軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

貴族会 1

旧市の中心部、今では勇者の宮殿と名を変えた旧城のほど近くに 会堂(セアトル) と呼ばれる会議場がある。

まだ貴族達が馬上で槍を持って野を駆けた時代、ルロワの王は配下諸侯と共に様々な決定をそこで下した。

王権の伸長と歩を合わせた諸侯の威信低下を受けて、いつしか会堂は一つの記念物と化した。

王が発する勅令を追認する貴族会が形式的に行われる舞台。ただし毎度の出席者は50にも満たなかった。

だから今回ぼくが発した貴族会招集の勅令は、ここ数百年絶えてなかった光景をここシュトロワ旧市にもたらすこととなった。

全国から集められた貴族達も流石に戦装束を身につけたりはしない。ただ、その家紋を描いた伝来の旗を従者に持たせ、馬車で会場に乗り付ける。

領域国家の首都として機能する以前のシュトロワは、名もそのままに ルロワの城(シュトールエンルロワ) 。だからだろうか、旧市は都市防衛戦を意識した構造を残している。つまり、道はぐねぐねと蛇行し行き着く場所が分かりづらい。さらに細い。

ある程度計画的に整備された新市街とは全く以て趣を異にする、生きた文化財みたいなものだ。

午後1時の開催に合わせてぼくは馬車に乗り 光の宮殿(パール・ルミエ) を出発する。最近癖になってきた軍服は今日はお預け。

古来からの白い長衣を腰のベルトで締めて、首元にルロワ紋の入った金地の大判布を巻く。そして腰に剣を佩く。

どう表現すればいいんだろう。地球で言えば砂漠の遊牧民っぽい感じかな。ターバン抜きの。

で、馬車を囲むのはくすんだ青の軍装。近衛騎兵の集団だ。今は 国家親衛隊(ガール・サンテネリ) 近衛部門だけど、まぁ上から下までバロワ家の所縁で固めているので、事実上近衛軍です。

こういうとき、ぼくの妻の中に一人、妙に鼻息が荒くなる人がいるね。

普段は至って温厚なぬいぐるみ職人なんだけど、公式行事で近衛軍が登場となると結構な頻度でチラ見される。

今回もルロワの旗を持って近侍することを希望。断固たる意志で。

だけど、残念ながら今回はお留守番だ。

体調がよくない。吐き気に微熱。

本人は大丈夫というんだけど、ダメでしょ。何らかの流行病の可能性すらチラつく。

そんなわけで、ぼくは一人で会場に乗り込むことにした。

今回は純然たるセレモニーなのでゆったりした気分で居られる。ガイユール館やフライシュさんとの会談のような胃が痛くなる思いはない。

演説はちょっとだけ。形式だね。

神に祈りを捧げ、勅令の意図を伝え、承認を求める。

アキアヌさんも本気で票固めやった模様。

利を説いて口説き落とす。義を前面に押し出して共感させる。それでも首を縦に振らない気合いの入った方も居たようだけど、その場合は隠居してもらった。第二の人生を謳歌するか、”反逆罪”の刑死によってあの世で新しい生活を始めるか、ご本人ではなくご家族に迫った模様。気合いの入った方達、大体お年寄りだったので、息子さんが速やかに処理してくれました。

ぼくとしてもね、ここをもたつかせることは許されない。他国の目もある。

断固として承認させる。

シンプルな解決策も用意している。現在シュトロワは国軍が包囲しているんだ。で、会堂は近衛軍が包囲してる。

反対票を投じる人が居たらね、その人は多分ちょっと 混(・) 乱(・) しているだけだから、一度冷静になってもらって、もう一度 意(・) 見(・) を(・) 聞(・) く(・) 。

それでも反対なら?

もう一度。

こう話すととんでもない暴君の所業に思えるかもしれないね。

でも、ちょっと勅令の内容を思い出してほしい。多くの貴族の皆さんにはとくにマイナスが無いものなんだ。外様の諸侯が参入することで得られるポストが減る可能性がある譜代諸侯にとっては損とも言えるけど、そもそもポストに就ける可能性がある貴族の数はごく少数で、そのごく少数、つまり家宰さんや内務卿さんのような人々は賛成側だ。

貴族達全員に向けて「明日から所得税かけます」とか「固定資産税始まります」とかそういうのなら混乱は必至だろう。でも全然違うからね。——今はまだ。

変な横やりが入っていなければとっくの昔に終わっていた話だ。

よって、今日お越しいただいた貴族の皆さんの目的は投票じゃなくて観光だからね。後は「王」とかいう珍獣を見学することくらいかな。

さて、これで終わる。

やっとだ。

この地獄から抜け出すためにほぼ四年。

長かった。

前に説明したとおり会堂は日本の国会議事堂に似た作りをしている。

演台を底面にすり鉢状に座席が設置されている。この様式、実はかなり古めかしい。なんでも「諸民族のうねり」以前に存在した大帝国の様式を真似た物なんだそうだよ。ちなみに現代は段差を作らない平面の箱型が主流。 光の宮殿(パール・ルミエ) の大回廊なんかが典型的だね。

