作品タイトル不明
223 莉奈。足が滑る
「エド。出来たよ~」
飲み物も作って、エギエディルス皇子の待っている食堂に来てみれば、甘い匂いに誘われた人達が群がってきた。
基本的に朝、昼、夜、の3交代制だから、休憩時間は皆はまちまち。日によっては早朝や深夜組も加わり、5交代制になっており食堂には必ず誰かがいる状態だ。
だから、莉奈が厨房にいると、誰かが見かけてアッという間に「来てるぞ~」と噂が広まる。
新作料理が出る可能性が高いので、皆が引き寄せられる様に自然と、厨房に足が向く。
……で、この堪らなく甘い匂いがすれば、皆はもうメロメロである。蜜に集まる蝶……ではなく、砂糖に群がるアリの様に、集まっていた。
「すげぇ。邪魔」
エギエディルス皇子が、ウンザリした様に言った。
一応、配慮はしてはいるものの、エギエディルス皇子を囲む様に輪になっている。厨房から莉奈が出てくれば、アイドルの出待ちの様に目が煌々としていた。
そして、莉奈が通る道が一斉に捌け、さながらモーゼの様であった。
「……なんだコレ」
莉奈はドン引きである。私は神か!!
「リナ。何を作ったんだ!?」
「甘いイイ匂いが、すげぇするんだけど!!」
「お菓子か?」
「「「お菓子なんだな!?」」」
もはや収拾がつかない。エギエディルス皇子までの道のりが、近くて遠い。
「何個か余分に作ってあるから、皆で―――」
「「「よっしゃーっ!!」」」
分けなよ。という前に、警備兵の皆は厨房の出入り口や窓、配膳用のカウンターに押し掛けていた。
襲撃ともいう。エギエディルス皇子もドン引きである。
「エド。食材の供給量をどうにかしないと、そのうち暴動が起きるんじゃない?」
「……だろうな。フェル兄達も、増やす事を考えてる」
圧倒的に足りない。早い者勝ちなんかにしたら、血を見るだろう。フェリクス王達も危機感を感じ、出来る限り供給する量を増やす予定らしい。
「この国は……いつかリナによって、滅ぼされるのではないでしょうか?」
莉奈はビクリとした。
いつの間にか、執事長イベールが背後に立っていたのだ。
どいつもこいつも、音もなく現れないでくれませんかね?
心臓がバクバクして、痛いんですけど?
「ないとは言えない」
エギエディルス皇子が、厨房の様子を見ながら呆れ笑いしていた。
あれは異様だ。まさか、食べ物でモメる日が来るとは、想像もしなかった。
莉奈が本気になれば、食べ物を使って戦争すら起こせそうである。
「……ないよ!!」
一瞬、2人が何を言っているのか理解出来なかったが、食べ物で国が滅ぶ訳がない。何を言っているのだ。
「リナ~。スゴい甘い匂いがするんだけど!! 何を作ったの!?」
甘い匂いに誘われたのか、侍女達を何人か引き連れてモニカがやって来た。後ろには、ラナ女官長もいる。
「あ~」
面倒な事この上ない。人数が増えれば、それだけモメる。
「「リナ!!」」
モニカだけでも面倒なのに、侍女達もいる。追求されたら何も言えない。
「私達にも、クッキーちょうだい」
莉奈にクッキーの事を聞いたモニカが、侍女達を引き連れて争奪戦に参戦した。わらわらと群がる厨房に突撃である。
「あぁ゛?」
態度の悪い警備兵が、ゾロゾロと来たモニカ達を一斉に睨み付ける様に見た。何しに来たのだといわんばかりである。
「何よ? 文句でもあるの?」
気の強い侍女は、ビクともしない。なんなら逆に睨み返していた。
「……」
エギエディルス皇子にクッキーを差し出そうと、 魔法鞄(マジックバッグ) に手を掛けていた莉奈は、そんな様子の皆に固まった。
―――こっわ。
――不良かチンピラの抗争みたいだ。
「私達も貰う権利はあるでしょ?」
侍女の1人がそう言えば
「たかが侍女の分際で偉っそうに」
警備兵が、小バカにしたように鼻を鳴らした。
侍女より警備兵の方が、偉いとでも言いたいらしい。
何故、煽る様な事をするのかね?
