作品タイトル不明
690 落ち着かないのは莉奈も同じ
「とにかく、話は明日にしよう」
ミーシャも予期せぬ来客に、落ち着かない様子。
フェリクス王はともかくとして、莉奈達は長旅で疲れている。今日は一旦休息し、明日ゆっくり話をすればイイと、アーリャは莉奈達を別邸へと案内する様にと、警備兵に伝えていた。
まぁ、案内と言っても実際のところ、あってない様なものだ。
なにせ、別邸は目視出来る範囲にあるのだから、迷う事がない。しかし、見えているからご自由にどうぞ、という訳にはいかないのだろう。だから、形式上の案内という訳だった。
案内してくれる兵の後ろに付いて行くと、想像通り池に掛かる橋を渡って行く。板張りの橋を歩くと、靴のコツコツと小気味良い音が鳴る。
チラッと池を覗いて見たものの、薄暗くて魚が泳いでいるか分からないが、小さな湖と大差ない大きな池に、魚や他の生き物がいない訳がない。
食べられるかどうかはともかくとして、何かしら棲んでいそうだ。莉奈は目を凝らしていたが、夜のためまったく見えなかった。
池にある浮き島を通る時、生えている木を見たが、酷く痩せ細り枯れているかの様に白っぽい。もちろん、聖木の周りにオーブなど、浮遊していなかった。
正常な聖木と比べなくとも、ダメな状態なのはすぐに分かる。アーシェスが聖木だと教えてくれなかったら、これがまさか聖木だとは到底思えない事だろう。
それを見た莉奈は「うわぁ」と小さな声が漏れる。
以前、警備兵アンナの番ポンポコが、無理矢理引っこ抜いて来た聖木より、酷そうだったからだ。
だけど、僅かでも生きているなら、どうにかなるかもしれない。
なにせ、瀕死だった聖木が聖樹になった"超メモネックス"というモノがあるのだ。莉奈が何も考えずに造ったモノだが、コレにも効果がある可能性はある。
どうせこのまま、朽ちて逝くのを見るだけになるなら、試す価値はありそうだ。
だからと言って、莉奈が勝手に撒く訳にはいかない。
それを決めるのは莉奈ではなくアーリャだし、魔法薬"超メモネックス"の使用許可を出すのは、フェリクス王だ。そのフェリクス王達は、コレをどうするつもりなのだろうか?
莉奈はそんな事を考えながら、聖木を後にした。
「では、ごゆっくりとお過ごし下さい」
「「失礼致します」」
別邸前に着くと、警備兵は頭を軽く下げ、それぞれの持ち場に戻って行った。ここからは、扉の前に控えていた侍女達が、中に案内してくれる様だ。
莉奈が周囲を軽く見れば、去って行く警備兵とは別の警備兵が、等間隔で配置されている。
はたしてその警備兵は、我々を護るためにいるのか、はたまた我々がアーリャに何かしない様に監視しているのか……いや、きっとその両方なのだろう。
別邸の外装は、シンプルな感じだったが扉を開けてビックリ、中はやたら豪華だった。
入って真っ先に飛び込んで来るのは、吹き抜けの広いエントランス。その天井には、煌びやかなシャンデリアが、眩い光を放ちぶら下がっていた。
莉奈は、その真下を歩くのは何だか怖いなと、思わず迂回する。
落ちて来る事はそうそうないだろうが、万が一落ちて来たら、人なんてペシャンコだ。
エントランスの中央には2階に上がる階段があり、まるでレッドカーペットの様に赤い布が敷いてある。
その両端には、金糸で刺繍が施してあり、実に華やかだった。
しかし、庶民派である莉奈は、こういった豪華な邸はどうも落ち着かない。ふかふかの敷物の上を、土足でズカズカ歩くのは気が引けて、何となくそろりと足を運んでしまう。
碧月宮(へきげつきゅう) にある自分の部屋にさえ、未だに土足でズカズカ入るのに抵抗がある。なのに、他国の邸ともなれば、いよいよ罪悪感が湧く。
しかも、この敷物は賓客用の邸に敷いてあるのだから、絶対に安い訳がない。せめて汚れない様に、スリッパ的な物があればなと莉奈は、ついつま先立ちで歩いていた。
「泥棒みたいな歩き方をしてるんじゃねぇよ」
結果、忍足みたいな歩き方をしていた莉奈に、エギエディルス皇子のツッコミが入る。