国会本会議場より一回り小さいことを踏まえると収容人数は大体400人くらい? で、そこに1000人近い人々が押し込まれている。人口密度とか凄いよ。通路にも立ち見。

演台脇の関係者席には既に我が新旧閣僚の皆さんが席に着いている。そして演台の奥、頭上に設置された椅子。中二階席みたいな感じかな。それが玉座。

王は舞台袖から出て行ったりはしない。

中央通路を堂々と歩き、階段を上って玉座に行き着くんだ。

中央通路の大扉がゆっくりと開く。

湖面の波紋がゆっくりと消えていくように、ざわめきが放射線状に静まる。

「”正教の守護者たる地上唯一の王国”国王グロワス13世陛下 ご入場にございます!」

係の人が絶叫する。粗方私語は静まって、その暴風のような叫びだけがこだまする。

ぼくはゆっくりと、赤い絨毯の上に歩を進める。

後ろからは王冠を捧げ持つ侍従の人、そしてルロワ紋の入った盾を持つ侍従の人。どちらも本職は近衛軍の軍人さん。というか、盾を持っているのは近衛軍監だ。これはメアリさんがいたら絶対やりたがっただろうな。豪華。

で、剣はぼくが身につけている。

剣と盾と王冠。

こんなに分かりやすい象徴も珍しい。

ぼくはきょろきょろ周囲を見たりしなかった、真っ直ぐ前だけを見つめ、無言で歩いた。笑みもない。淡々とね。無数の視線がぼくの身体を滅多刺しにしている。それは感じる。でも反応はしない。

階段を上り終え、備え付けの巨大な木椅子に腰を下ろす。

ありがたいことにクッションが二つ置いてあった。現代的にアップデートされてる。

中二階からは議場全体を大きく見渡すことが出来る。

感慨深いね。

これがつまり、サンテネリ王国の支配者たちだ。これまでの。

もう1000年近く、彼らが”ここ”を運営してきた。

そしてこれからも、彼らは支配し続けるだろう。

ただし、新しい同僚を交えて。

会はアキアヌ大公ピエル・エネ・エン・アキアヌの演説から始まる。ほぼ全員参加の貴族会なんてもう何百年も開かれてないから仕来りとかは適当だ。

皆さんを何時間も寿司詰めにするのも悪い。

だからここもシンプルに、新政府、つまり枢密院首班の彼が話し、ぼくが話し、決を採り終了。本来は正教会の大僧卿あたりが説教をするっぽいけど秒で却下した。

そういうのはいらない。

いよいよアキアヌさんが話し始める。

「栄光あるサンテネリの同胞諸君! 光輝に満ちたこの殿堂で、こうしてお会いできることは望外の喜びである」

——新しい名所になりますなぁ!——

どこかしらから早速野次。アキアヌさんが旧市開発にお金突っ込んでることを皮肉ったものだけど、敵意とまではいかない。揶揄かな。

「その通り! めざとい方だ! 明日にも共に会堂の周りに土産物屋を出そうか!」

彼はサラッと受け流し、会場に笑いの山を作る。

「さて、私の極秘シュトロワ再開発計画はさておき、諸君に是非伝えたいことがある。そこでグロワス13世陛下ご裁可の元、私ピエル・エネ・エン・アキアヌがお話しする。——我がサンテネリ王国は、我ら貴種を以て任ずる者達の献身により、中央大陸随一の栄光を得た。ルロワの大蛇紋は諸国の畏敬と畏怖を纏い、世界の至る所に翻っている」

ここで一度言葉を切って、ぐるりと会場を見渡すアキアヌさん。彼の演説って初めて聞くけど、安心感あるね。ぼくみたいにどこかに飛んで行ってしまいそうなハラハラ感がない。

「諸君もご存じのごとく、大サンテネリは神の御裾の元、多大な幸運の元に偉大な王を代々戴いてきた。歴史を遡れば、我らの国家を国家たらしめたのはかのマルグリテ女王陛下。完全な統一に加え、文明発祥の地レムル半島まで配下に治められた、かのグロワス7世陛下。そして、帝国とアングランに伍して新大陸にルロワの旗を打ち立てられたグロワス11世陛下、12世陛下」

