作品タイトル不明
552 それぞれの旅立ち
「そもそも"豪神"って何ですか?」
突き返したものの一向に受け取らないフェリクス王。
仕方がないと 魔法鞄(マジックバッグ) にしまおうとして、莉奈はハタと気付いた。
このナックルダスター。
武器名に"豪神"と付いてなかったか? と。
自分の指に怖いくらいフィットするのも気になるのだが、それよりもそちらが気になった。
「師匠が命名したからじゃない?」
武器にしろ何にしろ命名権は大抵の場合、生み出した者にある。
コレを造った師匠バーツが、"豪神ナックルダスター"だと命名すれば、莉奈が文句を言おうがそうなってしまうのであった。
師匠バーツの事だから、造りながらほくそ笑んでいたと想像する。
アーシェスは説明しながら、吹き出していた。
ナックルダスターだとは知っていたが、そこに"豪神"と付いていたなんて知らなかったからだ。
エギエディルス皇子とローレン補佐官も、アーシェスにつられて吹き出していた。
「げせぬ」
自分専用の武器を造ってくれたのは、ありがたいとしよう。
だが、それが、何故、メリケンサックで豪神。納得がいかぬ。
——結局。
オルガンの壺は商人ギルドで査定してもらい、その額に少しイロを付けた値段で、フェリクス王が莉奈の代わりに買い取る事で合意した。
ダンはものスゴく恐縮していたけど、内心はホッとしたのだと思う。
見知らぬ土地で、しばらくは暮らさないといけないから、先立つ物は必要だろう。
壊れた馬車の中身は、着替えなど身の回りの物以外は、商人ギルド内に併設されていた中古品店、いわゆるリサイクルショップで売るとの事で、そこで荷物を引き渡した。
壊れた馬車は、ダン親子の境遇を説明し商人ギルド預かりとなり、逃げた冒険者達については一応冒険者ギルドに報告しておいてくれた。
ただ、残念ながら、あの冒険者達が罪になるかと言われたら、それは難しいとの事。
わざとにしろ故意にしろ、証人がダン親子しかない。しかも、わざと置き去りにした訳でなく、魔物を対処出来ずに逃走したのだ。
となると、冒険者達の雇用条件によるらしい。
貴族や富裕層ならともかく、一般的な冒険者の雇用条件に、命懸けで守れという取り決めや契約事項はない。
料金を上乗せして、条件をプラスさせているなら別だが、そうではなかった。
例え彼らが強奪犯だとしても、罪を認めるか証拠や証言がないと、罪に問うのは難しいそうだ。
だが、悪質な場合には調査員が調査し、処罰されるとの事だった。
「僕、お兄ちゃんみたいな冒険者になるか、からあげ屋になる」
「「「からあげ屋」」」
まだ幼いチャーリーは、元気よくそう言って莉奈達と別れた。
"冒険者"か"からあげ屋"。その選択肢に、別れを告げながら莉奈達は何とも言えない表情をしていた。
フェリクス王に感化されての冒険者。
莉奈の出したからあげに触発されてのからあげ屋。
冒険者は憧れる時期があるが、その選択肢があるとは思わなかった。
あの子はきっと、逞しい子に育つだろう。
「これからどうするんですか?」
ダン親子は今日の宿泊先を探しに行ったが、自分達はどうするのだろうか?