慎重に歩き過ぎた莉奈は、もはやコソ泥の様だった。
「いや、だって、なんか汚しそうなんだもん」
これはもう性分と言ってもイイだろう。
たとえベッドにフットスローがあっても、土足でベッドの上には乗りたくない。
莉奈とエギエディルス皇子がそんな話をしている前では、フェリクス王とシュゼル皇子が侍女達から、簡単に説明を受けていた。
侍女達は、我々を個別で部屋に案内をしようとしていたらしいのだが、どうやら遠慮したらしい。部屋割りはこちらで自由にやるので、浴室と食堂やトイレなどの場所を訊き、侍女達を帰す様だ。
「朝食のお時間になりましたら、お呼び致します」
後は自分達でやると言われてしまえば、下がるしかない。
侍女達は深々と頭を下げて、アーリャのいる本邸に帰って行く。その侍女達の頬が、ほんのり赤く染まっている様な気がした。
夕日なんてとっくに沈んでいるのだから、王兄弟の美貌にあてられたのだろう。見慣れたハズの莉奈でさえ、まだまだドキリとするのだから、初めて見た侍女達が見惚れるのは当然だ。
しかし、フェリクス王はどこへ行っても、身の回りの事は侍女任せにしないんだなと、去って行く侍女達を、莉奈はぼんやり見ていた。
だが、どうやら理由はそれだけではないらしい。
「アーリャに敵意がなくとも、忖度する者はいくらでもいますからね」
振り返れば、シュゼル皇子が意味深な笑みを浮かべていた。
要約すると、アーリャが命令しなくとも、良かれと勝手に動く者がいるかもしれない……という事だ。
なるほど。自分の事は自分で出来るからとかではなく、身の安全のため。
(ちなみに、身の安全とは、相手の身も案ずる意味もあるのかもだけど)
確かに、ここはヴァルタール皇国の王宮とは違うのだから、警戒心は持っておいた方が良いし、危機管理は大事である。なら、なるべく手を煩わせない様に、気を引き締めていこう。
そう思った莉奈は、無意識のうちに 魔法鞄(マジックバッグ) から、豪神ナックルダスターを取り出していた。
「返り討ちにするのはアリですか?」
「「返り討ちにするのかよ」」
注意しろとは言ったが、誰も戦えとは言っていない。
フェリクス王とエギエディルス皇子が、ナックルダスターを準備する莉奈を見て、呆れていた。
怖くて怯えるなら未だしも、莉奈は戦う気でいる。どこまでも守られる側に、立つつもりはないらしい。
だが、それが莉奈らしくて、思わず笑みが溢れる。
「可愛く叫べば助けてやるから、叫べ」
フェリクス王が意地悪そうに口端を上げた。
でも、莉奈が声なんか上げなくとも、フェリクス王なら絶対気配で分かるハズ。むしろ、莉奈が気付かないまま、フェリクス王が始末……いや、対処してくれるに違いない。
だが、それでも来たら、自分でどうにかするしかないだろう。
「でも、叫ぶ暇があったら、一発かました方が早くないですか?」
叫んでいる間に何かされたり、逃げられたりしたら厄介だ。
莉奈は相手にパンチを当てる仕草をして、至極真面目な表情でそう言ったらーー
「それは強者の考えですよ」とローレン補佐官が苦笑いしていた。
弱者は言わずもがなだが、普通の人でもそうそう戦う考えには至らないものだ。
大抵の場合は、逃げるか叫ぶかの2択である。それが無理だと分かり、やっと戦う姿勢を見せるのであって、初手からではない。
やはり"竜喰らい"の称号は伊達ではないなと、ローレン補佐官は大きく頷く。
だが、それを訊いていたエギエディルス皇子は、空笑いしていた。
「侵入者も、侵入した事を後悔するだろうな」
「後悔する暇があればイイですけどねぇ」
隣のシュゼル皇子がほのほのと続けた。
莉奈は一見、か弱そうな少女に見える。その外見には、どんな強者も油断するだろう。その瞬間を逃がさないのが、莉奈である。あっと気付いた時には、一発KOされているに違いない。
「確かに」
フェリクス王の頭には、まるで見たかの様に、莉奈のパンチに侵入者が沈む姿が浮んだ。
想像ではなく、本当にそうなりそうだと、フェリクス王は肩を震わせるのであった。