作品タイトル不明
692 ロマンスの神はいずこ?
ゆっくり湯に浸かれば、身も心も癒される。
やはり、魔法の練習をしておいて正解だったなと、莉奈はホクホク顔で浴室から出た。
「が」
だが、想定外の事が起こり変な声が出た。
「人の顔を見て"が"って、何なんだよ?」
廊下を挟んだ正面は、男子専用の浴室だったらしく、これから入るフェリクス王とバッタリ会ったのだ。
廊下で会うくらいなら、さすがにもう慣れた。
しかし、誰もいないだろうと、完全に油断していれば別だ。しかも、こちらは湯上がりときた。
裸を見られた訳ではないが、無防備な湯上がり姿を見られると、何だか恥ずかしい。
「ご、ご機嫌よう」
「ご機嫌よう?」
「だ」
「だ? お前、相当疲れてんだな」
莉奈が訳の分からない事を言うのは、今に始まった事ではない。
しかし、初めての遠征で疲れているのもまた然り。
結果、疲れているせいで言動がオカシイのだろうと、フェリクス王は結論を出した。
それがまさか、自分に湯上がり姿を見られ恥ずかしがっている……だなんて、想像すらしないのだろう。
「しっかり乾かして寝ろ」
苦笑いしつつ莉奈を見れば、莉奈の髪の毛は軽くタオルで拭いただけで、まだ全然濡れていた。
フェリクス王は、莉奈の首に掛かっていたタオルを取ると、莉奈の頭をわしゃわしゃとする。
湯上がりの莉奈とフェリクス王。その2人の前に甘いロマンスなど生まれず、ただただ子供扱いされただけだった。
「ちょっ! 何するんですか!?」
子供扱いされた恥ずかしさと、湯上がりを見られた恥ずかしさで、莉奈の顔は真っ赤である。
それを誤魔化しつつ、思いっきり不機嫌そうな表情で顔を上げれば、フェリクス王は既にいなかった。
莉奈の頭を、タオルでゴシゴシするだけして、さっさと浴室に行ったらしい。
「……」
恥ずかしがって慌てていた自分が、馬鹿みたいである。
ぐしゃぐしゃにされた髪を、手櫛で軽く整えようと自分の頭を触れば、今度は別の意味で目を見張った。
「乾いてる」
恥ずかしさで、頭が熱かったのかと思ったが、それだけではなかった様だ。
フェリクス王が、わしゃわしゃしていたのは、ただタオルで水気を取ってくれていたのではなく、魔法で乾かしてくれていたみたいである。
こんな魔法の使い方があるのかと、感心するのと同時に、フェリクス王らしい優しさにお腹がむず痒い。
「今なら、侵入者を倒せる気がする」
この恥ずかしさをバネに、侵入者も軽く倒せそうな気がした。
握った拳を見てそう呟けば、呆れた様な声が聞こえる。
「物騒な事を言ってんじゃねぇよ」
「え?」
そこにいたのは、侵入者ではなくエギエディルス皇子だった。
どうやら彼も、お風呂に入りに来たらしい。
「侵入者なんて現れねぇよ。お前はもう大人しく寝ろ」
「えぇぇっ!?」
湯上がりの莉奈とエギエディルス皇子の間にも、甘いロマンスなど生まれなかった。
なにせ、良からぬ事を考える者の可能性の話をしたので、さすがの莉奈も少しは怯えているかと、エギエディルス皇子はチラッと心配していたのだ。
なのに、当の莉奈は、侵入者を本気で倒す方向へ奮起していた。
もはや、俺の心配を返せである。
「暴れるなよ?」
竜をも倒す莉奈の事だから、侵入者などサラッと倒しそうだ。
そう思ったエギエディルス皇子は莉奈に念を押し、フェリクス王のいる浴室へ消えて行ったのであった。