早朝からずっと歩いて来たから、一旦休憩するのか、それとも今日はここで一泊するのか。
「馬車でウクスナ側の国境の街マヨンに、マヨンを出たら徒歩」
まさかの宿泊なし休憩なし。ノンストップだった。
「マジかよ〜」
また歩いて行くのかと、エギエディルス皇子はガッカリしていた。
竜とまではいかなくとも、馬車か魔馬で移動するかと思っていたのだ。
そんな弟を見て、兄王は小さく笑う。
「お子ちゃまは体力がねぇな」
「バカにすんじゃねぇよ!! 魔馬の方が早く着くと思っただけだよ!!」
「疲れたんなら、抱っこしてやろうか?」
「なっ! ムダ口叩いてる暇があるならサッサと歩け!!」
兄王に小バカにされたエギエディルス皇子は、反論しながらズンズンと早歩きで、馬車の停留所に向かっていた。
フェリクス王はそんな弟を見て、ますます笑っていたけど。
「意地の悪いお兄ちゃんだ」
だが、そこには弟への愛を感じる。
莉奈達は、王兄弟の仲睦まじい姿に暫し癒されるのであった。
馬車の停留所に着くと、タイミングよく馬車が来た。
割と空いていたので、今回は縁ではなく荷台に乗ってみた。少し屈まないと頭が天井にぶつかるが、中は結構広くて想像以上に快適だ。
背の高いフェリクス王には窮屈みたいで、荷台ではなく屋根の上に乗っていた。
しばらく、馬車が走っていると、先程アーシェスが自前のクッションを敷いた意味がすぐに分かった。椅子は硬い木で出来ていて、アッチの世界の乗り物みたいにクッションも何も敷いてない。
悪路とは言わないが、馬車道通りは石畳かレンガである。ガタガタと揺れ、地味にお尻に響き痛い。
知っていれば何か用意出来たのに、残念だ。
だが、莉奈はすぐにピキンと閃いた。
「……っ!?」
お尻が痛かった莉奈は、おもむろに 魔法鞄(マジックバッグ) からある物を取り出し、お尻の下に敷いてみたのだ。
それを隣で見ていたエギエディルス皇子は、ギョッとしていた。
「お前……ケツに何敷いてんだよ!?」
「え? スライム?」
「は?」
「スライム」
最近、よくお世話になっているスライムである。
黒でもいいが、無色のスライムをお尻に敷いてみた。
コレが中々どうして、いい具合だ。スライムの弾力がまるで、ゲルクッションの様だった。ガタガタと揺れる馬車の振動を、スライムが軽減してくれお尻に優しい。
「お前……」
スライムを食ったり尻に敷いたりする莉奈に、エギエディルス皇子は絶句していた。
魔物を活用するにも程がある。自分にない発想がスゴ過ぎて、もう言葉が出なかった。
「「「……」」」
乗り合っていた客もそれを見て、目と口が開いたままである。
この子、スライムをケツの下に敷いたぞ? と。
だが、そんな視線もなんのその。
「エドも使ってみなよ」
食わず嫌いならぬ、使わず嫌いは良くない。
莉奈はエギエディルス皇子に、同じ無色のスライムを勧めた。
「……」
エギエディルス皇子がデロンとしているスライムを見て、完全にドン引きしている。
食べろと言っている訳じゃないのに、この表情。もう笑うしかない。
「ちょっと借りても?」
「マジかよ!」
一向に手を出さないエギエディルス皇子を横目に、向かいに座っていたローレン補佐官が声を掛けた。
段々と莉奈のやる事に慣れてきたらしい。
「どうぞ?」
スライムはいっぱいある。暇さえあれば狩っていたので、皆でシェア出来る程だ。欲しいと言うなら、ここにいる人達に分けてもいいくらいである。
「あ」
もはや躊躇いはないローレン補佐官は、早速、お尻に敷いてすぐに小さな声を上げた。
馬車からダイレクトにきていた振動が、このスライムのおかげで軽減するではないか。しかも、馬車が揺れるたびに、スライムがタプンと優しくお尻をサポートしてくれる。
こんな風に、お尻に優しいクッションが今まであっただろうか。
ローレン補佐官は、思わず弛む口を押さえつつ感動していた。
「今は手元にありませんが、好みのクッションカバーを付けて使うと見た目もオシャレになりますよ?」
「なるほど」
スライムが見えるからイヤなだけで、カバーを付けてしまえばただのクッションだ。そう提案したら、ローレン補佐官は喜んでいた。
事務仕事の多いローレン補佐官は、長時間イスに座っている事が多かった。
鍛えているとはいえ、さすがに同じ姿勢は辛い。しかし、このスライムを敷いたら?
そう考えたローレン補佐官は、ヴァルタールに帰ったら、このスライムをクッションにしようと、1人心に決めたのであった。