作品タイトル不明
218 突然の訪問者
王宮に戻る途中に、エギエディルス皇子は面白そうに笑っていた。
「お前……いつ "総料理長" になったんだ?」
「しらないよ!!」
先程、どさくさ紛れにマテウス副料理長がそんな事を言っていた気はするが、まったく身に覚えがない。
「お前……炊事長官やら総料理長やら、しらない間に偉い身分になってんのな」
「どっちもご飯絡みですけど?」
両方とも料理を作る、という点でしか特化していない。何その身分。
「イヤなら、なんか他の身分でもやろうか?」
「……は?」
エギエディルス皇子は、サラッとスゴい事を言った。
皇子であり王弟という立場があるのだから、身分を下賜するくらいどうって事はないのだろうが……何その職権濫用。
「俺達と関わってく以上、それなりの身分があった方が便利だろ?」
「そんなモノいらないよ。エド。しっしっ」
莉奈はエギエディルス皇子を手で払った。
王族と絡むから身分が必要になる。なら、関わらないに越したことはない。面倒にしか見えない。
「……」
エギエディルス皇子は、莉奈のその言動に呆気である。
身分をやると言って、自分を手で払い退ける人間がこの国にいるか? 身分なんて喉から手が出るくらい欲しがるモノだろ?
莉奈の行動は、エギエディルス皇子の予想の斜め上どころか、次元が違った。怒る気にもなれない。
「お前……マジで俺への対応どうかしてるし? 絶っ対に面白い身分にしてやるからな」
エギエディルス皇子は逆に燃えた。
王族に媚びへつらう輩なら五万といるが、全力で払いのける輩はいない。ここまで徹底されると、逆に裏がなくて気持ちがイイ。
「面白い身分って何かな!?」
「面白い身分は面白い身分だよ」
嫌がる莉奈は面白い。エギエディルス皇子は莉奈をアッと言わせてやろうと、妙な闘志に燃えていた。
「ふ~ん。エドのお嫁さんとかかな~?」
面白い身分なんか碌な身分でしかない。
莉奈は、ならば仕返しとばかりにニヤニヤと笑って、エギエディルス皇子の肩をツンツンする。
「おっ……お前なんか、嫁に貰うか―――っ!!」
その瞬間エギエディルス皇子は、顔を真っ赤にさせて叫んだ。
自分の嫁のポジションが面白いと、言われたも同然なのに、そっちは頭に入ってこなかったらしい。
……アハハ。可愛い過ぎる。
莉奈は、そんなエギエディルス皇子を可愛いなと、優しく見ていたのであった。
◇◇◇
『お姉ちゃん。エビフライ美味しいね』
エビフライを久々に作ったせいか、その夜――――――――弟の夢を見た。
オムライス、エビフライ、からあげ、どれも弟が好きな食べ物だ。エギエディルス皇子と、楽しく仲良く食べてる不思議な夢だった。
―――あの時、魔法が使えれば……。
あり得ない話だが、魔法が使える世界にいるからこそ、強くそう思う。
あの時、魔法が使えたのなら……皆を救えたかもしれない。
考えたって無駄でしかないのは分かっている。だが、考えない日はなかった。
何故自分だけが助かったのだろう。何か出来たハズだと、後悔しかなかった。せめて自分も一緒に逝ければ良かったのに……と。
「……はぁ」
莉奈はテラスから夜空を見上げ、深い深いため息を漏らした。
夜空を見上げると、2つの月がぽっかりと浮いている。
大きな月に小さな月が、寄り添う様に浮かんでいるのだ。初めて見た時は怖かった。だけど、異世界にいるという非現実性が、逆に莉奈の精神を保たせていた。
あの現実から逃げたかった。そして、逃げられた現実なのだから。
心が非現実と現実の狭間をウロウロしていると、呆れた様な面白そうな声が1つ聞こえた。
「色気のねぇ寝間着だな」
「……へ?」
テラスの端から、男の声が聞こえ莉奈は目を丸くさせた。
碧月宮の自分の寝室は、5階にある。だから、テラスも5階である。なのに、そのテラスの端から誰かの声が聞こえるなんて、普通ではあり得ない。
「お子様は寝る時間だろ?」
「……っ!?」
テラスの端には、ニヤニヤと笑っている男の人がいた。
そう、男である。この世で1番闇夜が似合う、あの御方。
