作品タイトル不明
635 どんな時も、どんな場所でも……
「意味はねぇな」
エギエディルス皇子が入管手続きの必要性を訊いていれば、フェリクス王はチラッと門番兵を見ながら言っていた。
王竜自身が、身分証みたいなモノだ。その竜を見て、フェリクス王を疑う様では、無知もイイところである。
門番兵も、突然のヴァルタール皇国の国王登場に、ソワソワしていた。
間近で見たい欲求を頑張って抑えているのが、その仕草や視線で分かる。隣国の王を間近で見る機会など、そうそうないからだろう。
さらに皆が気にする理由がある。
ヴァルタール皇国の王は、魔物討伐を兵に任せきりにしない、という話は有名だからだ。
しかも、訊けば一番危険な所に行くと言うではないか。
常に命懸けの兵達からしたら、それはもはや敬服ものである。
「先程は不躾な態度、失礼致しました。ヴァルタール皇国のフェリクス陛下」
エギエディルス皇子達が話をしていれば、ジンが歩み寄りフェリクス王に頭を下げて来た。
と同時に、あの時、剣を抜かなくて良かったと思う。
フェリクス王の強さは、他国にも轟くくらいに有名だ。もし、あの場で抜いていたら、瞬殺されていたかもしれない。
しかし、フェリクス王だと知れば知るで今度は、手合わせ願いたいなとか勇姿を見たいなとか、他の欲がムクリと湧いて来る。
剣を学ぶ者なら、一度は憧れる人物。それが、フェリクス王であった。
「構わねぇよ」
こんな事で不敬だなんだと言う程、フェリクス王の心は狭くはない。
もし、そんな王であれば、莉奈の首など何度飛んでいる事か……。
「こちらには何用で?」
同じく頭を下げたレイがそう訊く。
まさか、状況確認しに来たとは思っていない様だ。
「モルテグルの安全確認よ」
「違ぇな」
アーシェスが人差し指を立てて嬉々と答えたが、すぐにフェリクス王が否定する。
モルテグルの状況の確認するためには来たが、モルテグルの安全性など、別段どうでもイイ。滅んでたら滅んでたである。
「危なかったら、助けてーー」
「勝手な事を言ってんじゃねぇ」
助けるつもりなど、毛頭ないフェリクス王。
アーシェスが好き勝手言うものだから、その頭を後ろからワシ掴みにしていた。
「「……っ!」」
アーシェスの言葉に少し……いや大分嬉しそうな表情を一瞬したジンとレイ。
真偽不明の軽い言葉にも反応してしまうくらいに、モルテグルは危機なのかもしれない。
「とりあえず、アーリャにフェリクスが来たと伝えてくれ」
フェリクス王が遠方を見据えつつそう言えば、ジンとレイは顔を見合わせた。
「このまま、屋敷に向かわれても問題ないかと」
屋敷に突如竜が現れれば、アーリャは驚くかもしれない。
だが、はるばる来たフェリクス王に対し、帰れとは言わないだろう。
むしろ、国王陛下を待たせる方が問題ではと、2人は判断したのだ。
「陛下、何か?」
フェリクス王の様子が気になったローレン補佐官は、フェリクス王の視線の先を同じ様に見た。
先程のキラーアントを気にしているのかと考えたが、フェリクス王が見ていたのはその場所ではなく、少し東側に逸れた場所を見ているのだ。
「何かいる」
そうフェリクス王が言えば、一斉にその方角へ目線を向けた。
……が、岩がゴロゴロ転がっているのが見えるだけ。
まさか、岩の魔物とか? とも考えたが、あの岩が魔物なら"何かいる"という言い方はしないだろう。
ならばと、一生懸命に探してみたものの、莉奈みたいな凡人には、何も感じないし見える訳がなかった。
「"何"って何よ?」
フェリクス王の"何"とは当然、人や動物でない、魔物だ。
不安しかないアーシェスは、フェリクス王に詰め寄っている。
莉奈は何となく、フェリクス王がわざわざ口に出したという事は、弱い魔物ではないのではと思う。
アーシェスの言葉など、ガン無視のフェリクス王。
「近付いて来る気配はねぇが、まぁ注意くらいはしとけ」
莉奈と同じく、目を凝らしていたジンとレイに、注意喚起をした。
フェリクス王は他国の事なので、倒しに行く気はないらしい。
「ちょっと! 来てからじゃ遅いでしょう!? 王竜に討伐させといてよ!!」
コレまた無茶振りなアーシェス。
注意されたジン達も、少しだけ期待をしていたのかもしれないが、フェリクス王に言わせれば"関係ない"である。なので、チラ見すらせず、シカトしていた。
王竜も大欠伸しているのだから、我関せずみたいだ。
ジンとレイは、何かが何なのか気になるが、確認しに行く余力はない。その為、防壁を守る兵達に注意を促していた。
「とりあえず、どうすんだ?」
ここで待つのか中で待つのか、エギエディルス皇子が訊く。
門から屋敷までの距離は、小さな村でないのだから、それなりにあるハズ。竜で行かないなら徒歩か馬車となる訳だが、伝達役となったジン達とすれ違いそうだ。
「ご飯でも食べて待ってません?」
挙手し、そう提案したのは莉奈である。
歩いたり動いたりで、カロリーを消費して来たのだから、腹が減った。
ランデル達は、アーリャの屋敷には行かないだろう。となると、夕食の約束を守れない。そう思った莉奈は、少し早いが夕食にしては? と話を持ち掛けた。
「「「……」」」
莉奈=食い物。
そんな方程式が、皆の頭に過ったが、腹が空いているのは否めない。
「アイツらが戻って来る間、飯にするか」
ランデル達をチラ見したフェリクス王は、小さなため息を吐いた。
フェリクス王も、ランデル達と夕食の話をした事を思い出したのかもしれない。
「飯って、こんなーー」
"時に"か"場所で"か、アーシェスはどちらを言いたかったのか……いや両方か。
驚愕の表情でフェリクス王を見たが、反対意見は自分だけだと察したのか、すぐに押し黙るのであった。