軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#28.

暗く沈んだリュエンの瞳は、どこか危うげに見えた。

今は恐怖を感じている場合ではない。リュエンが苦しんでいるのなら、それを解決するのがプリシラの役目なのだから。

自分の肩に預けられたリュエンの顔をそっと持ち上げたプリシラは、彼の額に自分の額を合わせながら言った。

「リュエン。あなたを頼らなかったわけじゃないの。ただ……一度も誰かを頼ったことがなくて、思い至らなかっただけ」

「頼ったことがない、だと?」

「ええ。私は『守る人』であって、『守られるべき人』じゃないから」

プリシラにとって、他者は守るべき対象だ。彼女の隣に立つ者はいても、彼女の前でプリシラを守ってくれる者は存在しなかった。

いや、いたにはいた。だからこそ信じ、頼り、愛し、そして裏切られただけのことだ。

プリシラにとってリュエンは守るべき人だ。守るべき対象を頼るなどあり得ないことだったので、考えもしなかったのだ。

「プリシラ。そなたは私との幸せを約束してくれた。だからこそ私を守ってくれているのだろう」

「うん」

「そなたが私を守ってくれるように、私もまたそなたを守りたいのだ。それが何であれ、そなたが傷つく前に一歩先んじて、すべての原因を取り除きたい」

リュエンが彼女の頬を愛おしそうに撫でながら言った。

アイザックの手が触れそうになった場所だった。

プリシラの視線は頬に触れる、少し荒れて骨張った手に注がれ、それから自分だけを注視している紅い瞳へと向けられた。

リュエンを頼る? こんなに弱々しいのに?

けれど。

プリシラにとってリュエンは保護対象である一方で、「共に」幸せになると約束した相手だ。プリシラを守ることが彼の幸せに繋がっているのなら、叶えてあげなければならない。

プリシラの振る舞いが彼を傷つけたのなら、謝らなければならない。

「本当にごめんなさい、リュエン。これからはあなたを頼るわ。今回のように、あなたの意思を無視するようなことはしない」

「約束してくれ」

「約束するわ」

プリシラの答えに、リュエンはようやく穏やかに口角を上げた。青空の下で見る彼の顔は、あまりにも眩しかった。

彼につられてにっこりと微笑んでいたプリシラだったが、やがてリュエンにがしっと抱きつきながら言葉を続けた。

「リュエン、そろそろ地面に下ろしてくれる? あなたが落とすのを心配してるんじゃなくて、私、高いところが怖いみたい。雰囲気が真面目すぎて言い出せなかったけど、もう本当に気絶しそう」

「……!? す、すぐ下ろそう!」

***

プリシラがリベリアに腰を据えてから、およそ一ヶ月が過ぎようとしていた。

リベリアに到着するなりリュエンに出会い、彼と幸せを約束した。

その後、塔から下りてきたフェンベルクと対峙した。

ようやく落ち着けるかと思った矢先、アイザックとミラベルが現れてプリシラの生活を少しかき乱して去っていった。

半月の間に数多くの出来事が吹き荒れたのとは対照的に、その後の半月は安定した生活そのものだった。

規則正しい食事と睡眠をとったリュエンの体は急速に回復し、心の安らぎを得たおかげか、初めて出会った戦場での姿よりも健康で明るい様子になった。

街へ出る時はいつもフードで顔を隠していた彼だったが、プリシラと共に歩くうちに慣れたのか、最近ではフードを脱いで街を歩けるようになった。

有名な顔であるため、彼の姿を見た人々は一様に足を止めたりもしたが、あまりに秀麗な顔立ちのせいか、かつてのような警戒の意味ではなく、今ではただ顔を鑑賞しているだけのように見えた。

(まあね。こんな顔なら、何度見ても見飽きないわよね)

毎日彼の顔を見ているプリシラでさえ、リュエンが明るく笑えば一瞬息が止まるほどだ。耐性のない人々なら尚更だろう。

整った顔を至近距離で見続けすぎたせいか、自分の顔はかろうじて人間として見られる程度ではないかと思えてくるほどだった。

テーブルに座り、頬杖をついたプリシラが料理をしているリュエンをじっと見つめていると、視線を感じた彼がプリシラの方を振り返って尋ねた。

「プリシラ? 何か食べたいものでもあるのか?」

「食べたいものはたくさんあるけど……食べ物があるから見てたんじゃないわ」

「では?」

「ハンサムだったから」

プリシラの答えが予想外だったのか。リュエンは珍しく呆けた顔で瞬きを繰り返した。その姿さえ感嘆が漏れるほど美形だった。

本当にリュエンと私は同じ人類なのだろうか?

