軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

565 どの世界でも、嫌われモノ

獣道を数メートル逸れた先に、ゴソゴソと蠢く黒い塊があったのだ。

その蠢く黒い塊は、無数の何かが集まり1つの塊に見えただけ。その無数の何かは……莉奈が知るモノに酷似していた。ただ、莉奈の知るモノより、やけに大きいし、足や触角が多い気がするが、形態は忘れたくても忘れられない。

———そう、ゴキブリだ。

「気持ち悪っ!!」

莉奈はさらに腕を高速で摩った。

大きなゴキブリと言えば、莉奈の頭の中にマダガスカルゴキブリやヨロイモグラゴキブリが浮かんだが、あれはそもそも台所にいるゴキブリと 形態(フォルム) が違う。

だが、そこにいる生き物は、足や触角の数、大きさがやや異なるとはいえ、莉奈のよく知るゴキブリそのものだった。

あの艶々とした焦茶の姿。頭の天辺で揺れる長い触角。毛だか棘みたいな物が無数に生えた脚。

老若男女、強い弱い問わず、大抵の者達が出遭えば仰け反る、あの生き物である。

「やだ"ゴキブリ"じゃない!」

「え゛ゴキブリ!?」

やっぱりゴキブリなのかと、莉奈が思わず近くにいたフェリクス王の服をむんずと掴んだ。

フェリクス王は一瞬何事かと腕を見たが、それが莉奈だと分かると小さく笑っていた。

「一応"フロストローチ"って名があるんですけどね」

誰も正式名では呼ばないのだと、ローレン補佐官が微苦笑していた。

通称"森の掃除屋"。

読んで字が如く、基本森に棲息している生き物。攻撃力はさほどない代わりに、木の実から弱った生物や死骸も食べるとか。

莉奈の知るゴキブリと決定的に違うのは、固い骨すらガリガリと食べる事。あの手の平サイズのゴキブリの口には、無数の小さな歯が生えているそうだ。

「【鑑定】しないのかよ?」

「"食用"って出たらどうするの? からあげにして食べるの?」

「……」

あのゴキブリを鑑定する必要性が、莉奈には見出せなかった。

食用と出たからといって、あんな虫は食べたくない。冗談で訊いたエギエディルス皇子も、同じ事を考えたのか黙っていた。

だが、フェリクス王はそんな二人を見て、面白そうにしている。

「エディ。小さいヤツの土産には、ちょうどいいんじゃねぇの?」

「……っ!」

"小さいヤツ"とは、エギエディルス皇子の番である小竜だ。

人は毛嫌いするあのゴキブリ。エギエディルス皇子の竜は、何故かあの素早い動きが堪らなく面白いらしく、あの生き物で遊ぶのがマイブームだそうだ。

エギエディルス皇子は、フェリクス王にそう言われてゲンナリしていた。

「やめて下さい」

エギエディルス皇子が何か言うより先に言ったのは、ローレン補佐官だった。

あのゴキブリことフロストローチは、生命力も繁殖力も凄まじいらしく、魔物より厄介者だそうだ。

以前、小竜がエギエディルス皇子と遊ぼうと、エギエディルス皇子の住む 緋空宮(ひくうきゅう) に持って来た時には、大騒ぎになっていたと聞いた事がある。

そのフロストローチが、万が一にでも王城内で繁殖した日には地獄だろう。

「で、揶揄うために見ていた訳じゃないわよね?」

意味もなく足を止めた訳ではないと思いつつ、末弟を揶揄うフェリクス王に、アーシェスは呆れ笑いをしていた。

「アイツらが 集(たか) っている獲物。原型はほとんど留めてないが、チラッと見えた傷口が 切創(せっそう) だった気がしたんでな」

"切創"とは、刃物によって出来た傷である。

フェリクス王はそう言うが、その獲物とやらにゴキブリが溢れていて、もはや黒い塊にしか見えない。莉奈がどんなに目を凝らしても、ゴキブリとゴキブリの間に、僅かな隙間さえ見えない。

傷がどうこう以前に、何に集っているのかさえ分からなかった。

「切創があったのなら、冒険者か旅人が通った可能性が高いですね」

「それも……数時間前くらいか?」

魔物や獣が付けた傷なら、切り傷であるハズがない。となると、必然的に人によって付けられたモノ。

フロストローチは基本雑食だが、生き物の死骸は即座に嗅ぎ付け 集(たか) るらしい。

原型はないが、まだ獲物がそこにあるのだから、そんなに日にちや時間は過ぎていないだろうと、ローレン補佐官とエギエディルス皇子が話していた。

「こんな時期にわざわざ来るんだから、余程腕に自信があるんでしょうね」

アーシェスが何とも言えない表情をする。

国が荒れ、強い魔物が蔓延り始めたと噂が流れれば、傭兵はもちろんその獲物や素材狙いで来る者は少なくない。マヨンみたいに、その場凌ぎの雇われ冒険者もいる。

変異種や新種も現れやすくなるため、街のためにはイイ事だろう。だがしかしである。

そういった素材目的や好奇心で来られると、途端に気分が複雑になるのだ。

そういう冒険者がいるおかげで、その付近の街への被害が少なくなるのも確かだ。だから、ありがたい。大変ありがたい事ではあるが……アーシェスはどこか釈然としなかった。