作品タイトル不明
675 見え始めた希望
莉奈はエギエディルス皇子が、そんな事を考えているとは露知らず、嬉々として話を続けた。
「"重曹団子"を与えてみるなんてどうかな?」
「「重曹団子?」」
「重曹と砂糖、ハチミツを混ぜた毒餌です」
おばあちゃん家に行った時、軒下にある白い団子を見かけた事がある。
蟻が仏壇から盗むにはかなり大きいそれは、何かと訊ねたら"重曹団子"であった。
おばあちゃんが趣味でやっている家庭菜園を守るために、置いてあるのだと言っていた覚えがある。
蟻は畑を耕してくれる益虫であるが、多過ぎると害虫にもなるらしい。
蟻の巣が小さいなら畑を耕してくれてイイのだが、やたら大きくなり過ぎると、今度は植物の根が張り難くなり生育を妨げてしまうそうだ。
しかもそれだけでなく、蟻は野菜に害のあるアブラムシのボディガードを、担ってしまうそうだ。
どういう事かというとーー
アブラムシは、蟻の好きな甘露を出すらしく、その甘露という報酬をあげる代わりに、アブラムシを捕食する者から守ってあげるという"共生関係"なのである。
なので、アブラムシを狙って近付く虫を、蟻が追っ払ってしまうのだ。
その結果、外敵から守られたアブラムシが繁殖し、野菜などをダメにするという事だった。
殺虫剤を使えば、アブラムシや蟻は撃退出来る。
しかし、殺虫剤を散布すれば、当然野菜にも薬剤が付く。薬剤が付いた野菜を食べれば、人も摂取する事になる。だから、害のない練り餌"重曹団子"を作って設置したのだと、言っていた様な記憶があった。
ただ、重曹団子はあくまで、甘味好きな一部の蟻に効果がある物。
木材を食べる白蟻とかは、"蟻酸"を持っていないので効果がないらしい。
……となると、キラーアントにも効果がない可能性もあるが、試す価値はあるのではと考えた。
「「毒餌」」
そんな手もあるのかと、アーシェスとアーリャが感心する背後で、シュゼル皇子が小さく唸っていた。
「なるほど、毒餌ですか。それはイイ案ですね。しかし、毒となる重曹ならヴァルタール皇国でも、このウクスナでも採れますが……砂糖やハチミツは大量となるとちょっと」
確かに、小さな蟻ならともかく、超巨大な蟻に対しての重曹団子なのだから、相応の量が必要だろう。
しかも、シュゼル皇子のこの反応を察するに、代わりになる様な甘味類も、大量に用意するのは難しそうだ。
どうしたものかと莉奈も唸っていれば、フェリクス王がチラッとこちらを見た。
「リナ、要は甘さを呼び餌にして、毒となる重曹を摂取させるのが目的なんだろ?」
「そうですね」
「なら、別に砂糖やハチミツじゃなくとも、キラーアントの好物に重曹を塗布して投げ込めばイイ」
「なるほど」
フェリクス王の応用方法に、ローレン補佐官が納得していた。
重曹団子は、砂糖やハチミツは重要ではなく、蟻に毒である重曹をいかに食べさせるかが重要。
莉奈の話を聞いていたフェリクス王は、シュゼル皇子同様に、重曹団子の役割を理解したみたいだった。
「それなら、どうにかなりそうですね」
ローレン補佐官曰く、重曹は鉱石なので、意外と簡単に手に入るそうだ。
莉奈みたいに口にするなら、安全性も考え純度は高い方がイイが、蟻にはどうでもイイ。産地によっては、乾燥させたり粉砕したりと手間はあるが、高価な物でもないし量は豊富だ。
アーシェスとアーリャも、希望の光が見えたとばかりに、頷いていた。
「「後は、キラーアントに効果がある事を祈るのみだな」」
蟻とキラーアントは似て否なるモノ。
可能性はゼロではなさそうだが、過度の期待は持たない方がイイと判断したらしい。
「ちなみにキラーアントって" 蟻酸(ギサン) "を出したりします?」
「"蟻酸"?」
「うん、毒? みたいな液体?」
莉奈が言った"蟻酸"に対して、エギエディルス皇子が興味深々顔で訊いて来た。
敵を攻撃する酸やフェロモンみたいなモノで、道標にも使う蟻が出す液体。
蟻の魔物も似たような生態なら、蟻酸も出すのでは? と思ったのだ。
「その蟻酸を持ち合わせていると、効果があるのですか?」
莉奈の言わんとしている事が、今の簡単なやり取りで分かったらしい。
さすがはシュゼル皇子だ。話が早い。
「その蟻酸に重曹が反応して、蟻に効くらしいんですよ」
莉奈も良く分からないが、その2つが化学反応を起こして、体内で二酸化炭素を発生させて死に至るとか何とか。
白蟻は、そもそも蟻酸を持っていないので効果はないが、キラーアントが蟻酸を持っていれば、蟻同様に化学反応を起こすに違いない。
「なるほど」
「蟻酸なら、キラーアントも吐くな」
「なら、効くんじゃね?」
シュゼル皇子が興味深そうに訊いていると、フェリクス王とエギエディルス皇子が小さく頷いていた。
どうやら、キラーアントも蟻酸を吐くらしい。
しかも、腐食性や酸性だったりと、個体により色々と違うそうだ。
莉奈とフェリクス王達の話を訊いていたアーシェス兄妹や、護衛達の表情もみるみる内に明るく変わっていた。
「後はキラーアントの侵略が早いかーー」
「毒餌の効果が早いかーー」
「モルテグルの消滅が早いかーー」
「「やめてくれる!?」」
フェリクス王兄弟の容赦のない言葉を、アーシェス兄妹が慌てて止めていた。
せっかく見え始めた希望だっただけに、再び叩き落とされると絶望感が半端ない。分かっている現状を、わざわざ口に出さないで欲しかったのである。