作品タイトル不明
578 忠犬誕生
「「「何も起きなかった」」」
空が白み始めた時、ランデル達はホッとしたというより、唖然となっていた。
いくら聖木の下にいたとしても、この場所は傾き始めている国の領地。そんな場所の夜は、決まって凶暴な魔物が出て来る。なのに、鳴き声はちょくちょく聞こえていたものの、一向に近付いて来る気配はなく……静かで平穏な朝を迎えた。
こんな緊張感のない夜は初めてであった。
「……っ!」
人の気配と薄っすら感じる陽の光に、目が覚めた莉奈。
ゆっくり目を開ければ、莉奈の目に真っ先に飛び込んで来たのはフェリクス王の姿だった。
そうだった。隣にいたのだと、今さらながらに思い出した莉奈。
「お、おはよ……うございます」
あわあわしていれば座っているフェリクス王とバチリと目が合い、莉奈の頬は朝焼けのように赤く染まっていた。
「よく眠れたか?」
「……はい」
朝イチのフェリクス王は、色んな意味で心臓に悪い。
元より普段からスッピンだが、せめて顔くらい洗ってからとか、髪を整えてからとか、莉奈の頭はグルグルである。無防備な姿を見せるのが、こんなにも恥ずかしいなんて想像すらしていなかった。
ーーあぁぁーーっ!!
「そ、そうだ。顔、顔を洗おう!!」
寝顔を見られたのかもしれないと考えたら余計に、恥ずかしくなってきた莉奈。
それを誤魔化す様に慌ててスライムのベッドから降り、バタバタと洗面所へと走るのであった。
「リナさんが起きた」
「テーブルの上を片付けろ!」
「その台拭き取って、あたし拭くから!」
莉奈が起きると慌ただしく動き始めたのは、ランデル達である。
寝る前に莉奈が用意してくれた茶菓子やお茶を一ヶ所に片付け、テーブルをせっせとキレイに磨き上げた。
「「「リナさん、おはようございます!!」」」
「え? あ、うん? おはようございます」
そして、顔を洗ってサッパリした莉奈が見たのは、もはや忠犬となった3人が背筋をピンと伸ばして立っている姿であった。
その姿に、莉奈は若干引き気味である。
「分かりやすっ!」
朝番として起きていたローレンが、洗面所に向かいながら肩を震わせていた。
昨日の今日で、莉奈はすっかりランデル達の胃袋を鷲掴んだからだ。
莉奈が朝食を用意するとは言っていないのに、待ち焦がれている。元々、一緒に食べてもらう予定だったが、例え出すつもりがなかったとしても、こうなると出さない訳にはいかない。
「ベッドと街灯を片付けてから朝食にしますので、顔を洗って座ってお待ち下さい」
「「「はい!!」」」
そのやたらと元気な返答に、今起きたばかりのエギエディルス皇子とアーシェスは、仲良く目を丸くさせていた。
莉奈の飯には 魅了(チャーム) 魔法でも掛かっているのかと思うくらいに、皆が皆食べた途端にコロッと懐く。
かく言う自分もその1人だが、第三者として見ると、苦笑いすら出なかった。
「エド、パンにチーズのっける?」
「のっける!!」
ベッド(スライム)を片付けに来た莉奈に、エギエディルス皇子はピョンと跳ね起きた。
莉奈の前には、皇子も冒険者も関係ない。
ただただ、莉奈の料理を食べるために誰もが忠犬となるのである。
◇◇◇
「朝は簡単にサラダとスープ、パンの予定ですが、食欲のない方はいますか?」
昨夜は食べ放題か肉祭りかの様に、誰も彼もが焼いては口に焼いては口にと運んでいた。
胃もたれや昨日の肉を消化しきれず、朝食は少なめでと誰かが挙手するかなと思っていたが、誰も手を挙げる事はなかった。
莉奈は皆の胃袋を甘く見ていた様である。
「サラダは大皿に盛ってありますので、食べられる量をーー」
「「「よそいます!!」」」
「粉チーズはーー」
「「「たっぷりのせて下さい!!」」」
