作品タイトル不明
520 ウスター伯爵とチュウノウ伯爵
「この糸飴、シュクレ・フィレでしたか? のると途端に華やかになりますね」
貴女と違って。
いつも言葉の奥に、何か別の意味が隠れている様に感じるのは、莉奈の心が荒んでいるからだろうか?
言葉の棘がチョイチョイ気になるが、気にしたら負けだ。
「ベッコウ飴も作りましたから、シュゼル殿下がポーション生活に戻りそうだったら、出してみて下さい」
いや、出すと言うよりチラッと話に出すくらいがいいのかも。
「味を知らないとシュゼル殿下に説明も、と思いましたので、イベールさんのも作らさせて頂きました。どうぞ、よろしければ」
そう、莉奈が差し出したのは執事長イベールである。
あれから、色々と作っていたら夕食の時間になっていたらしく、執事長イベールが白竜宮に来てしまったのだ。
その内にリック料理長が、正式なタンバルエリゼを作るかもしれないが、手間暇が掛かる。なので、一応莉奈が試しに作ったタンバルエリゼ風を、執事長イベールに渡したのであった。
後は、日頃の行いのお詫びも兼ねてイベールにあげた……いや差し出したのである。
「……っ」
無表情の執事長さまが、一瞬揺らいだ。
やっぱり、甘味は好きらしい。ただ、何が1番好きなのか、未だに分からない。
「貴女の迷惑料としては全く釣り合いが取れませんが、その心掛けに免じて頂きましょう」
「ありがたく存じます」
コレだけでは、釣り合いが取れないとは。
莉奈は苦笑いしか出なかったが、 魔法鞄(マジックバッグ) に収めてくれたのでヨシとしよう。
ーーそれから。
誰が試食するのか、相変わらずすぐに決まらず悩む皆を置き、莉奈は銀海宮に戻る事にした。したのだが、途中まで何故かイベールが付いて来たのだ。
同じ宮に帰るのに別々にとは言えず、2人で銀海宮に戻るハメになってしまった。
イベールと2人だけだと、フェリクス王とは違う緊張感がある。
何か話すべきか悩んでいると、イベールの方から話しかけてきた。
「公務中に、陛下や殿下にはくれぐれも迷惑を掛けない様に」
「はい」
百人いたら百人に言われるセリフだろう。
何もしないと豪語出来ないのが、悲しいかな。
莉奈が空笑いしていると、イベールから容赦ない追随がきた。
「万が一の事態になってしまったら、リナ」
「はい」
「即時、自害する様に」
「……ぇ」
「する様に」
「……はい?」
自害?
要は事が大きくなる前に、命をもって償え……と言う事か。
うん、言いたい事は理解した。だが、理解するのと実行出来るかと言ったら別の話だ。莉奈は何も言えない。笑いも出ない。了解致しましたとも言えない。
しかし、何も言わなければ解放してくれなさそうだ。
なので、莉奈はとりあえず「心に留めておきます」と返したのであった。
◇◇◇
「なんかお前、やつれてんな」
銀海宮、いわゆる王宮の王族専用の食堂に行けば、莉奈を見たエギエディルス皇子が眉根を寄せていた。
今朝会った時は血色が良かったのに、今の莉奈は言うなればドンヨリとしている。
「ご指導ご鞭撻を受けておりました故、少々疲労を」
自分が悪いとはいえ、イベールにチクチク言われれば胃が痛くなるのだ。
強靭な精神は持っていても、胃は人並みなので。
「あぁ、イベールに説教されてたのか」
エギエディルス皇子は、莉奈から1を聞き10を知ったようだ。
それだけで良く分かるなと言いたいが、莉奈がドンヨリする程の指導をするのは執事長イベールしかない。すぐにピンと来たのだろう。
「殿下。説教ではなく"諭し"です」
イベールは夕食をテーブルに並べながら、無表情で答えた。
叱ったのではなく、言い聞かせたのだと。
「どっちでも同じだろ。やった、カツだ!」
だが、カツを前にエギエディルス皇子は、その話などすでに頭から吹き飛んでいた。
もはや、イベールの説教など、自分でなければどうでも良いのだろう。
「塩、醤油も用意してありますが、まずはカツのために作ったソースでお試しを。そこにあるミルクピッチャーに入っておりますのが、右からウスターソースと中濃ソースとなります。お好みでカツに付け召し上がってみて下さい」
莉奈が作り笑いを浮かべて説明すれば、控えていた侍女達だけでなく、フェリクス王達も微妙な表情をしていた。
その言葉に真っ先に反応したのは、エギエディルス皇子である。
「え? すげぇ気持ち悪ぃんだけど」
「ソースが、でございますか?」
「いや、お前」
ソースの色なんかより、普段友人か姉かの様に接している莉奈の口から、そんなバカ丁寧な言葉が出てくれば、エギエディルス皇子は気持ち悪さを感じたし、皆の背筋は何故かムズムズしていた。
「……まぁ嫌ですわ殿下。レディに気持ち悪いだなんて」
オホホと扇の代わりに、右手で口を隠し笑った莉奈。
だが、その莉奈の似合わない仕草に、ますます渋面顔のエギエディルス皇子。
「「レディ」」
フェリクス王とシュゼル皇子は、莉奈の言葉を思わず反芻し時を止めていた。
莉奈の言葉遣いは、本来なら正解だ。いや、厳密に言えば正解とも言い難いが。
だが、今さら莉奈に淑女振りされても、モヤッとするだけで、気分の良いモノではなかった。莉奈は少し口が悪いくらいが、らしくて安心すると皆は感じたのであった。
「なぁ、このウスターソースの"ウスター"って何だ?」
「ウスター伯爵のご令息。ソース=ウスターが発案したからーー」
「ソース=ウスター? お前、真顔で適当な事を言うんじゃねぇ」
どうせ訊いても"しらん"と返って来ると想像していたのに、返ってきたのは盛大な嘘だった。
誰でも分かる嘘を真顔で言う莉奈に、訊いたエギエディルス皇子はツッコミ、フェリクス王やシュゼル皇子は思わず吹き出してしまった。
どう繕おうが、莉奈はやはり莉奈だった。
「リナ。ウスター伯爵は実際いるので語弊があります。なので、チュウノウ伯爵に致しましょう」
「御意に」
シュゼル皇子が、笑いを堪えながらそう注意してきたので、莉奈は恭しく頭を下げた。
このヴァルタール皇国には、莉奈が適当に口にしたウスター伯爵が本当にいるらしかった。
「何が御意なんだ。イベール、赤ワイン」
莉奈と長弟のやり取りにフェリクス王は呆れつつ、赤ワインを要求した。
何がチュウノウ伯爵で、何が御意なのか、フェリクス王はそのふざけた会話に呆れてはいたものの、つい笑いが漏れてしまったのは、いつにない莉奈の真面目な態度のせいだろう。
末弟の言葉を借りるなら、気持ち悪いだった。
だが、弟達のこのアホみたいなやり取りもまた、酒の肴にしているフェリクス王なのであった。