軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#08.

塔へ向かう準備を整えたプリシラとラファエル、そしてケルピーは、黄昏の降りた寝室に立ち、ライディスを見つめていた。

大層な準備をしたわけではない。プリシラは最初にリュエンと対峙した時の女装姿のままであり、ラファエルもまた、いつものような皮鎧を纏っているに過ぎない。

世界の滅亡を食い止めに行く一行にしては、あまりに簡素な出で立ちに、ライディスが不安げな表情で尋ねた。

「プリシラ。本当にその程度の装備でよろしいのですか? もっと準備を整えてから……」

「 付与(エンチャント) で身体強化はできる限り施しておきましたから。これ以上何かを付け足すのは、かえって邪魔になるだけです」

「しかし……」

「ライディス、お前がいつからそんな心配性になったんだ? つまらん心配をしている暇があるなら、まともな食事でも用意しておけ。一暴れして戻ってくれば腹が減るだろうからな」

「それはいいですね、ライディス卿。リュエンを連れてすぐに戻りますから、迎える準備をしておいてください。それだけで十分です」

プリシラにもラファエルにも、悲壮感など微塵もない。家出した弟を連れ戻しに行くかのような軽やかさ。その大したことなさそうな態度が、むしろ信頼を感じさせた。

彼らなら必ず長い悪夢を断ち切り、朝を呼び戻してくれるに違いない。

込み上げる不安を溜息と共に飲み込んだライディスが、ワープゲートを開いた。穏やかな空気が漂う寝室とは対照的に、開かれたゲートの向こう側はひどく暗く、冷たい風が流れ込んできた。

「ネームタグを追跡し、シェイルグがいると推定される座標にゲートを繋げました。しかし、あくまで推定ですので、そう簡単には見つけられないでしょう」

「近くにゲートを開いてくださるだけでも助かります。ライディス卿のおかげで時間を節約できますから」

「プリシラ、将軍、そしてケルピー。一つだけ約束してください。シェイルグと共に、必ず無事に帰還すると」

「ふふ。ご心配なく。ライディス卿、すべての決着をつけて、リュエンのうなじを掴んで引きずり戻してまいります」

「待っていろ」

「そなたを頼むとしよう」

プリシラは、リュエンの瞳の色のように赤く染まった空を一度だけ見上げた後、微笑んで言った。

「それでは、行ってまいります」

***

ゲートの向こう、薄暗がりの降りた空間に足を踏み入れたプリシラが最初に感じたのは、穏やかな春風に乗って聞こえてくる笑い声だった。

子供特有の、高く幸せそうな笑い声。

(どうして塔の中で子供の笑い声が聞こえるのか?)

湧き上がった疑問は、ほどなくして解消された。視界を遮っていた濃い霧が一瞬にして晴れ、隠されていた情景が視界いっぱいに広がったからだ。

正午の青空が眩しく広がっていた。皇城を中心に円状に広がる広大な都市は、活気に満ち溢れていた。

色とりどりの屋根の下で洗濯物を干す女たち。整備された道路では子供たちが走り回っている。市場が近いのか、吹いてくる風に商人たちの呼び込みの声が混じって聞こえてくる。

視界を埋め尽くす予想外の光景に、ラファエルはもちろんプリシラもまた、目を見開いて都市を見つめた。ふと路地裏に目を向けると、ネズミ一匹いない清潔な路地が見えた。

光が強いほど闇も深くなるもの。王都の路地裏はどこよりも陰湿で暗いはずなのに。ここは一体何なのか。どこなのか。なぜ塔の中にこんな場所が……。

「馬鹿な。ここはリベリアじゃないか」

「リベリアですって?」

「ああ。それも、ガエルが首都だった頃のリベリアだ」

ラファエルの言葉に、プリシラは再び周囲を見渡した。確かに、たった一度だけ見た記憶の中のリベリアの姿と酷似していた。

「ケルピー。これは……エルフリーデが作り出した幻想なの?」

「違う。これは現実を切り取り、閉じ込めたものだ。実に悍ましく、悪意に満ちた結果物だ」

蔑むように吐き捨てたケルピーの言葉が、すぐには理解できなかった。幸い、プリシラだけが解せなかったわけではないようで、ラファエルが首を傾げて尋ねた。

「現実を閉じ込めたとは、どういう意味だ?」

「言葉通りの意味だ。存在していた時間を強制的に切り取り、封じ込めたのだ。だが、切り取って閉じ込めたところで、これはすでに過ぎ去った時間の中の情景に過ぎない」

ケルピーの説明を理解した瞬間、この穏やかな情景がひどく不気味に感じられた。

存在していた時間を強制的に切り取り、閉じ込めた。

リベリアは三年前、魔導王国と共に消滅した。

悍ましく、悪意に満ちているという言葉の意味。

プリシラの推測を裏付けるように、晴れ渡っていた空が急激に曇り、一滴、二滴と雨が降り始めた。

しかし、降ってくる雨の色は異常だった。血のように赤い雨が、美しい色彩に満ちた世界を赤黒く塗り潰していく。

突然の雨を不審に思いながらも、住民たちは落ち着いて洗濯物を取り込み、子供たちは家に戻ろうとした。しかし、誰一人として安全な我が家へ辿り着くことはできなかった。

雨に打たれた者たちは、ほどなくして足を止めると、身を屈めて蹲った。目は零れ落ちそうなほど見開かれた。いいえ、実際に飛び出した者もいた。

異常なほどに体が膨れ上がる者もいれば、掌ほどの大きさに縮んでしまう者もいる。

それぞれ異なる姿へと変貌していく住民たちは、やがて怪声を上げて身を悶えさせた。彼らの体は魔物のように歪み、変形し、沈着していった。

瞬く間に繰り広げられた地獄絵図に、元の姿を留めた住民も、変貌した住民も、皆が悲鳴を上げていた。

人間の形を留めた顔からは涙が流れ落ちたが、赤い雨水と混ざり合い、まるで血の涙を流しているかのように奇怪であった。