作品タイトル不明
思い出したこと
「なんなんだ、この本は!」
ヴィルオルはぶつくさ言いながら本を開く。
彼が触れても弾かれないし、ぱらぱらとページをめくることもできる。
「貴重な本なのか?」
「いや、そんなわけあるか。似たような本は実家にもたくさんある」
内容もおかしなところはない、と言って本の中身を見せてくれたものの、ただの白いページだったのでギョッとした。
「ヴィルオル、私には真っ白な本にしか見えない」
「なんだと!?」
「俺には読める――うっ!!」
ヴィルオルは本を落とし、頭を抱える。
「どうした!?」
「あ、ぐうっ――」
床に片膝を突いたヴィルオルの額には、珠の汗がびっしり浮かんでいた。
すぐに回復術を施す。
「祝福よ、かの者を癒やしたまえ――!」
息づかいまでも荒くなっていたヴィルオルだったが、落ち着きを取り戻したようだ。
「大丈夫か?」
「ああ、すまない」
「いったいどうしたというのか?」
「わからない」
ヴィルオルは立ち上がり、長椅子にどっかりと腰掛ける。
まだ顔色はよくなっておらず、しばらくここで休んだほうがいいだろう。
「なんだか覚えのない記憶が流れ込んできたように思えたのだが、全部霞がかかっていたようで、何もわからなくて」
「それは――」
一度目の記憶なのだろうか。
まさか、私が生まれ変わったのは竜魔法の力だったのか?
真相に近づいたように思ったものの、本が読めないので確かめようがない。
「唯一」
「唯一?」
聞き返すも、ヴィルオルは手で口を覆って 頭(かぶり) を振るばかり。
この世の終わりを迎えたような表情でいる。
いったい何を隠そうとしているのか。まったくわからなかった。
「口に出すのも 悍(おぞ) ましいものが見えた」
私はヴィルオルの隣に腰掛け、まっすぐ見つめながら説き伏せる。
「話してくれ。黙っていれば、君が一人で抱え込むことになる」
「しかし」
「私は大丈夫だ」
人生も二回目で、ちょっとやそっとのことでは驚かない。
だから話してほしい。
「お前が」
「私が?」
「ああ、腹からたくさん血を流して、最後に吐血して……」
「死んだのか?」
ヴィルオルは顔を真っ青にさせながら頷く。
「それは――」
一度目の人生の記憶なのではないか、という言葉が浮かぶも、今のヴィルオルに言ったら混乱させてしまいそうだ。そのため、何も言わないでおく。
「どうしてそんな光景を見てしまったのかは、わからない」
「気にしなくてもいい、デタラメな白昼夢みたいなものだろう」
「しかし、本当に目にしたようにな、鮮明な記憶のようで。流れる血の温もりも、体温がなくなっていく指先も、甦るように俺の中にあって……」
そう思ってしまうのも無理はない。
ヴィルオルは死にゆく私の傍にいたせいで、看取ることとなってしまったから。
「きっと疲れているんだろう。今日はゆっくり休むといい」
「……」
その後、心配だったので寮の近くまでヴィルオルを送り届けてから私も帰ったのだった。
◇◇◇
翌日――ヴィルオルは昼休みに教室までやってきた。
「昼食を作ってもたった。クラブ舎で食べたい」
リーベの分も用意しているという。
「いいだろうか?」
「ああ、構わないが」
突然の誘いに乗る形で、私はヴィルオルと一緒に食事をすることとなった。
「昨日はどうかしていたんだと思う」
しっかり休んだので、元気を取り戻したらしい。
バスケットに詰め込まれた昼食は、前日までに注文したら作ってもらえるという。
集中して勉強したい者や、課外授業で校外に出るときなどに利用するようになっている。他、昼休みにクラブ活動をしたい者にも、用意してもらえるようだ。
「いろいろとすまなかった」
「いいや、私が本を気にしたせいだ」
「そんなことはないだろう」
ヴィルオルは本を寮に持ち帰り、実家で調べてもらうように送りつけたという。
「何かわかるといいのだが」
「そうだな」
昨日あったことはしっかり記録しておきたいようで、レポートを書く手伝いをしてほしい、と言われた。
文字に起こしても、不可解な事件だと思ってしまう。
「他の似たような本でも、同じような現象は起こるのだろうか?」
「わからない。一度、試してみたいのだが」
「君のご実家から送ってもらうのか?」
「いや、関連書籍は三百冊以上あるから、寮の部屋が本で埋まってしまう」
手っ取り早いのは、ヴィルオルの実家へ直接足を運ぶことだろう。
「しかし、外出許可証はなかなか取れない、と聞いたのだが」
「それならば心配いらない。クラブ活動をしたいと申請したら、あんがい簡単に通る」
そんな抜け道があったとは。
他、夜会への参加や家族の誕生日など、外出許可申請が通りやすいものがあるという。
もちろん、申請書には活動内容をしっかり書いて、帰ってきたあとはレポートを提出する必要があるのだが。
「今度の休日に、俺の実家にくるか?」
「それは、許されることなのだろうか?」
「どうして?」
「いや、私と君の実家は不仲だろうが」
「大丈夫だ。父上はほとんど家にいないし、母上は領地にいるから」
「そうか……」
ならばお言葉に甘えてもいいだろうか。
父が知ったら激怒しそうだが、言わなければバレないだろう。