置き、早々にベッドへと潜り込んだ。
マットレスは程よい反発力があり、シーツは肌触りの良い上質な布が使われている。
金剛宮といういかつい名前に反して、寝心地は最高だ。
そういえば、謁見のときも、部屋に入るときも、夕食のときも武器を検められなかったな。よほど信頼はされているらしい。
あるいは鍛冶屋なら制圧も難しくないと考えているかだが……。
などと考えていると、抗いがたい睡魔の襲来に、俺はあっさりと制圧された。
翌朝。俺は気持ちよく目を覚ました。鳥のさえずりこそ聞こえないが、窓の隙間から差し込む朝の光が清々しい。
「よく寝たなあ」
身体を伸ばして大きく背伸びをする。長旅の疲れは微塵も残っておらず、頭もすっきりと冴え渡っている。転生時の 優遇(チート) による頑健な肉体のおかげもあるだろうが、やはり良い寝床でぐっすりと眠れたことが大きい。
簡単な身支度を整えたところで、昨夜と同じようにドアがノックされた。朝食の用意ができたとの報せだ。
やはり案内して貰って食堂へ向かうと、すでに昨夜の夕食と同じメンツ――ヴィクトリアさん、カテリナさん、アネットさんが席に着いていた。
「おはようございます、エイゾウ様」
「おはようございます。皆さん、お早いですね」
「エイゾウ様こそ。昨夜はよく眠れましたか?」
「ええ、おかげさまで。とても快適でしたよ」
そんなやり取りを交わしながら、運ばれてきた朝食をいただく。
帝国の朝食は、柔らかいパンに、ゴロゴロとした根菜の入った温かいスープ、それに燻製肉を焼いたものといった、なかなかにボリュームのあるものだった。香辛料こそ控えめだが、素材の味がしっかりとしていて美味い。俺は残さず平らげ、食後に淹れてくれた温かいお茶で一息ついた。
朝食を終えると、ヴィクトリアさんは自身の仕事があるとのことで一時席を外し、俺と王国の同行者である二人は、金剛宮にあるリビングルームのような談話室で待機することになった。
そこにはゆったりとした大きなソファが置かれ、豪華な調度品に囲まれている。とはいえ、公式な呼び出しを待つ身としては、完全にくつろぐというわけにもいかない。
「いよいよですね」
ソファに腰を下ろしながら、俺は向かいに座る二人に声をかけた。
カテリナさんは小さく息を吐き、少し硬い表情で頷いた。
「ええ。昨日の到着直後の謁見は、あくまでご挨拶といった形でしたから。今日の場が本番ということになります」
「それにしても、具体的に何の話をされるんでしょうかね。王国のお二人も同席するとなると、なかなか厄介な話なんじゃないかと思いますが」
俺がそう言うと、アネットさんが真剣な眼差しで口を開いた。
「鍛冶屋としてのエイゾウさんは関係ない可能性もあります。王国から鍛冶屋を呼んで仕事を頼んだ、と言うだけでも、帝国と王国が親密であることのアピールにはなりますから。特に今回、表向きは一介の鍛冶屋に過ぎないエイゾウさんを金剛宮にまで招いていますからね」
「なるほど……」
つまり、ここで俺がとんでもない下手を打てば、その目論見は完全に逆方向に転がり始める、というわけだ。
胃が痛くなるような話だが、ここで尻尾を巻いて逃げるわけにもいかない。依頼をきっちりとこなし、無事に我が家へ帰るのが今の俺のやるべき仕事だ。
「まあ、どんな話が出るにせよ、俺は俺のできる範囲で応えるだけですよ」
俺が努めて気楽な声で言うと、カテリナさんとアネットさんも少しだけ表情を和らげた。
それからしばらく、三人で黒の森での生活のことなど他愛のない話をして緊張をほぐしていると、談話室の扉が恭しくノックされた。
「エイゾウ様、並びに王国よりの使者殿。皇帝陛下がお呼びでございます。謁見の間へご案内いたします」
文官の静かな、しかしよく通る声が響く。
「さて、行きますか」
俺は立ち上がり、懐にある〝氷柱〟の位置を軽く確かめた。カテリナさんとアネットさんも無言で立ち上がり、姿勢を正す。
俺たちは案内役の文官に続き、いよいよ本題が待つ場へと向かった。