作品タイトル不明
357 竜と穴
【このわた】とは。
ナマコの内臓。
ナマコの腸を良く洗って砂を出して、塩漬けした珍味。
ちなみに、ナマコの生殖巣を塩漬けしたのが "くちこ" 。それを干したのが "干しくちこ" 。三角形に干すのが面白い。
くちこは別名"このこ" とも呼ばれていて、漢字で書くと"海鼠子"。ナマコの子だ。
諸説はあるけど、ウニ、カラスミに並んで日本三大珍味とされていたハズ。
ウニやこのわたは食べた事があるけど、カラスミはまだ食べた事がないなと、莉奈は思い出していた。
そういえば、ナマコって "赤ナマコ"と"青ナマコ"があるけど、家ではどっちが食卓に載っていたのだろう?
莉奈は、皆のえずく声を聞きながら、もの思いにふけっていたのだった。
珍味好きの魔法省のタール長官なら、絶対に飛び付く代物じゃないのかな? 作りたくはないけど。
◇◇◇
「そういえば、エド。私に用があったんじゃないの?」
用なんかなくても全然嬉しいのだけど、エギエディルス皇子はただ遊びになんて来ないからね。多分、用事があったに違いない。
「あっ、忘れてた」
エドくん。キミはいつもそうやって忘れるよね?
「お前の竜が、穴掘ってるからどうにかしろって苦情がきてる」
「え? 穴?」
さっきの今で、碧ちゃんは何をしているのかな?
莉奈は、眉根を寄せた。
美容液と騒いだ次は、穴ですか。あの子は一体何をしたいんだろう。
「何、穴って」
「穴は穴だよ」
「苦情ってドコから?」
「白竜宮」
「え? どこで穴を掘ってるの?」
「竜の広場のとこ」
竜が寛ぐ広場の真ん前が、軍の演習場になっているから、ものスゴく気になるそうだ。
「なんで、穴なんか掘ってるの?」
「俺が知る訳ねぇだろ」
穴を掘る理由を訊いたら、知らないと返ってきた。
エギエディルス皇子は、食後に自分の竜と広場に向かっていたら、たまたま白竜宮から来た近衛師団兵に事情を聞いたらしい。
エギエディルス皇子から、そう聞いた莉奈は訝しげながらも【白竜宮】に行く事にした。
苦情が来ているなら仕方がない。
しかし、何故あの子は穴を掘っているんだろう? 莉奈には見当がつかなかった。
◇◇◇
ーーザッザッザッ。
うっわ、マジで犬みたいに穴を掘ってるよ。
竜の広場で、何やら一心不乱に穴を掘っている "碧空の君"と "真珠姫" がいた。
そう、同じく穴を掘る真珠姫の姿もあったのだ。
しかも、アチラコチラに穴があるから、2頭で掘ったに違いない。
何を目的としているか皆無だが、何かが気に入らなくてそこら中を掘っているのだろう。
「水玉模様がなんか、モグラ叩きみたい」
穴の深さは浅かったり、深かったりまちまちみたいだけど、右にも左にもある。ざっと10個くらいある。
大きなハンマーでもあったら、ここはモグラならぬ巨大な竜叩きみたいだなと、莉奈は空笑いしていた。
色々な意味で、今は叩きたいけど。
「お前、何を暢気に言ってんだよ」
穴だらけなんだぞ?
エギエディルス皇子は莉奈の、のんびりとした対応に呆れていた。
「なんか、一心不乱だよね?」
「……だよな」
エギエディルス皇子も、竜2頭のやる事に唖然となっていた。
訳が分からな過ぎるよね?