レムル半島は一つか二つ都市国家を取っただけだけどね。すぐ追い出されたし。まぁいずれにしても有名どころの王様達だ。

「かくも偉大なる王の旗の下、忠誠を捧げることができた我らが先祖はさぞや幸せであったことだろう」

多分全然幸せではなかったはずだ。だって戦争に次ぐ戦争だからね。どれだけ死んだことか。でも、このタイミングで野次は飛ばない。本気で洒落にならないから。

それにしても、この並びはキツいね。

大王達の名を挙げて、ぼくでオチを付ける気か。

まぁいいよ。別に構わない。

「そして我らの時代がやってきた。我らが戴く王の御代だ。私は幸運にも陛下の近く侍る機会を得た。これは光栄なことだ。自身が戴く王の偉大さがどのようなものなのか、知ることができるのだから」

偉大かどうかを知るのではなく、偉大であることは前提なんだね。まぁそれはそうだろう。そういうしかない。

「グロワス13世陛下ご即位の後、我が国は平穏を享受している。黄金の平和を。武器は倉に収め、人々は日々の商いに精を出す。よって諸君は知るまい? 古来から黒色蛇旗の下で幾多の敵を屠り栄光を手にした祖王方の姿は分かりやすい。しかし、グロワス13世陛下のなさることは誠に測りがたい」

ギリギリのラインを攻めていくね。会場もちょっとざわついている。「お、不敬かな?」ってわくわくしているのかな。

それにしても、そのグロワス13世とやらはろくでもないやつだからね。

「私も当初は分からなかった。しかし、陛下の御意志を受け、日々ご下命を受ける中で朧気ながら理解したことがある。諸君。諸君は明日のことを想像できるだろう。明日一日がどのように進むか、大方のことは分かる。では十日後はどうだろうか。それも分かる。では一年後は。この辺りから難しい。十年後は? ここに集う諸賢の一部は、ひょっとしたら神の御裾の下に安らがれているかもしれない」

大きな笑いが返ってきた。まぁ高齢の方多いしね。かつ、サンテネリは医療弱いので意外な病気であっさり死ぬ。逆を言えば死が結構軽い。

「百年後だ。さぁ、諸君。百年後のサンテネリを想像したまえ。我が国はどうなっている? 我々貴種はこのままでよいか? 偉大なる王の下、ただ忠節を尽くせばよいか。それが問題だ。ご存じの通り、大陸の諸国は日々力を蓄えている。広く諸賢を在野に求め、適職を与え、国力を増し、人を増やし、我がサンテネリをおびやかさんと欲している。翻って我が国はどうだ。我々は偉大なる王の導きにお縋りし、従順な羊の群たればよいか? 違う。我らは偉大なる王の施しをいただくだけの惨めな軽輩ではない。——逆だ。我々こそが王をお助けし、そのご威光を知らしめるのだ」

最初はそれでいいよ。王を助けてくれるだけで。でも、まさに百年後、王は置物になっていてほしい。

「さて、これこそが我らがグロワス13世の偉大そのものである。王は我らを受け入れられた。はるか昔、ルロワ家と対峙したことすらある家も、そうでない家も、王は受け入れられる。——不肖このピエルはグロワス13世陛下の御代に生まれたことを生涯の誇りとしたい。猜疑も狭量もなく、勇敢に、王国のために、我ら一同の力を求め、受け入れる。かくも偉大な王の下で我々は生きる。グロワス13世陛下の大度の下に、我らが力を合わせサンテネリを光輝に導くのだ」

眼下に熱弁を振るうアキアヌさんを見つめながら、ぼくはこれ以上ないくらいの複雑な気持ちを味わっている。彼の本心がどこにあるかぼくには分からない。多分演説の七〜八割引きくらいのところだろう。でもね、二割でも望外の評価だ。

それが 勘(・) 違(・) い(・) から来たものであったとしても。

”猜疑も狭量もなく、勇敢に、王国のために”

その後、サンテネリ王国とグロワス13世の栄光を祈る唱和でアキアヌさんは演説を終えた。

勅令の内容はもう知れ渡っているから改めて説明する必要はない。

あとはぼくが短く演説をして、決を取って終わり。

本当はね、この中二階から原稿を読み上げる予定だったんだ。

でも、 最(・) 後(・) の(・) 仕(・) 事(・) に対する感興が予定に勝った。

ぼくは階段を降りるべく歩き出す。

打ち合わせと違う行動に閣僚の皆さんがギョッとしてるね。

でもまぁ、それもいい。

ぼくは玉座から話さない。

演台に立とう。

その意味は分かっている。王権の低下を招く行為だ。近衛を手放したように。王の存在はどんどん身近になっていくだろう。

神聖にして不可侵な身体はもういらない。

ぼくは淡々と歩を進め、彼らの前に立った。

かつてぼくの「羊」であり、これからぼくの「同僚」になり、いつかぼくを「置物」にしてくれる人々の前に。

最初の言葉は滑らかに喉を通り抜けた。

「遠路シュトロワに集われた忠義の者達へ、サンテネリ国王グロワスより心からの挨拶を贈る」