作品タイトル不明
522 リナ、宙を舞う
ヴァルタール皇国の国王が出掛けるといっても、いつもなら白竜宮の竜の広場からひっそり飛び立つのに、今日は何故か銀海宮の真ん前。正門近くの広場から、目立つ様に行く様だった。
一部の兵は警備の為集まっていないが、近衛兵がズラリと並んでいる。何事も仰々しくする事を嫌うフェリクス王にしては、超が付く程に珍しい。
正門近くの広場には、鞍を着けた王竜。その隣りに空色の竜。碧空の君の姿もあった。
莉奈の竜の背にも、誰かが着けてくれたのかしっかり鞍が着いている。という事は、莉奈も自分の竜に乗って行くのだろう。
何気に、自分の竜に乗るのが初めてで、ワクワク……より何故か不安が横切るのは何故だろう。
そんな不安な莉奈をよそに、フェリクス王はシュゼル皇子やゲオルグ師団長と何やら話をしている。よく聞こえないが、留守にする間の事だと推測する。
先に乗ってろとフェリクス王にチラッと視線で促され、莉奈は碧空の君に近付いたのだがーー
「リナ。私の前に」
「前?」
横から鞍に足を掛けて乗ろうとしていた莉奈に、何故か眼前に来る様に言ってきた。何故に? と首を傾げて碧空の君を見れば、頭を下げ自分の口先に足を掛けろと言うではないか。
その行動に莉奈はさらに首を捻ってはみたが、早くしろと急かされ言われるまま碧空の君の鼻先、いわゆる口の先に片足を軽く乗せてみる。
「これでイイの?」
と莉奈が碧空の君に確認しようとした瞬間ーー
「え゙?」
ーー莉奈の身体は、突然ポンと宙を舞った。
いや、舞ったというより、碧空の君によって強制的に木より遥か高くに飛ばされたのだ。
「あ゙ぁ?」
「え??」
近くで話をしていたフェリクス王も、シュゼル皇子も唖然である。
先に竜に乗ると思っていた莉奈が、背に乗るのではなく、何故か空を舞っていたのだから。
「「「……!?」」」
フェリクス王達を見送りに来ていた者達も、漏れる事なく唖然呆然であった。
エギエディルス皇子も驚愕した後、時を止めている。
何がどうしてそうなったのか、誰にも分からなかったのである。
「どゆことーーっ!?」
いきなり小さな打ち上げ花火の様に、空に向かって飛ばされた莉奈は、怖い以前に状況がまったく理解出来ずにいた。
言われるがままに、碧空の君の口先に足を掛けたら、一気に皆が小さく見えたのだ。何がなんだか分からない。分かりたくもない。
そして、この世界が異世界であろうが、重力は存在する訳で……。
当然上に飛んだ分、下に落ちる。要するに、莉奈、地面に激突である。
莉奈は、落ちるまでの間、何度見たか分からない走馬灯を見ていた。
人はいつか死ぬ。それが、番の手によってだなんて想定外だった。莉奈はスローモーションの様な景色を茫然として見ていたのだが……いつまで経っても地面には落ちる事はなかった。
「大丈夫かよ?」
落ちる前に、フェリクス王に抱き抱えられていたのだった。
どうやら吹き飛ばされた莉奈を、地面と挨拶する前に救ってくれたらしい。
「ダイジョバナイ」
さすがの莉奈も、色んな事がいっぺんに起きればパニックを起こす。
フェリクス王に大丈夫かと問われたが、落ちたら落ちたでフェリクス王の逞しい腕に抱えられていて、今度は違う意味で大丈夫ではなかった。
「大丈夫そうだな」
いつも通りの可笑しい莉奈だと判断したフェリクス王は、顔を両手で隠す莉奈を見て笑っていた。
「碧空の君、何故あの様な暴挙を?」
竜は基本的に、番に危害を加えたり乱暴な振る舞いをする事はない……ハズ。
それが、長年築いてきた人と竜との信頼関係なのだ。なのに、碧空の君は莉奈を口先で吹き飛ばした。兄王が咄嗟に助けなければ、地面に激突していただろう。そんな暴挙は、どんな理由があるにせよ許される事ではない。
碧空の君に、ほのほのしながら歩み寄ったシュゼル皇子は、ニコリとしていたが目は笑っていなかった。
「暴挙?」
碧空の君にしたら、アレにはちゃんとした理由があり暴挙ではなかったのだ。なので、シュゼル皇子の言われた事が理解出来ず、可愛らしく小首を傾げていた。
「今の行動が暴挙でないのでしたら、何と?」
「え? リナの事だから……上に上げたらクルッと反転して、私の背にカッコ良く乗るかなと?」
「「「……」」」
碧空の君のキョトンとした返答に、皆絶句である。
竜曰く、口先で上に上げたら身体を反転させ、華麗に背に乗ると想像していた様だった。
竜騎士でさえ飛び乗る事はあっても、そんな大道芸人の様な乗り方はしない。百歩譲って誰かがしていたとしても、それは乗る側との意思疎通がないと成立しない乗り方だ。
莉奈は、そんな風に碧空の君が乗せようとしていたのをまったく知らない。知らずに上に飛ばされれば、さすがの莉奈もどうにも出来ない。当然そんな臨機応変な行動が出来る訳もなく、この事態だ。
碧空の君の勝手な妄想と、莉奈の身体能力を過信し過ぎていての行動だった。
ーーバチン!
「ピギャーッ!!」
自分達がいたから莉奈に怪我がなかったものの、もしいない時にそんな乗せ方をしていたら、地面へ激突していた事だろう。
碧空の君は、シュゼル皇子にお仕置きという形で、バチンと鼻先に小さな雷を落とされていた。簡単に言えば強力な静電気である。
「考えて行動する様に」
「ぁぃ」
悪いとは思っていなかったが、反論の余地はないと感じた碧空の君は、涙目で素直に頷くのだった。