ランデル達の食い気味な返答に、莉奈は説明する暇はなかった。
莉奈は笑いつつ、ランデル達用のサラダにハード系のチーズ、パルミジャーノレッジャーノをチーズグレーターで削って載せた。
サラダは大きな半月型の木のボウルに、皆で好きなだけ取り分けられる様にしてある。
このサラダのメインは何と言っても、カリッカリのベーコンではなかろうか。ロメインレタスや普通のレタス、ルッコラやチャービルなど色んな葉のベビーリーフの上に、カリッと焼いたベーコンが散りばめられている。
その真ん中に温玉を好みで載せられる様に、別の小皿で用意してあった。
たっぷりの野菜と香ばしく焼いたベーコン。そこに削りたてのチーズを載せる贅沢サラダ。
莉奈がゴリゴリとチーズを削れば、雪の様に白いチーズがサラダの上に降ってきた。薄っすらと葉に積もるチーズは、初雪の様でワクワクする。
「ドレッシングと黒胡椒はお好みで」
「「「黒胡椒がある」」」
砂糖に続き、高いのがこの黒胡椒である。
砂糖はシュゼル殿下のおかげで徐々に増えていたが、黒胡椒はまだ量は少なかった。しかし、王宮は今、魔物バブル状態なので黒胡椒も豊富だ。
フェリクス王達だけ出すのも何か変だし、白金貨を貰っているのでイイかなとテーブルの上に置いた。
だが、ランデル達は高い食材の数々に、昨日から驚くばかりだ。
白金貨1枚じゃ少ないかなと、自身の魔法鞄をあさっていれば、それを見たフェリクス王から護衛代で相殺してやると言われていた。
やはりあの時、フェリクス王は寝ていなかったなとアーシェスは思ったのである。
「ちなみに、ドレッシングって何ですか?」
単純に疑問に思ったマリサが、まるで生徒の様に右手を挙げた。
テーブルの上に何やら瓶がズラリと並んでいる。その瓶の中身は牛乳みたいな白っぽい物から、オリーブオイルみたいな物まで多種多様だ。
手に取ってはみたものの、よく分からない。
「サラダにかけるソース? 液体調味料? 右にあるのはオリーブオイルにお酢と塩胡椒を混ぜて作った簡単なドレッシング。その隣のはお酢の代わりにレモン汁を使ったもの。さらに隣はそれに醤油……ユショウ・ソイを足したものになります」
基本的な簡単"イタリアンドレッシング"だ。
何がイタリアンなのかよく分からないが、サラダには定番だろうと用意した。
「なるほど?」
「へぇ、昨日のユショウ・ソイが入ってるのか」
まだ味の想像が付かないのか、ランデル達は首を傾げたまま。
フェリクス王達は口にした事があるので、勝手に取り皿にサラダを盛り始めているけど。
「オススメは左側の白い液体。"シーザードレッシング"です。シーザードレッシングはザックリいうと、マヨネーズにヨーグルトやレモン汁を混ぜたソース。好みもあるかと思い、ヨーグルトではなく牛乳で作った物や、摺り下ろしたニンニク入りとか、アンチョビを入れたりとか色々用意してみました」
「「「はぁ??」」」
マヨネーズすら知らないランデル達に、莉奈のその説明は何が何だかサッパリであった。
味の想像が出来ないばかりか、ただサラダにかけて食べる液体調味料としか分からない。
「ちなみにマヨネーズとはコレです」
莉奈はマヨネーズの載った小皿を取り出せば、ランデル達は食い入る様に見ている。
昨夜の焼き肉なんて序の口だった。
この薄い黄色のクリームは何だろうか? そして、それを使ったドレッシングとは何だろうか?
もはや、ランデル達の頭の中はハテナでいっぱいである。
「まぁ、食べれば分かるわよ」
莉奈の料理は、口で説明したところで分かる訳がない。
何故なら、似た料理がこの世界にほとんど存在しないからだ。
なので"訊くより食べろ"である。
身をもって知っているアーシェスは、笑いながらそう言うのだった。