軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#09.

ライディスのおかげで、プリシラは瞬く間に移住登録を終えることができた。移住登録といっても、あくまで塔によって集まった自治区であるため、特別な手続きはなかった。

個人を識別するネームタグを渡されるのが特異といえば特異だったが、尋ねてみると、いつどこで魔物に殺されるか分からない自治区ゆえに、軍隊式に人員を識別することにしたらしい。

(ここでもネームタグか。まあ、効率を考えればこれが一番よね)

ちょうど持っていたものをリュエンに渡してしまったので、都合が良かったのかも知れない。

ネームタグを失くさないようしっかり仕舞ったプリシラは、続く住居の説明に耳を傾けた。

ライディスが紹介してくれた家は計四軒で、価格が手頃ながらも居住区域と作業区域が分かれている家を選び、契約した。

「信じていただけるのはありがたいですが……やはり、家を見てから決めた方がよろしいのでは?」

「家を見て回ると時間がかかりますから。連れを待たせているんです」

どうせ帝国式の家なら、似たり寄ったりだろう。

多少不合理な点があったとしても、ベッドより地べたで野宿していた時期の方が長かったプリシラだ。

リュエンを寝かせるベッドさえあれば、残りはその都度付け足せば済む話だ。

プリシラの淡白な答えに、ライディスは契約書と鍵を差し出しながら首を傾げた。

「そういえば……お連れの方は移住登録をなさらないのですか?」

「あ」

待てよ……奴隷も移住登録が必要なのだろうか。奴隷には人権がないと聞いている。そもそもプリシラは、リュエンを連れ出すために購入したに過ぎない。特に彼を奴隷として扱うつもりもないので、可能な限り彼に人間としての生活を返してやりたいのだが……。

(ライディス公に尋ねるのは……いや。帝国の人間にリュエンの情報は流したくない)

リュエンが悲惨に死ぬことを望み、今の姿に変えたのは他ならぬ帝国だ。帝国に忠誠を誓っていたライディスではないか。リュエンに対して快くない感情を抱いているのは明白だった。

ライディスなら、リュエンがこの街にいることくらいはいずれ察するだろうが、今すぐ知らせる必要はない。

プリシラが無言で目を細めていると、ライディスが不思議そうに問い返した。

「プリシラ殿? どうなさいましたか?」

「あ、すみません。連れが少し体調を崩しておりまして。私は家を借りる必要があるので先に登録しましたが、連れは治療を済ませてから考えようと思いまして」

「おや。大丈夫ですか? 自治区には医師が不足しているはずですが」

「大丈夫です。私にできますから」

「プリシラ殿が、ですか?」

プリシラの答えに、ライディスは意外そうな目で彼女を見つめた。戦場にいた頃、プリシラは一度も治癒スキルを使ったことがなかったのだから、不思議に思うのも無理はない。

「私の治癒は効率が悪くて。守護スキルに全魔力を集中させる必要があったので、戦場では使えなかったんです」

「なるほど」

頷くライディスの向こう側に、徐々に赤く染まっていく空が見えた。いけない。時間を使いすぎてしまった。

契約書の写しと鍵を仕舞ったプリシラは、席を立って挨拶を交わした。

「ライディス公。今日は助けていただき、本当にありがとうございました。貴金属の買い取りまで代行してくださって……おかげで素早く片付きました」

「いえ。プリシラ殿が一日も早くここに落ち着くことは、私にとっても利益ですから」

「期待に応えられるよう、努力しなくてはいけませんね」

「店はいつ頃開く予定ですか?」

「そうですね。連れの完治と生活の安定を待ってからになるので……少なくとも一週間はかかるでしょうか」

「思ったより早いですね。いいでしょう。開店前に登録すべき書類がありますから、役所にもう一度お立ち寄りください」

「分かりました」

「個人的に連絡をいただければ、なお嬉しい。プリシラ殿に妻を紹介したいのですよ。知り合い一人いない場所へ来たもので、寂しがっておりまして」

ライディスの答えに、休憩時間のたびに妻自慢を繰り広げていた彼の姿が思い浮かび、思わず笑みがこぼれた。良い関係を築いているのだなと安心する一方で、アイザックとただの一度も良好な関係になれなかった過去が思い出され、苦さがこみ上げてきた。

(……もう終わった縁よ。考える価値もないわ)

アイザックの記憶を打ち消し、プリシラは頷いた。

「私も、ライディス公がいつも自慢なさっている奥様にぜひお会いしたいと思っていました。家の片付けが終わったら、食事でもご馳走させてください」

「お待ちしております。もし困ったことがあれば、ここを訪ねてきてください」

「ありがとうございます」

ライディスの自宅の住所が書かれたメモを契約書と共に仕舞い、プリシラは手遅れになる前に急いで役所を後にした。

真っ直ぐ伸びる街道を通り、リュエンのいる荒涼とした廃屋に入ると、壁に寄りかかって目を閉じているリュエンの姿が見えた。

疲れていたのだろうか。プリシラの気配にも、彼は目を開ける気配がなかった。いや、それどころか、全く身じろぎ一つしなかった。

(まさか、死んだわけじゃないわよね……?)

