作品タイトル不明
637 ある意味、魔物の襲撃よりツラい
「アイスキャンディーとかデザートが入ってます」
そうなのだ。マリサが"箱"と言っていたのは、以前シュゼル皇子がアイスクリーム目当てに、驚異の速さで造った冷凍庫である。
氷魔法を使える者もいるし、凍らせた物も維持出来る 魔法鞄(マジックバッグ) があるから、王宮ではあまり機能しない冷凍庫。だが、稀少な物を 魔法鞄(マジックバッグ) の肥やしにさせておくのはもったいない。
そう思った莉奈は、誰でも取れる様にと、冷凍庫にもアイスや氷を入れて持って来たのである。
「デザート」
マリサはデザートと聞き興味津々そうだが、初めての冷凍庫に戸惑っていた。
勝手に開けてイイものか、開けたらどうなるのか、莉奈をチラチラ見ている。
「色々入ってますので、ご自由にお取り下さい」
お伺いを立てるマリサに、莉奈は思わず笑ってしまった。
自由に開けないところが、律儀で可愛い。ランデル達にも、開けたら閉める様に注意し、冷凍庫を開けて見せる。
開けた途端に白い冷気が滝の様に流れだし、まるで人気アイドル歌手が登場したかの様だった。
ゆっくり冷気がなくなると冷凍庫の棚には、ミルクアイスや果物入りのアイスキャンディー、シャーベットや氷など、色鮮やかな氷菓子達がキラキラと鎮座している。
「「「ほわぁぁ」」」
極寒の地みたいな冷たい冷気と、まだ見た事のない氷菓子に、ランデル達はすぐに魅了されていた。
「溶けるだろ」
エギエディルス皇子にそう言われるまで、ランデル達は冷凍庫を覗き込む様にして、取り囲んでいた。
「コレも?」
「もちろん食べ放題ですよ」
好きな物を自由に取って、好きなだけ食べる。コレが食べ放題の醍醐味だ。
莉奈がそう言えば、余程テンションが上がったのか、ランデル達は近くにいた莉奈を巻き込み、ハイタッチするのであった。
◇◇◇
大皿に載った肉や野菜は、火が通り易い様カットされ、まるで花みたいに円を描く様に、綺麗に盛り付けられていた。
肉はいわずもがなだが、野菜もこうやって並んでいると、ちょっと取りたくなる。
カルビことバラ肉は外せないとして、舌であるタンもコリコリして美味しい。焼きしゃぶは絶対外せないから、最後にシメとして食べるのも……いや、デザートがシメ?
ランデル達は、ああでもないこうでもないと、悩んでいた。
「小さなハンバーグがある」
初めは何にしようかキョロキョロしていれば、大皿に小さなハンバーグを見つけたエギエディルス皇子。
「コレも自分で焼くのか?」
「そうだよ? そのハンバーグを焼いて、焼けたらホカホカのご飯にポンと乗せる。で、卵黄とネギダレをトッピングして、崩しながら口にかっこむと美味しいよ?」
ネギダレは、昨夜に使った焼き肉用に用意した物。
オリーブオイルが入っているので、子供でも平気なくらいに、ネギに辛味はほとんどない。肉にも野菜にも合う万能ダレだ。
「マジか。作ってみる」
「はい、ご飯」
保温出来る物は用意してなかったので、 魔法鞄(マジックバッグ) から熱々ご飯を取り出した。
王宮に戻ったら、保温出来るケースか何か造って貰おうかなと、莉奈は考える。そうすれば、おかわりも自由に出来るし便利だろう。
「ん?」
エギエディルス皇子にご飯をよそっていると、皆も欲しいのか後ろに並んでいた。
ならばと、ご飯の入った木製のボウルをテーブルに置き、木ベラをそのボウルの上にのせた。
各々、好みの分量があるだろうから、好きな量を皿に盛ればイイ。残ったら炒飯にでもすればイイだろう。
フェリクス王はどうするのかなと見れば、すでに着席して肉を焼いているのだから、素早い。
「陛下もいりますか?」
「特盛」
ガッツリ食べるみたいで、莉奈は思わず笑ってしまった。
ガツガツと美味しそうに食べる姿って、見ていると気持ち良イイ。
皆が一斉に肉を焼き始めれば、脂が炭に落ちて、白い煙がモクモクと上がっていた。
部屋やお店ではないから、いくら煙が上がっても、煙くならないから快適だ。
まぁ、多少は服には匂いは付くだろうし、脂跳ねもあるだろうが、それは仕方がない話。大体、ここにはそれを気にする人はいないしね。
「兵長、あの人達、あんな所で食事し始めましたけど?」
フェリクス王達が堪能する中、色々と気になっている者達がいた。
「まさか……信じられん」
モルテグルの兵達である。
木の下で寝そべる竜に気を取られていれば、先程の者達が防壁の近くで、ワイワイと食事をし始めたではないか。
当然、すぐに入管手続きをすると思っていたのに、いつの間にか見た事のない縦長の箱が設置され、テーブルやイスまである。
何をやっているのと凝視すれば、肉らしきモノを焼き……口に運んでいた。
モルテグル兵、驚愕である。
「何を焼いているんですかね?」
「この匂いは、肉だな」
グルテニア王国から分国してから、まだ数年と若いウクスナ公国は、魔物やグルテニアから身を守る事に精一杯で、家畜や作物を育てる余裕などない。
そのため、首都であるモルテグルでさえも貧困率が高く、兵ですら肉を食べられる事は稀だった。
「「「肉」」」
風向きが変わると、途端に白い煙が防壁の上に流れて来た。
嗅ぐつもりはなくとも、息をしているのだから、嫌でも煙を吸う事になる。鼻に抜けていく香りは、肉が焼ける香ばしい匂いと、肉特有の脂の匂いであった。
そろそろ夕食時と相まって、匂いに負けて顔がだらしなくなってしまう。
「「「くぅぅ、生き地獄だ!!」」」
何の肉かまで分からないが、匂いがものスゴく美味しそうなのがツラい。
ただでさえ、お腹が空いているのに、防壁の真下で肉を焼いている。煙は大抵、風がなくとも上に登って来るものだから、防壁は焼き肉の匂いで充満していた。
皆、頑張って顔を引き締め様としているが、油断すると漂う匂いに負けてしまう。
魔物への警戒より、地味にメンタルがすり減るばかりだ。
「頼む、宿か家でやってくれ」
「何でそこでやるんだよぉ」
「お願いだから、他所で焼いてくれぇぇ」
「「「腹が減るーーっ!!」」」
持ち場から離れられないモルテグル兵は、目眩がするくらい美味しそうな匂いに、ただただ悶えるばかりであった。