作品タイトル不明
299 そして、真珠姫はいなくなった?
「うっわ」
莉奈の傍から強張った声が聞こえた。
いつの間にか、エギエディルス皇子が隣にいた。だが、兄王のただならぬ雰囲気に圧倒されている。
「真珠姫はどこに行ったのかな?」
「しらねぇ」
エギエディルス皇子もなんだか、頬が引き攣っている。
まぁ本気で処分するつもりなら、あの刀でバッサリやっていたハズ。
"頭を冷やせ" だから、処分はしていないのだろう。どこかに連れて? 送った? のだと勝手に想像する。
あれも【門の紋章】の魔法なのだろうか? だとしたら怖いなと思う莉奈だった。
「シュゼル」
「はい?」
「後始末したら執務室に来い」
「え? えぇ?」
フェリクス王は弟を視界にも入れず、刀を 魔法鞄(マジックバッグ) に収めて静かに言った。
言われた弟シュゼル皇子は、辺りを見回し自分がやった訳ではないのに、何故だと首を捻りまくる。
そんな、すっとぼけた弟をおいてフェリクス王は、指を鳴らしどこかへ消えたのであった。
魔王様がいなくなると、食堂や厨房には静かな時間が戻り始めた。ピンと張り詰めた空気も穏やかなモノに変わりつつあった。
「なぁ。良く分かんねぇんだけど、白いのは何で暴れてたんだよ?」
ホッと一息吐くとエギエディルス皇子は、誰にでもなく疑問を投げ掛けた。
振動や咆哮、何かが壊れる音を聞き駆けつけたものの、何故こうなっていたのかが分からない。
「なんか、自室が気に入らないって言ってたよ」
頼まれた覚えはないから、莉奈は自分が改装しなかったせいとは言わない。
「あ〜」
その理由を聞いた途端、エギエディルス皇子が盛大にため息を吐いた。
そんな理由で暴れたとは思わなかったらしい。
「ん〜っ? まぁ、とりあえずリナ。アイスクリームを下さい」
シュゼル皇子はパンと軽く手を叩くと、近くのテーブル席に座りほのほのとしていた。
窓ガラスや壁がボロボロにも関わらず、なんなら自分の番が消えたのに……だ。
シュゼル皇子は実にマイペースに莉奈に要求したのだった。
「「……」」
莉奈とエギエディルス皇子は、顔を見合わせて肩をガックリと落とした。
自分の番がやらかした事なのに他人事。なんなら、兄王に片付けろと言われたのに、まさかのスルーだ。
もう、返す言葉も思い付かなかった。
まぁ、そんな事をしていると王から鉄拳を喰らうのは、時間の問題だと思うけど。
こうなったシュゼル皇子は、テコでも帰ってくれないと悟った莉奈は、諦めて厨房に向かう事にした。
「リナ、何を作るんだ?」
「デザートか?」
「カクテルか?」
割れたガラスを避けながら厨房に来た莉奈が、何かを作り始めれば、頭を抱えて隠れていた料理人も、泡を噴いていた料理人達も、少しずつ活気を取り戻していた。
莉奈はシュゼル皇子に言われたアイスクリームを用意すると思っていたのだが、何やら違う様子に見えた。
フルーツやらお酒を用意しているので、デザートかカクテルか気になっていた。
「んー。ベリーソースを作ってる」
だって、朝から何も食べてなさそうなのに、素直にアイスクリームを出したら、それしか食べなさそうだ。
だから、さっきの魔物ブラッドバッファローのステーキでも用意しようかと思っている。
どうせ、フェリクス王と魔物の話をするのだろうし、味は知っていた方がイイかなと。
でも、超甘党のシュゼル皇子のために、ちょっと変わったソースを考えてみた。
「クレープ用の?」
「ステーキ用」
リック料理長が興味津々とばかりに、莉奈の横に見学に来た。
ベリーソースと聞いて、お菓子類だと想像したみたいだ。
「「「ステーキ!!」」」
その言葉に皆が強く反応し、ザワザワと俄かに騒ぎ始めた。気絶していた人も元気そうでなによりだ。
「ククベリーを使うのか?」
「そうだね。お肉には合うと思う」
材料を用意し始めた莉奈を見て、今度はマテウス副料理長が覗きに来た。
「色んなソースがあるけど、シュゼル殿下も待っているから簡単なソースにするよ。まずは、赤ワインを小鍋に入れて、半分くらいになるまで煮詰める」
そう言って莉奈は、小鍋に赤ワインをカップ2杯程注ぎ、中火で煮詰め始めた。
しばらくすると、量が半分くらいになってきた。
「そこに、ククベリーとラズベリー、ブルーベリーを適量入れて塩胡椒」
家だったら、冷凍食品のミックスベリーを入れて作れば簡単だし、甘めが好きなら好きなベリー系ジャムを使えば美味しく出来る。
「ブラックベリーは入れないのかい?」
「今回は甘くなり過ぎるから入れないけど、好みで分かれるところだね。入れてもイイと思うよ?」
リック料理長が頷きながら訊いてきたので、莉奈は頷いた。
ブラックベリーは以前、シュゼル皇子が採取してきた苺の一種。あれはアレで美味しいけど、肉のソースには酸味が足りない気がする。
まっ、個人的な意見だけど。
「さらにバターをスプーン2杯分くらい加えて、分離しない様に、良くかき混ぜながら軽く煮詰めて出来上がり」
この作業 "モンテ" とか言われているんだけど、本来なら泡立て器で攪拌させながらやるらしい。
そうしないと、バターが分離しやすいんだそうだ。
だけど、泡立て器を出してイチイチやるのが面倒だから、強火で手早くやればイイんじゃない? と思ってやったら案外上手くいった。
だから、家ではこの方法でやってる。
「白い平らなお皿の上側に、クレソンや茹でたニンジンをのせて、下側には食べやすく切ったステーキ。そして、ステーキの下の余白に今作ったソースをスプーンで雫の形に添えれば……"ブラッドバッファローのベリーソース夏風を添えて" の出来上がり」
魔法鞄(マジックバッグ) に余分に焼いておいたブラッドバッファローがあったから、ベリーソースだけ作り盛り付けたら出来上がり。
莉奈が完成した物を見せれば、皆から感嘆が漏れた。
白い平らな皿に色取り取りの食材。そして、ベリーソースがオシャレさを増していたのだ。
「うっわ。超ウマそう……って、夏風を添えてって何だよ?」
「それな!」
「いやいや、ツッコむとこ違うし! ブラッドバッファローって言ってなかった!?」
「だよね? だよね!? 聞き間違いじゃないよね!?」
「ブラッド……って」
「「「それ、魔物の肉なのかよ!?」」」
莉奈がついでにアイスクリームも用意して、シュゼル皇子の元へ行けば、厨房ではざわめきが起きていたのであった。