作品タイトル不明
408 懐かしのニンニク醤油
「あ、それ!!」
莉奈が 魔法鞄(マジックバッグ) から取り出した肉を見て、羨ましそうな瞳を向けた。
そうなのである。莉奈が取り出したのは、牛肉ならぬブラッドバッファローのサーロインであった。
各宮にもあるのだが、希少部位のため保持している絶対数が少ない。
皆に提供出来る様になるには、人数分が確保出来てからだろう。
だが、莉奈は王族達に提供するため、個人的に所持している。そのため、皆には垂涎の的となっていた。
「「「……」」」
莉奈がサーロインを調理し始めれば、皆が無言で見ていた。
網の様に綺麗なサシの入った霜降りの肉である。
莉奈は何枚か少し厚めに切り用意した。余分な脂身の部分は、贅沢にすべて綺麗に取り除く。もちろんそれは捨てたりせず、焼く時に牛脂として使う。
熱したフライパンに切り取った脂身を入れ、ニンニクのスライスを投入。ニンニクの色が茶色に変わったら、皿にとりだし、片面に軽く塩胡椒を振った主役のサーロインを入れた。
ジュッと心地良い音と、サーロインの脂の甘い匂いが鼻を擽ぐる。
片面が焼けたら、ひっくり返し蓋をする。ここで赤ワインを投入してフランベすれば、香り豊かに仕上がるんだけど、ソースに赤ワインを使う予定だし面倒だからしない。
アルミ箔はないから以前はここで紙を載せて、布巾をかけて待ったけど、今日は30秒程で火を止め余熱でゆっくり火を通す事にした。
「紙と布巾じゃないのか」
リック料理長が、ポソリと漏らした。
以前、莉奈が白竜宮で警備兵のアンナのために焼いていたのを、誰かから聞いていて知っていたのだろう。それとやり方が違うから、他の方法もあるのかと頷いていた。
「絶対にコレって調理方法はないと思うよ? 簡単で美味しく出来るなら、なんでもありじゃないかな」
サーロインに関しては、他の方法を試す勇気はないけど。
莉奈は肉を置いている時間を使い、軽く塩茹でした付け合わせの野菜を皿に盛っておいた。
サーロインが主役なので、野菜の味付けはシンプルにしたのだ。
10分程経ち肉汁を閉じ込めたサーロインを、フライパンから取り出すと、莉奈は食べ易い様に適当な大きさに切り皿に盛った。
中は半生のミディアム・レアである。もう、塩胡椒だけのこの状態で旨そうだ。
肉を取り出したフライパンを温め直し、そこに赤ワインと醤油を投入。好みでバターを入れて混ぜれば、ステーキソースの出来上がりである。
フェリクス王達の分をサクッと作り終わり 魔法鞄(マジックバッグ) にしまうと、莉奈は余分に作っておいたサーロインステーキにフォークを刺した。
フォークを刺した感触が、ものスゴく柔らかい。赤身だと弾力が返って来るのに、これはスッと入る。
皆の強烈な熱視線を背中に感じながら、莉奈は出来立てのサーロインステーキを口に放り込んだ。
「……っ!!」
霜降りの肉はTV番組で歯がいらないと、大袈裟に言うレポーターがいたが、あれはあながち嘘ではなかった。
口に入れると、まずはニンニクの香りと醤油の香ばしい風味が鼻から抜ける。その後すぐに、ブラッドバッファローの美味しい脂が溶け出し、噛み締めると、頬が蕩けるくらいに旨味が溢れ出す。
噛むと肉があっという間になくなるので、口が名残り惜しそうに泣いていた。
「リナ、旨いのか?」
「いや、旨いんだな?」
「美味しいんでしょ!?」
恨めしそうな料理人達の声が、右から左に抜けて行く。
全員に行き渡るように、大量のブラッドバッファローが必要だなと莉奈は思った。あの魔物も牛同様に赤身肉は充分に獲れるけど、サーロインは少ないからね。
莉奈はそんな事を考えながらチラッと、食堂を見た。
まだ、昼食には時間があるのか人はいない。
「一口ずつでよければーー」
「「「ありがとうございます!!」」」
どうぞ、なんて言う暇もなく、食い気味に料理人達が頭を下げていた。
余程食べたかったに違いない。
「「「……っ!?」」」
リック料理長達が、サーロインを口に入れた瞬間、一斉にカッと目を見開き固まっていた。
口を押さえ、フニャリとしゃがむ者。ニヤつく者。小さく笑う者。
反応は様々だったが、皆は喋らず無言で口を緩ませながら、食べていた。
「はぁぁァ〜ッ。肉が蕩ける」
「肉々しくなくて、なんだろう……脂が甘い」
「この醤油のソースが、肉を引き立てていて……はぁぁ」
「口に広がった肉汁が、旨すぎる」