いらんケンカを仕掛けて得でもあるのかな?
莉奈は呆れていた。どの世界も、はた迷惑な人はいるものである。
「はぁ? 前から思ってたけど。侍女だからって下に見すぎじゃない?」
「いやいや。実際、下なんだから仕方ないだろ?」
さらに警備兵が、小バカにする様に嘲笑った。
「警備兵の何処が上なのよ!!」
「少なくとも、てめぇよか上だよ!」
「はぁ~~っ!?」
「なんだよ!? やるのか?」
抗争……いやケンカが始まりそうだった。
それもそうだろう。侍女という仕事を馬鹿にされた様なものなのだ。噛みつかんばかりの勢いだ。
くだらな過ぎる。どっちが上か下かなんて、低レベル過ぎるケンカである。
ハブVSマングース
そんな抗争を、砂かぶり席で見たくはない。執事長のイベールをチラリと見てみたら、エギエディルス皇子を庇う様な位置に移動していた。
止める気はないらしい。とばっちりが来ても皇子だけは護る……って事なのか。
ん? 私は巻き込まれてもイイ……と?
……まぁ。イイけど。
「女のクセに偉そうにしてんじゃねぇよ」
「そんなんだから。クズはモテないのよ!!」
「なんだと!?」
もはや、収拾がつかなくなってきた。このままでは、誰かしらから手が出るのも、時間の問題だろう。
料理人達は、避難し始めている。エギエディルス皇子は、呆れ果てていた。
「はいはい。いい加減にしなよ」
仕方がないとばかりに、莉奈はパンパンと手を叩きながら間に入っていった。不本意だけど、原因は自分にあるのだろう。
「あぁ゛? 邪魔すんなよ。リナ」
「そうよ、リナ。これは私達の問題だわ!」
部外者は入ってくるな……とばかりに侍女と警備兵が睨みつけてきた。おまけに来るなと、肩を手でトンと押された。邪魔をするなという事か。どうやら、もう止める気はない様である。
「よっ!」
―――バキッ!!
軽い掛け声が聞こえた瞬間、近くにあったテーブルが激しい音を立てて真っ二つに割れた。
「「「……え??」」」
皆がテーブルを凝視して、固まった。
一体何が起きたのかがまったく理解出来ず、思考が停止したのだ。
何故、テーブルが割れたのだ?
一斉にテーブルを見れば
「あっ。ごめ~ん? 足が滑っちゃった」
頭を掻きながら、テヘヘッと笑う莉奈がいた。
「「「……は??」」」
皆は真っ二つに割れたテーブルと、莉奈を交互に見た。
足が滑った?
どうして足が滑るとテーブルが割れるんだ?
なんだったら、今、掛け声が聞こえなかったか?
まったく理解が出来ない。だが、テーブルが真っ二つに割れているのも事実。皆は、恥ずかしそうに笑う莉奈を二度見した。
「リナ。そのテーブルは安くはありませんよ?」
皆が、何が起きたか首を捻っていると、執事長イベールが冷ややかに言った。
「すみませ~ん。何故か足が滑っちゃって~」
テヘヘッと改めて笑った。もちろん足が滑った訳ではない。
皆を黙らせるために、蹴り割ったのだ。踵落としで。
「「「…………」」」
皆、唖然呆然である。
足が滑ってテーブルが、真っ二つに割れる状況が想像出来ない。
だが、 執事長(イベール) が言っている話を聞くと、莉奈が割った様である。
「「「……え?」」」
微笑む莉奈を見て、皆は改めて驚愕し固まった。
気のせいではなく、莉奈が割ったのか?
え? 莉奈が!?
「もぉ。仲良くしないと、頭カチ割っちゃうぞ?」
莉奈は可愛いらしく首を傾げて、フフッと笑った。
……え?
……頭を……頭をかち割るーーっ!?
「「「……は……はい」」」
その言葉にゾッとした皆は、静かに大人しく返事をした。
真っ二つのテーブルと莉奈を見て、明日は我が身だと悟ったのだ。
―――莉奈を、怒らせてはいけない。