作品タイトル不明
693 モルテグルの未来は
ーー翌朝。
莉奈は朝日が昇るのと共に、目が覚めた。
慣れない場所での生活は、まるで召喚された頃の様で、胸が騒つく。
旅先ではあれだけ楽しかったのに、部屋となると途端に不安になるのは何故だろうか。ココは自分の居場所ではないと、心が否定しているみたいだった。
早くヴァルタール皇国に帰りたいと思えるくらいには、莉奈はヴァルタール皇国に馴染み始めているのだろう。
「んん〜っ」
嫌な気分を振り払う様に、莉奈は腕を上に伸ばす。
どこも筋肉痛はないし、節々も痛くない。あれだけ身体を酷使したというのに、次の日にはスッキリ。心はともかくとして、身体は爽やかな朝を迎えていた。
朝日はまだ昇ったばかりで、朝食の時間になるまで時間がある。気分転換に散歩でもしようかなと、莉奈は考えた。
ちなみに、朝食は莉奈が用意した物を、食べる予定となっている。
昨日、アーリャのいる本邸に戻る侍女に「朝食はこちらで用意しますので」と伝えておいたからだ。
帰る侍女達にそう言えば、あからさまに怪訝な顔をされた。
そんな者など普通はいないからか、それとも毒でも仕込むつもりかとでも、思われたのかもしれない。
身内に裏切られて分国した国、それがウクスナ公国である。
身内でさえそうなのだから、もはや誰もが疑心暗鬼状態なのだろう。
ちなみに、ウクスナ公国の食事がどんな物か、少し気になった莉奈はアーシェスに訊けば、「期待はしない方がイイ」と言われた。
なにせ、現状キラーアントやグルテニア王国のせいで、国がバタバタしている。となれば、輸出入も制限されていて、食糧より軍力。
期待する程の食事は出てこないだろうとの事だった。
ヴァルタール皇国も莉奈がこの世界に来た当初は、そんなに食事の種類はなかったのだから、きっとどの国も食事より防衛に力を入れているのだろう。
◇◇◇
「おはようございます」
「おはようございます。リナ」
散歩のために着替えて邸の外に出たら、朝日を浴びて神々しく見えるシュゼル皇子がいた。
相変わらずの美貌と、爽やかな笑顔だ。
「よく眠れましたか?」
「はい。筋肉痛になるかなぁと、思ってましたけど」
食べる寝る以外は歩いていたのに、不思議なくらいに爽快であった。
「あぁ、それはきっと"チュネチュネチロックコシピロ・ローリ・ロール"の蜜を摂取したおかげだと思いますよ?」
「え? あぁ!」
シュゼル皇子に言われ、そういえばあの玉虫みたいな魔物の玉には、疲労回復の効果があったなと、莉奈は思い出す。
昨日、あの蜜をたっぷり掛けたシフォンケーキを食べたから、莉奈は疲れ知らずなのだ。でなければ、さすがの莉奈でも、今頃は筋肉痛だったに違いない。見つけて来てくれた小竜さまさまである。
「不思議で美味しい魔物でしたね」
「そうですね」
莉奈の言葉に返事を返しながら、シュゼル皇子はこの奇妙な会話に苦笑する。
莉奈がこの世界に来なければ、"美味しい魔物"という感想を聞く日も抱く日も、来なかっただろう。そう思うと何だか、色々と感慨深さを感じた。
「ところであそこにある聖木、アレがあんな風に枯れてしまったから、キラーアントとか魔物が町に近付いて来ているんでしょうか?」
聖木には魔物を寄せ付けぬ、不思議な力があるという。
だから、冒険者や旅人は聖木を目指し、聖木の側で旅の疲れを癒すのだ。
聖木の力がどこまで及ぶか、それはまだまだ謎が多いので分からないが、あの聖木が健康ならば、ここまで酷くなっていなかった様な気がする。
「それもないとは言えませんが、そもそもキラーアントを見つけた時点で、対処しなかったせいだと思いますよ?」
やはり、防衛の一部として放置していたのが悪かったらしい。
聖木が機能していたとしても、徒歩数時間の場所まで、魔物を寄せ付けぬ力はない様だ。
これが聖樹だったら、違った未来があったかもだけど。
ちなみに、聖木が聖樹になったヴァルタール皇国は、王都リヨンの周りにいた凶暴な魔物達は、鳴りを潜め始めている。
その代わり、郊外には増えたのかもだが……A級冒険者が対処しなければならない魔物は、今や見かけない程。
そのおかげか、今まで魔物から逃れひっそり暮らしていた動物達を、良く見かける様になったらしい。
……とは言え、魔物でなくとも熊や虎など猛獣に出くわせば、人など太刀打ち出来ないだろう。
少し不思議なのは、スライムみたいな弱い魔物は、何故かまだいる事。
聖樹の力が何に効力があり、何には効かないのかまだまだ謎であるが、強い魔物が近付いて来ないなら、とりあえずヨシだとは思うけど。
しかし、魔物が少なくなれば、いずれはきっと飼育する者が出て来そうだなと思う。
アチラの世界で、絶滅危惧種や猛獣を捕獲して飼育する様に、コチラの世界でも起きる様な気がする。
動物園ならぬ魔物園、あるいは物珍しさから、貴族がペットで飼うなんて未来もあるのかもしれない。