不安に駆られ、彼女が近づいて綿密に状態を確かめると、極めて微かに胸が上下しているのが見えた。

(ふぅ……)

ただ深く眠っているだけなのだ。しばらくリュエンの様子を見ていたプリシラは、彼を起こさないよう慎重に抱き上げた。

よほど疲れていたのか、リュエンはプリシラがライディスに紹介された家に着くまで目を覚まさなかった。

重くはなかったが、目を覚まさせないよう注意して歩いたため、遠くない距離だったにもかかわらず、いつの間にか周囲は闇に包まれていた。

苦労して扉を開け、住居区域である二階へ上がると、長い廊下に並んだ四つの部屋が見えた。三つは寝室で、最後の一つは書斎や執務室として使える空間だという。

その中で最も日当たりの良さそうな部屋の扉を開けると、清涼な空気と共にシーツの被せられた寝室が現れた。

(入居のために掃除まで済ませてあった家だが、事情があって入居できなくなったという話だったけれど)

なるほど、確かに今すぐ住んでも問題ないほど素晴らしい。

慎重にリュエンをベッドに寝かせたプリシラは、強張った肩をぐるりと回した後、部屋の中を見渡した。クイーンサイズのベッドとクローゼット、そしてテーブルと椅子。テーブルの上の花瓶には、枯れ始めたばかりの生花が活けられていた。夫婦の寝室にするつもりだったのだろうか。

一人で使うには少し大きいが、患者であるリュエンがこの部屋を使うのが良いだろう。頷いて満足したプリシラは、やがて椅子をベッドの近くに引き寄せて座った。

今日はプリシラもかなり疲れていたため、すぐに休みたかったが、まだやるべきことが残っている。

(治療は早い方がいいわ。特に、効率の悪い私ならなおさら)

どう考えても、両腕がなくては日常生活が不可能なのは明白だ。ならば、プリシラがもう少し苦労してでも、一日でも早く時間を進めるのが未来のためにも良いはずだ。

舌や口内のような小さな部位ならいざ知らず、これほど大きな部位を再生させるのは初めてだった。

(焦らずに、少しずつ)

浅い息を吐いたプリシラは、かつて両腕があったリュエンの姿を思い浮かべながら、目を閉じた。

***

王都アルカン。

ベルク辺境伯のタウンハウスには、重苦しい沈黙が立ち込めていた。華やかではないが、古風な美しさが漂う応接室に立ったミラベル・ベルクは、ベルク家の執事長ギアスを見つめながら、震える声で問い返した。

「ギアス……今、何とおっしゃいましたか?」

「ペイン卿の不貞に耐えかねたペイン夫人が自ら命を絶たれた後、死者の森の防衛線が崩壊いたしました。旦那様が、奥様を連れてくるよう命じられました」

「嘘よ……冗談はやめて。シラが死ぬなんて? それよりも……アイザック・ペイン。あの方が……何をしたですって?」

「妹のアリシア・ペインとの不貞を、ペイン夫人と旦那様が直接目撃されたとのことです」

「なんてこと……」

「森から魔物たちが氾濫し、領地は大きな打撃を受けました。奥様が切実に必要な状況です」

(そんなの、当然そうなるでしょうに! あの馬鹿なアイザック・ペイン。整った顔だけを頼りに威張っていた間抜けが、一体何をしてくれたのよ!!!)

死者の森と辺境伯邸は、プリシラの広域守護結界によって厳重に守られていた場所だった。プリシラがいなくなれば、当然魔物は氾濫する。

(カイゼンはどうして傍にいながらアイザック・ペインを止めなかったの? くそっ、カイゼンを信じて王都に来たのが間違いだったわ)

領民と領地を己の命と同じくらい慈しむカイゼンを、二年にわたって自分だけを見つめるように仕向けた。プリシラさえいれば大丈夫だと何度も安心させ、ようやく子供を口実に王都に来ることができたというのに。

額を押さえながら考えを巡らせていたミラベルが、ギアスを見つめて尋ねた。

「ギアス。プリシラはどうやって死んだの?」

「死者の森の絶壁から身を投げたとのことです」

「死者の森の?」

なによ、それなら死んでいるはずがないじゃない。最悪の情報の中で、これ以上の朗報はない。間抜けたちが不始末をしでかしはしたが、プリシラさえいれば収拾はつく。

(プリシラを捜し出さなきゃ)

ミラベルは、王都での生活を辞める気などさらさらなかった。彼女は二度と血生臭い戦場になど行かない。

そのために、ほんの少し苦労することくらいは……甘んじて受け入れなければならないだろう。

「分かったわ。すぐに領地へ降りましょう。準備をするから、少し待っててくれる?」

「はっ」