「あぁ〜。もっと味わえば良かった」
「肉を噛まなきゃ良かった〜」
口から肉がなくなると皆は途端にワイワイと余韻に浸り、あまりの美味しさに、しばらく顔が惚けていた。
「「「コレがサーロインの力」」」
初めての味に、大袈裟に涙を流す者もいたのだった。
軍部である白竜宮にもサーロインは保管されているハズだから、このステーキを味見させて、ブラッドバッファロー狩りに行ってもらおうかなと莉奈は考えた。
だって、皆もお腹いっぱい食べたいよね。
まだまだ食べたかったけど、そんな量はないのでからあげを揚げる事にする。
「ちなみに醤油で味付けしたからあげは、焦げやすいから揚げる時注意してね?」
「「「わかった」」」
まぁ、料理人達は言わなくてもすぐに気付くとは思うけど。
次はからあげの試食だなと、ワクワクした表情の料理人達の顔が見えた。
余分な粉を叩いて油に投入すれば、たちまちからあげの揚げている匂いと音が耳を擽ぐる。
この揚げ物特有の香りは、本当に堪らない。
パチパチ、チリチリと鶏肉が揚がる音。香ばしい匂い。弟はからあげを揚げていると、絶対に隣りに来ていた。
「それが、さっき言ってたニンニク醤油だな?」
ホラ、こんな風に。
「すぐに出来るよ。待てなかったの?」
「ち、違う!! 紫のに、お前が美容液を塗った事を思い出して、訊きに来たんだよ!!」
エギエディルス皇子が慌てた様子で否定していたけど、そんな事は後で訊けばいいよね?
絶対に大好物のからあげが、どう調理されるのか気になって仕方がなかったのだろう。
「そういえばアイツ、爪がキラキラになってて喜んでたけど、実を殴ってるお前の姿にまた怯えてたぞ?」
「あ〜。不可抗力だよね、それ」
だって、ないと諦めていた醤油が目の前に現れて、我を忘れたんだもん。
まさか、それをエギエディルス皇子と小竜に見られるなんて、想定外だった。
「まぁ、今は屋上で爪見てニヨついてるけど」
ニヨついてるのか、可愛いな小竜ちゃん。
莉奈は少し嬉しくて笑っていた。
「そういえば、名前はどうしたの?」
付けるつもりだと言っていたから、どんな名前にしたのか訊いてみた。
「すっげぇ悩んでる」
「まだ悩んでるのか」
エギエディルス皇子が腕を組んで唸っていたので、莉奈は笑ってしまった。
小竜のために真剣に考えているのだろう。適当では可哀想だものね。
「薄紫だろ? だから、色に関した名前がいいと思ってアメジストとか、ヴァイオレットとか色々考えたんだけど、なんかしっくりこないんだよな」
「なら、花の名前は?」
「花?」
「アザミ、アケビ、アネモネ、藪蘭……あ、桔梗なんて、花が星みたいで可愛い花だよ?」
「星の形をしてるのか?」
「うん。星形の青紫の綺麗で可愛い花びらをした花だよ」
エギエディルス皇子は、星の形というフレーズが気に入ったのか瞳がキラッとしていた。
星形に惹かれるなら、やっぱりシチューに入れるニンジンは花形ではなく星形にしようと、莉奈はこんな時にそんな事を考えていた。
「桔梗……桔梗か」
エギエディルス皇子は、どうしようか真剣に悩んでいる。
「色にこだわらないなら、" 薫風(くんぷう) "とかは?」
「薫風?」
「新緑の快い爽やかな風って意味かな?」
竜は風をきって飛ぶ訳だし、風って言葉が似合いそうだ。
「色にこだわりたいなら、国や人を護るって意味で盾を付けて"紫風の盾"って付けてもカッコいいかも」
実際には紫風なんて言葉はないけれど、名前だし造語でもいいでしょ。
だって、人の子供に付ける名前なんて造語や当て字の嵐だしね。
「紫風の盾か」
エギエディルス皇子は、とうとう唸り始めていた。
まるで自分の子供に付ける名前みたいに、エギエディルス皇子は真剣だ。
「まぁ、ゆっくり考えなよ」
と莉奈は、たった今揚げ上がったからあげを箸で摘み、エギエディルス皇子の口の前に差し出した。
もわっと香ばしい匂いが鼻を擽ぐれば、エギエディルス皇子の思考はすぐにからあげに移っていた。
「美味しいよ?」
莉奈はすでに揚げたてを頬張っていた。
からあげの揚げたてなんて、それだけで贅沢だよね。
1年振りくらいのニンニク醤油のからあげは、懐かしさと熱さが相まって涙が出そうだった。
醤油がこんなにも愛おしく感じる日が来るなんて、想像もしなかった。
懐かしくてホッとする反面、家族といた日が愛おしくて涙が溢れそうだった。