作品タイトル不明
545 持ち物に名前を書くのは……
「アレ、何してるの?」
紅イモ畑を見ていた莉奈をチラッと見れば、何故かフェリクス王に詰め寄られていた。
少し離れていたアーシェスには、何故そうなっているのかまったく状況が分からない。
「魔王とか、ショウチュウがどうとかって言ってましたよ?」
「魔王はともかく、"ショウチュウ"って何?」
「さぁ?」
今更、魔王と呼ばれたくらいでは、あんなに詰め寄ったりしないだろう。
アーシェスは近くにいたローレン補佐官に訊いたが、フェリクス王の何レーダーに引っかかったのか、彼にも分からない様だった。
ただ、あのフェリクス王が問い詰めるのだから、甘い食べ物でない事は確かだ。
「あぁ、"焼酎"ってたぶん、お酒の事ですよ」
骨董品をあさっていたダンが、縦長の箱を1つ抱えて荷馬車から出てきた。
その木箱をチラッと見れば、墨かインクで"ダン"と大きく書いてあった。
「「……」」
ダンは、自分の持ち物には名前を書く習慣でもあるのか。それとも、大事な物だから名前を書いたのか、ローレン補佐官とアーシェスはどうツッコんでイイのか分からず、思わず顔を見合わせていた。
「え? あぁ!!」
2人が木箱を見て、微妙な表情をしている事に気付いたダンは、慌てていた。
「ダンって、私の名前じゃなくて銘柄ですよ!! 銘柄!!」
いくら何でも自分の名前なんて書かないと、ダンは否定していた。
それもそうだ。書くにしても、そんな目立つ様に書かないだろう。
「知り合いが私と同じ名前だからって、ふざけて買って来たんですよ!!」
「「あぁ」」
ダンが身振り手振りで必死に説明すれば、ローレンとアーシェスは納得していた。
ダンと同じ銘柄のお酒を見つけた知り合いが、お土産と買って来た物だった。
「1本しかありませんが、よろしければどうぞ」
莉奈をとっ捕まえて、話をしていたフェリクス王が戻って来たので、ダンは手にしていた木箱を差し出した。
「これは?」
「"芋焼酎"ですよ」
ダンがそう言えば、フェリクス王の目がキラリと光った。
莉奈から話を聞いて、飲んでみたいと思っていた時にこの芋焼酎。実にタイムリーで心が躍る。だが、冷静を装うフェリクス王。
「大事な酒じゃねぇの?」
「え? あぁ。ヤケ酒……ん。お酒なんて飲まれてナンボですよ。私、お酒ちょっと苦手なんで……」
助けて頂いたお礼が貰い物で申し訳ないと、フェリクス王に芋焼酎"ダン"を差し出していた。
ダンは咳払いで誤魔化していたが、ヤケ酒する為に持って来た様だ。
「……ダ——」
「え!? あ、いや、銘柄ですよ! 銘柄!!」
木箱にダンと書いてあるのを見て、フェリクス王の手が止まれば、ダンは慌てて違うと説明していた。
フェリクス王は一瞬微妙な表情をしていたが、ダンの好意を受け取らないのもと、受け取る事にした。
「悪いな。大した事をしてないのに」
「いやいやいや。魔法付与に荷物運び、それにこの街まで護衛して頂いたんですから、これでは全然釣り合いが取れませんよ!!」
しかも、骨董品を買い取ってもらえるのだ。任務を放り出した冒険者達とは大違いである。
ダンは手を左右に振り、恐縮そうにしていた。
フェリクス王達と出会わなかったら、今頃は魔物の腹の中だっただろう。
「ふぅ」
追求されていた莉奈は、ホッとため息を吐いた。
ただでさえ、シュゼル皇子にカカオ豆で大変な思いをしているのに、フェリクス王の酒まで加わったら、逃げ場がない。
ダンさん、ナイス!
莉奈は心の中で、拍手喝采をしていた。
そんな莉奈に、フェリクス王が貰ったばかりの芋焼酎を押し付けた。
魔法鞄(マジックバッグ) にしまっておけって事かと思い手を出したが、どうも違う様だ。
「"鑑定"」
「え?」
「"鑑定"」
「え、あ、はい」
どうやら【鑑定】しろって事らしい。
もうちょっと、主語的なものを付けてくれませんかね?
要点だけ過ぎて、一瞬何を言っているのか分からなかった。
【芋焼酎】
紅イモを主原料とした酒。
場所により甘藷焼酎とも呼ばれる。
「で?」
「あ、そうですね」
簡単に【鑑定】してフェリクス王に教えたのだが、さらに詳しくと視線で促されてしまった。
フェリクス王的にはたぶん、産地を知りたいのかもしれないが、余計な情報が出たらイヤだなと、莉奈は渋々詳しく【鑑定】する。
【芋焼酎】
紅イモを主原料とした酒。
場所により甘藷焼酎とも呼ばれる。
〈用途〉
主に紅イモと米麹、水などで精製された蒸留酒。
上品で柔らかな甘さと、特有の香りを愉しむ酒である。
フラライド島、平野部の街ロイダンで製造された物。
〈その他〉
飲料水。
焼き芋の様な特有の香りがあるが、美味である。
ジャガイモを使った芋焼酎もある。
「フラライド島のロイダンで造られたお酒みたいですね」
「フラライド……だいぶ遠いな」
鑑定結果をザックリと説明した莉奈。
フラライド島とやらがどこにあって、王都リヨンからどのくらいの距離かまったく分からない。
だが、フェリクス王が遠いと言ったところで、フェリクス王には竜がいる。だから、いくらでも仕入れられるだろう。
「甘いお酒みたいですね」
芋焼酎は確か、クセがあって苦手な人もいるお酒だと、聞いた事がある。
焼き芋の様な香りが特長だが、スイートポテトみたいな香りに感じる人もいるらしい。
「……」
酒だと喜んでいたフェリクス王は、なんだか表情に影が落ちていた。
フェリクス王は産地より、お酒の甘さが気になる様だった。クセがあるので合うかどうかは分からないが、シュゼル皇子向けの酒ではなかろうか。
ガッカリするフェリクス王は、なんだか子供みたいで可愛いが、少し可哀想な気がする。
莉奈は、フェリクス王の気分が浮上する様な情報はないかなと、もう一度【鑑定】し【検索】して視てみる事にした。
【上品で柔らかな甘さ】
原材や砂糖の甘さではなく、嗅覚で感じる甘み。
嗅覚で感じる甘み?
莉奈は思わず首を傾げた。
「甘いって言っても、砂糖みたいな甘さとは違うみたいです」
飲んだ事がないからよく分からないが、甘い匂いがするお酒であって、実際には違うという事だろうか。
両親は何と言っていたかな? と思ったが、懐かしさより悲しみが大きくて胸がチクリとした。
「あぁ"甘口"か」
それを聞いたフェリクス王が微復活した。
甘口である酒も基本的には苦手だが、砂糖の甘さとは違うので興味が優った様である。
「甘口?」
今さらだけど、甘い酒と甘口はどう違うのだろうか?
そんな事を考えた事もなく、曖昧な記憶で適当に作ってきたので、よく分からない。
莉奈は、今さらながら疑問に感じた。