作品タイトル不明
まさかのお買い物
大通りを歩いていると、誰もがユベール卿を振り返る。
それも無理はないだろう。
ユベール卿ほど美貌の持ち主を見たことがないから。
「なんだ、人をジロジロ見て……。魔法騎士隊の制服で歩き回っているのならば理解できるのだが」
どうやらユベール卿は自分自身が見目麗しい自覚がないようだ。
師匠も若かりし頃が絶世の美女だった、と常連さんが嬉しそうに話していたのを思い出す。
きっとオーベルジュ大公家の人々は美貌の一族なのだろう。
美しい家族に囲まれていると、それが普通だと思ってしまうのかもしれない。
これからユベール卿はこうして街を歩き回る機会も増えるに違いない。そのためこの際、はっきり伝えておくことにした。
「ユベール卿のお顔が美しいので、みんなびっくりして振り返っているんです」
「そんなわけないだろう」
「そんなわけあるんですよ」
試しに私が持っているレースハンカチで顔を隠してみるように言ってみる。
「わざわざ他人の顔を見るために振り返るわけがないのだが……」
物は試しだ、と言って背伸びをし、ユベール卿の美しい 顔(かんばせ) にレースハンカチを被せた。
麗しい顔が見えなくなった途端、振り向いてまでユベール卿の顔を見ようとする者がいなくなった。
「嘘だろう?」
「ご自身の美しさを、ご自覚いただけましたか?」
「……」
何も言い返さないということは、現実を静かに受け入れたのだろう。
レースハンカチを取ってあげると、呆然としているような表情でいた。
自覚がなかったので、ショックを受けているのかもしれない。
「顔を隠すことができる、頭巾の付いた外套を買いますか?」
「そうだな」
ちょうどユベール卿がいつも服をオーダーしているお店が近くにあるという。
闘技大会が始まるまで時間があるので、買い物をする余裕はまだある。
「直接足を運ぶのは初めてだが」
さすが大貴族。お買い物をするときは、自宅に商人を呼び寄せるのだろう。
ユベール卿と共に向かった先は、伝統ある 王室御用達店(ロイヤルワラント) 、〝シャ・ノワール〟。
人気のあるデザイナーが在籍していて、予約しても手元に届くのは一年後だという話を聞いたことがある。
しかも、購入するには紹介状が必要で、ご縁がないと予約どころか、お店に入ることすらできないのだ。
しかもこのお店はオーダーメイドが基本で、直接赴いても当日に購入できるようなお店ではないはずなのだが。
なんて思っていたら、店内から燕尾服姿の店員さんが出てきた。
「オーベルジュ様、いらっしゃいませ!! よくいらっしゃいました!!」
ユベール卿はとてつもなく大歓迎されている。
「どうぞどうぞ、中へ!!」
私も入っていいのか迷っていたら、ユベール卿から早く来るように言われてしまった。
シャ・ノワールの店内にはトルソーに着せられた美しいドレスや、燕尾服が陳列されていた。
それだけでなく天井まで届くくらい高い棚には、布地が豊富に揃えられている。
「オーベルジュ様、お呼びいただけたら、お屋敷まで馳せ参じましたのに」
「いや、今日は既製服を買いにきた」
「そうでございましたか!」
頭巾付きの外套がないか聞くと、店主らしい燕尾服の店員がぽんぽんと手を打つ。するとお店の奥から何着も出てきた。
店員が一人一着持ち、ずらりと並んで見せてくれる。
革製のかっこいいものから、シルエットが美しいものまで、デザインは種類豊富にあった。
ユベール卿は腕組みしながら眺めていたが、途中で私を振り返って言った。
「メーリス嬢、どれがいいと思う?」
「え、私ですか?」
「ああ、決めてくれ」
そう言われると迷ってしまう。
腰の辺りがきゅっと絞られているシルエットが美しい外套は、逆にスタイルがよく見えて注目を集めてしまいそうだ。
「でしたらこちらの外套を一度試着していただけますか?」