「あ、エドの竜がいる。可愛いよね?」
穴のない演習場側の端で、口をアングリと開けている薄紫の仔竜がいた。仔竜は基本的に、この城には来ないから、間違いなくエギエディルス皇子の竜だ。
真珠姫と碧空の君が、一生懸命に掘る姿を見て、唖然としているのだろう。
口を開けていて、ものスゴく可愛い。
「名前、付けてあげたの?」
呼び名と言わないと竜に怒られそうだけど。
最近の竜達は、呼び名を付けられても怒らないと言う話だ。
まぁ、ゲオルグ師団長みたいに "からあげ" なんて付けるのは、論外だけどね。
「いや、考え中」
「カッコいい名前がイイよね」
「だろ!? だから、本とか文献とか色々読んで考えてんだよ」
両手に拳を握って、嬉しそうに言うエギエディルス皇子もマジ可愛い。
小さくとも念願の番だ。一生懸命に呼び名を考えてあげているに違いない。
「エドの竜さ〜ん」
呼び名がないから、とりあえずそう呼びながら近付く莉奈。
一応挨拶くらいは交わしておきたいなと、思ったのだ。
パタパタと小走りに歩み寄れば、莉奈に気付いた仔竜はビクッと身体を震わせた。
「こんにちは〜!」
手を振りさらに走り寄る莉奈。
仔竜といっても、竜だ。カッコ可愛い。
莉奈の口が、思わず緩む。
「ぎょわ? ぎゅわ!?」
莉奈が近付くにつれて、何故か半歩、また半歩と後退する仔竜。
「え? なんで逃げるの? アレ?」
なんか態度がオカシイな。表情は良く分からないけど、怯えてる?
「ぎゅわわわっ!」
ボテボテしながらも、莉奈との距離を離そうと仔竜は後退って行く。
「え? なんで? ちょっと?」
「ンギャッ」
バタバタ走って寄ったのが良くなかったのかなと、莉奈は足をゆっくりな速度に変えて近付いた。
だが、それでも怖いのか、仔竜はぐるりと反転した。慌てて方向転換した仔竜は、足をもつれさせながら、バタバタと逃げるように空に向かって地を蹴ってしまった。
「えぇーーっ!?」
莉奈、衝撃である。
何もしていないのに、エギエディルス皇子の番に逃げられたのだ。しかも、何故か怯えられて。
「ぎゅっわぁーーっ!」
断末魔じゃないけど、何事か一言放ち去って行った。
慌て過ぎてバランスが悪いのか、ユラユラしながらも飛んで、近くにある白竜宮の天辺に、トンと降りていた。
遠くにまでは逃げないらしい。様子見と言う事か。
莉奈は、逃げられたショックで半ば放心状態である。
碧空の君にも、初見で逃げられたし、一体私が何をしたのだ。
「お前、異名があり過ぎて、怖いんだとよ」
エギエディルス皇子が苦笑いしながら、莉奈の肩をポンと叩いた。
竜喰らい、 竜殺(ドラゴンキラー) し、莉奈の異名は竜の天敵以外の何者でもない。
「エドのお兄ちゃんのせいだ」
莉奈は項垂れた。
フェリクス王が「喰われるぞ?」なんて言わなければ……。
「白いのを蹴り飛ばすからじゃねぇの?」
エギエディルス皇子が笑っていた。
兄王のせいもないとは言えないが、真珠姫をボコボコにするから、こんな異名というか称号が付くのだ。
どちらにせよ、すべてのきっかけは莉奈にアリである。
「誤解を解いてよ」
「アイツの誤解より、今はアレをどうにかしろよ」
エギエディルス皇子は、竜の広場を指で差した。
ガッカリした表情で広場を見てみれば、穴がさらに広がっていた。まだまだ、掘り足りない様だ。
「リナ、悪いけど。アレ、早く止めてくんない?」
苦笑いしながら、そう言って来たのは、近衛師団長補佐のマック=ローレンだった。
ゲオルグ師団長やアメリア達は、例の難民救助に行っているらしい。
「アレ、なんで掘ってるの?」
「知らねぇ」
咎めるゲオルグ師団長がいないから、口調は素のようだ。
相変わらず、真面目そうな顔と口調が一致しない人である。
「碧ちゃーーん!! なんで穴掘ってるのーーっ!?」
逃げられた仔竜は一旦諦めようと、莉奈は頭を切り替えて柵越しに、大きな声で問いてみた。
ーーザッザッザッ。
だが、碧空の君から、返答はなかった。