「……何だと?」

「リュエン。ものすごくハンサムじゃない」

「……プリシラは私の顔が好きなのか?」

「もちろん好きよ。でも、顔だけが好きなわけじゃない。あなたという存在が好きなの」

「それは、どういう意味の『好き』なのだ?」

「どういう意味って?」

質問の意図がわからない。プリシラが首を傾げると、彼女に歩み寄ったリュエンが鼻先が触れ合うほどの距離まで顔を近づけてきた。

恥ずかしくなったり、ときめいたりする距離であったにもかかわらず、プリシラは目をぱちくりさせるだけで、何の反応も見せなかった。

(好きだと言うくせに)

プリシラはリュエンを好いている。だが、それは恋愛的な意味ではない。その事実が、リュエンには少しもどかしかった。焦れているのはいつも自分だけのような気がするからだ。

瞳を伏せたリュエンがプリシラに問うた。

「プリシラ。そなたはアイザック・ペインの妻だったと言っていたな」

「そんなこともあったわね」

「あの男の体が……そなたに触れたことはあったのか?」

「え? あ……急に何を言い出すのよ!?」

唐突な質問に、プリシラの顔が真っ赤に染まった。

プリシラの表情を変えることに成功したのが嬉しい一方で、話題があの男であることに心がささくれ立つ。

リュエンの瞳がいっそう暗くなったが、動揺したプリシラは気づかなかった。

「ものすごく恥ずかしい話題なんだけど……答えなきゃダメ?」

「答えてくれ」

リュエンの断固とした口調に、プリシラはうろたえながらも、やがて諦めたように言葉を繋いだ。

「まあ、結婚していた仲だし、抱擁やキスくらいはしたわよ。でもそれ以上はなかったわ。アリシア・ペインがいつも傍にいたし。抱擁やキスだって、多かったわけじゃないわ」

「……抱擁したり、口づけを交わしたりした事実を不快には思わないのか?」

「どうかしら? 抱擁なんて肩を貸す時だって何度でもするし、口づけも人工呼吸だと思えばそれほど……」

血生臭い戦場では、止まった息を吹き返させるためなら何だってする。プリシラにとって、抱擁も口づけも救護の一環に過ぎないのだ。

実に彼女らしい答えではあるが、リュエンとの口づけさえ救護の一環だと思われるのは腹立たしかった。プリシラの顎を持ち上げたリュエンが問う。

「つまり、そなたは誰とでも口づけができるという意味だな」

「何を馬鹿なこと言ってるの? 当然、死にそうな人にしか……んっ!」

何の前触れもなく重なった唇に、プリシラの目が見開かれた。開いた口の中に忍び込んでくる熱く湿ったものに、瞬く間に顔が火照った。

「ちょっと、リュエン……んっ……」

言葉を続ける隙を与えない。恋人にだけするような濃密な接吻に、狂おしいほど狼狽したが、抗えば抗うほど執拗に攻めてくる。

深い口づけを続ければ、不利なのはプリシラだ。彼女はリュエンの首に腕を回し、彼との口づけに不器用に応じた。

プリシラの反応に驚きながらも、強引だった動きが柔らかくなった。プリシラの呼吸が荒くなったことに気づいたリュエンがゆっくりと唇を離すと、プリシラは肩で息をしながら彼を睨んだ。

「リュエン。言い訳があるなら言ってみなさい」

「言い訳はない」

「そう、そんな理由……え? ないの? なぜないの?」

「私が何の言い訳をしなければならないのだ?」

「それは、急にキスした理由よ! じゃあ、ただなんとなくしたの?」

「なんとなくでするはずがなかろう。そなたが私との口づけを大したことではないと考えているようだから、改めて思い出させてやったのだ」

「え……ええ……?」

それは、つまり。

「リュエン、私に気があるの?」

まさかとは思いながらもプリシラが問うと、彼は彼女のこぼれた髪をかき上げながら答えた。

「私はそなたがいるから息ができ、生きていくことができる。そんなそなたを愛さないなど、不可能ではないか?」

あまりに熱烈な告白だったが、ときめきよりも戸惑いが勝った。

もちろんリュエンは素敵な男性であり、誰もが憧れる対象だったが、プリシラにとっては危うい人でしかなかったからだ。

言葉を失い、唇をぱくぱくとさせていると、リュエンは再び彼女の唇に優しく触れ、言葉を続けた。

「そなたの心に、まだ私がいないことは分かっている。急かしはしない。これから私たちは、一生を共にするのだから」

「ちょっと。リュエン……? 一緒にいようとは言ったけど、そういう意味じゃなかったんだけど」

「私はそのつもりなのだ。一緒にいようと約束したのはそなたなのだから、責任を取ってくれ」

これは……弱ったことになった。ただ、リュエンの想いが嫌ではないのを見るに、彼に絆される日もそう遠くないのかもしれない。

リュエンの挑発に目をしばたたかせながらも、プリシラはにっこりと笑った。そして、再び彼女に近づこうとするリュエンの口を手で塞ぎながら言った。

「いつまでやってるのよ。お腹空いたわ。ご飯にして」