作品タイトル不明
390 王宮内がカレーに染まる
「え? 何だ。この匂い」
「香辛料っぽいけど……」
「嗅いだ事のない不思議な匂いだな」
「どこから匂うんだ?」
「厨房じゃない?」
「「「あ〜、じゃあリナだ」」」
カレー独特のスパイシーな香りは、徐々に広がっていた。
銀海宮で働く者達の鼻は、匂いの原因は何かフル活動している。そして、もれる事なく原因の先に莉奈がいると確信して、納得しているのだった。
これだけ匂えば、ゆっくりゆっくりと王宮中に広まる。
広まれば、当然、とある部屋にも匂いは漏れていった。
「ん? なんか匂わねぇ?」
執務室で、2人の兄と仲良く職務に励んでいたエギエディルス皇子は、部屋をキョロキョロし鼻をスンスンさせた。
銀海宮の最上階にあるフェリクス王の執務室にも、微かに嗅いだ事のないスパイシーな香りがしてきたのだ。
毒ガス的なモノではないと分かるが、なら何かと言われたら答えが出ない。
「そうですね〜」
シュゼル皇子は、紅茶を口にしながらほのほのとしていた。
人体に害がないのなら、慌てる必要はないからだ。
「なんだ、この匂いは」
書類を見る手を止め、眉を寄せたフェリクス王。
嫌いな匂いではないが、初めて嗅ぐ香り。一体、どこから匂うのだと考えた時、チラリと莉奈の顔が頭を過ぎった。
「どうせ、リナでしょう」
見てもいないのに、執事長イベールが無表情に言った。
この王宮で何かが起きれば、大抵その中心には莉奈がいる。だから、匂いの原因も彼女しかいないと、執事長イベールは断言していた。
「「だろうな」」
「でしょうね」
フェリクス王兄弟も、薄々そう思っていたのか即座に肯定した。
むしろ、今までこんな匂いがした事がなかったのだから、莉奈以外の人物を想像出来ない。
想定外な事=莉奈である。
「黒狼宮から 香辛料(スパイス) を貰って、カレーなるモノを作ってくれると言ってましたから、その匂いなのでしょう」
楽しみですねと、シュゼル皇子。
終わらせた書類を、トントンと端を揃え片付けていた。
「食い物だよな?」
初めて嗅ぐ香りに、エギエディルス皇子は思わず呟いた。
莉奈が作ってくれる料理は、どれも新鮮でワクワクして美味しい。
だが、今日の夕食は? こんな匂いを出す料理はどうなんだろうと、疑問が湧く。
「もちろん、そうですよ。確か、 香辛料(スパイス) の効いたスープだと言ってましたよ」
シュゼル皇子は小さく笑いながら、匂いから味を想像していた。
しかし、考えたところで全く答えは出なかった。
「 香辛料(スパイス) 。なら、白ワイン」
フェリクス王は匂いから、それに合うお酒を頭の中で選び始めている様だった。
執務室では知らずのうちに、王兄弟のお腹や頭は夕食モードになっていたのであった。
◇◇◇
「ヨシ、これで"カレーの素"の出来上がり!!」
莉奈は一旦、大鍋の火を止めた。
香辛料(スパイス) を入れた後は、そんなに炒めないからあっという間に出来上がった。
まぁ、出来上がりと言ったところで、やっとカレーの 素(ルゥ) が出来ただけで、カレーではないけど。
「出来たのか?」
「え? この茶色の何かがカレー?」
「何コレ」
出来上がりなんて言ったものだから、料理人達が完成だと思ってチラッと覗きに来ていた。
「カレーの素」
「「「カレーの素?」」」
「クリームシチューでいうところの、ホワイトソース的なモノ」
ここから、色々足してカレーが出来るんだけど、カレーの素なんて言っても分からないだろう。
だから、近いモノで説明をしたのだが、半々くらいしか理解していない様だった。
「と、いう事は……まだ未完成なんだな?」
「だね」
「ここまで時間を割いて、まだ未完。カレーも大変だな」
理解出来たマテウス副料理長が、苦笑いしていた。
玉ねぎのスライスから始まり、それを飴色にするまで小一時間。そこから、まだまだ工程があるらしい。
オニオンスープの時も大変だったが、これもまた大変だなと思った。
「う〜ん。何カレーにしよう?」
豊富にある種類から、莉奈は何カレーにしようか首を捻っていた。
甘口辛口に分けて作るのは面倒なので、そこは後がけのカイエンペッパーで各々補うとする。
エギエディルス皇子が海老が好きだから、海老は添えるとして……初めてのカレーだから、とっつき易い味にしたい。
でも、せっかくだから色んな味を作りたいなと悩んでいた。
「何か手伝う事は?」
莉奈が作る料理は、アレンジが加わったりと、種類があるのは常識となっていたので、リック料理長は手伝いが必要かと訊いた。
「カレーは"ナン"に付けても美味しいから、ナンを焼く? 後はご飯と食べても美味しいよ?」
バゲットでもイイけど、やっぱりナンかご飯でしょう。
莉奈は、このカレーを何に付けて食べるか説明した。
「ナンとご飯か」
リック料理長は頷くと、早速手の空いている人達にナン作りと、ご飯を炊く様に取り掛からせていた。
「はい、味見」
「「え?」」
リック料理長とマテウス副料理長の前に、莉奈は味見用に小皿を出した。
味と言ってもこのままだと濃いので、小鍋でカレーの素をコンソメスープで軽く薄めて、渡したのである。
「まだ出来上がりじゃないけど、基本を知っておけば、応用が出来るでしょ?」
残りは他の皆に渡す。
高級素材〈主に砂糖〉を一切使わないので、皆で少しだけ味見をしてもらう事にしたのだ。
「ん!! なんだコレは!?」
恐る恐るリック料理長が1番に口にすれば、次々と皆も口にし始めた。
「うわっ。鼻に抜ける香辛料の香りが凄いな」
「なんだろう? 食べた事のない不思議な味」
「初めて食べる味がする」
「「「でも、なんか美味しい」」」
厨房が、初めて食べるスパイシーなスープに騒ついていた。
目新しい味に驚愕しつつも、美味しいと笑顔が漏れる。概ね好感触だなと、莉奈はホッと一安心していた。
一応、苦手な人もいるだろうからと、代わりのスープ作りはお願いしておく。
「とりあえず、カレーの素は半々にして……まずはバターチキンカレーを作ろう」
莉奈は、大鍋に半分くらいを残し、後は寸胴鍋に移した。
口当たりの優しい、バターチキンカレーをメインにする事にしたのだ。
これなら、バターが香辛料のトゲをまろやかにするし甘みも出るから、エギエディルス皇子の口にも合うだろう。
少し牛乳多めで、まろやかに仕上げようと考える。
「バターチキンカレー……と、いう事は鶏肉だな」
味見を終えたリック料理長が、ロックバードの肉を用意し始めた。
鶏肉=ロックバードって、以前なら考えられなかった事だ。それが普通になるなんて、異世界って不思議。
「焼いてから入れるのか?」
ロックバードの肉を一口大に切ってきてくれたリック料理長が、訊いてきた。
大きくて平たいステンレスバットに、ロックバードの肉が山盛りに載っていると、ものスゴい迫力がある。
初めて見た時は、その量に圧巻だったけど、毎日見てれば慣れるから慣れって怖い。
「そのままでも構わないけど、オーブンとかで少し表面に焼き色を付けてから入れると、香ばしさが出て美味しい」
「ヨシ、なら焼こう」
莉奈が提案をすれば、リック料理長はオーブンで焼き色を付ける事にした様だった。