「わかった」
店主がユベール卿に私が選んだ外套を着せてくれる。別の店員がすかさず姿見を持ってきてくれた。
それで外套を着た姿をいっさい確認せずに、ユベール卿は私を振り返る。
「どうだ?」
「腰回りなど少々大きく見えるかと思いますが、シルエットが隠れていいと思います。ただ袖と裾を、可能であれば少し長くしたほうがいいかなと」
スタイルがいいので、既製服だと長さが足りないようだ。
ユベール卿が店主にできるかどうか聞いたら、一時間ほどでできるという。
「ではこれにしよう」
一度自分で確認するように言ったものの、すぐに脱いで店主に渡してしまった。
どういうふうに自分が見えているのか、無頓着なところがあるのだろう。
これだから天然ものの美貌の持ち主は……と思ってしまう。
私なんて朝から鏡をしっかり覗き込んで身だしなみを整えているというのに、羨ましい限りだ。
「しばらくお待ちいただく形になりますが、店の奥でお茶でも召し上がりますか?」
「いいや、彼女のドレスを見立ててくれ。昼用ドレスと、普段着用のドレスと、あと夜用を数着ずつ見せてくれ」
「かしこまりました!」
え!? と声をあげそうになる。
静かな店内だったので、なんとか呑み込んだのだが。
慌ててユベール卿に耳打ちする。
「あの、ユベール卿、私はこのお店でドレスをお迎えできるような身分の者ではありません!」
「気にするな」
いやいやいや! と首をぶんぶん横に振る。
商人の娘なので、王室御用達店のドレスが一着どれくらいするかくらいは把握しているのだ。
とても、私に払いきれる金額ではないだろう。
「回復シールの礼だ」
「ユベール卿、お礼は大丈夫なんです」
「礼をどうするかは、私が決めることだ。メーリス嬢の意思は聞いていない」
「そ、そんなーーーー!!」
みっともなく叫ぶまいと思っていたのに、結局大声をあげてしまった。
それからというもの、お店に大量のドレスが持ち込まれ、着せ替え人形のようにあれやこれやと体に当てられる。
これらのドレスは、これからオーダーを受けるさいに参考に見せるために作るサンプルらしい。
それを他のご令嬢に見せる前に、売ってくれるようだ。
恐れ多いと思ったものの、店主は「また作り直せばいいだけのお話ですから!」なんて言ってくれる。
ユベール卿が次から次へとキープするので、ちょっと待ってほしいと言いたかったのに、女性店主が登場し早口で勧めてくるので、入る余裕がまったくなかった。
結局、十着ほどのドレスをユベール卿が買ってしまった。
おそらく私が一生働いても返済しきれないくらいの金額になっているだろう。
なんとも恐れ多い恩返しをしてくれるのか。
そうこうしているうちに、ユベール卿の外套の寸法直しが終わったようだ。
「お待たせいたしました」
袖と裾を仕立て直した外套はユベール卿にぴったりだった。さすが王室御用達店。腕のいい職人を抱えているのだろう。
ちなみにドレスも寸法の調整をし、お店で預かってくれるという。
シール堂に運ばれても置く場所がないのでありがたい。
ドレスが必要な日があれば、そのたびに届けてくれるようだ。なんともありがたいサービスである。
「オーベルジュ様、今回もごひいきくださり、ありがとうございました」
「また頼む」
「ぜひ!」
お支払いは当然のごとく後払い。明細の署名すらしないようだ。
すべては信頼で繋がっているのだろう。
いちいち請求書を発行して、取引を行う実家の商売とは大違いだった。
やはり、上級貴族相手の商売は特殊なのだろう。そこに参入しようだなんて、無理な話だったのだ。
「オーベルジュ様、リュミエール様、またのお越しをお待ちしております」
笑顔で退店しながらも私の名前は覚えなくてもいい、どうせ次に買い物をする機会なんて訪れないだろうから、と心の中で思ってしまった。