―――バシン。
莉奈は咄嗟に履いていた内履きを投げたのだが、余裕で躱しその手に取られた。
「叫ぶより先に、靴を投げるとか……面白過ぎるだろ。お前」
くつくつと実に楽しそうに男は笑った。
「乙女の部屋に、無断で入るとか……あり得ない!!」
莉奈は、突然の訪問者に頬を紅く染め始めていた。
寝ていた訳ではないから対応が出来たけど、眠っていたらどうしていたのだろうか? 考えたくもない。
「くくっ。乙女……? どこに乙女がいるんだよ?」
「……は? 目の前にいるでしょうが!!」
「乙女は靴なんか投げねぇ」
そう言って、訪問者は莉奈に近付くと靴を足元に放った。
「もぉ。うるさいな。こんな時間に何しに来たんですか!?」
恥ずかしい気持ちを抑えつつ、莉奈はギリギリまでテラスの端に逃げた。夜に無防備だった莉奈は、なんだか胸がそわそわしていた。
「さぁ?」
「近寄るな変態」
面白そうに笑いながら、男は近付いて来た。テラスに逃げ道などある訳なく、莉奈は端に追い詰められてしまった。
「……この俺にそんな口を叩くのは、お前くらいなものだぞ?」
そういうと、男は自分の羽織っていた薄手の 法衣(ローブ) を莉奈の肩に掛けた。
「何しに来たんですか!! 陛下!!」
そう。こんな深夜にテラスに現れたのはフェリクス王だった。
しかも、普通はあり得ない5階のテラスにだ。
何故来たのかは分からないが、こんな時間、こんな格好、そしてこんな近くで、スゴく恥ずかしくて仕方がなかった。
「まぁ。少し、付き合え」
フェリクス王は、そういうとクシャリと莉奈の頭を撫でた。
「……」
莉奈は、理由も分からず眉をひそめる。今でなければいけないのだろうか?
そんな心情を察したフェリクス王は、再び莉奈の頭を優しくクシャリと撫でた。そして、 法衣(ローブ) で莉奈を包みこみ、ヒョイと軽々左腕に抱き上げてしまった。
「……っ!? へ……陛下?」
突然抱き上げられた莉奈は、あまりの恥ずかしさに身体をバタバタさせていた。フェリクス王との距離が近すぎて、どうしてイイのか分からない。
「暴れんなよ」
ネコの様に逃げようとする莉奈に、苦笑いしつつ
「1人で泣くより、イイだろう?」
フェリクス王は、あいている右手を莉奈の頬に滑らせた。まるで涙を掬いとるかの様に……。
「……っ」
自分でも気付かなかったが、弟や家族を思い出して頬を涙が伝っていた様だった。
莉奈は、その仕草とフェリクス王の優しい微笑みに見惚れ、憎まれ口を叩く余裕はなかった。この距離で、そんな優しい声が、仕草が、莉奈の心を温かくしていた。
莉奈が大人しくなったのを小さく笑い、フェリクス王はその頬から手を離した。そして、テラスの手すりに足を掛けると、ふわりと飛躍したのである。
独特の浮遊感が身体に纏う。ゾワリと落ちる感覚とは全然違う。感じた事のない不思議な感覚であった。
そんな不思議な感覚に呆けていると、あっという間に屋上に着いていた。テラスから跳び移った様だった。
「うっわ」
莉奈は思わず声を上げた。
怖かった訳ではない。その俊敏さと自分を抱えての力強さに驚いていたのだ。
軽くもない人を片腕に抱え、5階のテラスから屋上に跳ぶなんて、普通ではあり得ない。フェリクス王だから、出来るのかもしれない。
「早朝は、軍部からの景色が1番だが……星なら何処も良く見える」
テラスで見るよりいいだろう? とフェリクス王は言って、天を仰いだ。
そう言われ恥ずかしさを抑えて、見上げると……自分の世界より、断然灯りが少ないこの世界では、星がキラキラと瞬いて見えた。
山の上にある王城だ。そこから天を仰げば、遮るものなど何もなく、満天の星々が広がっていた。手を伸ばせば届きそうで、夜空からは星が零れ落ちてきそうだった。
「……キレイですね」
「黒いのに乗って夜空を舞うのが、1番キレイだがな」
天に1番近く、そして完全に遮るモノのない竜からの景色は、実に壮大だと教えてくれた。
天には星空。地には街灯りが。光りに包まれ空を飛ぶのは、竜を持つ者だけの特権だと。
「リナ。あまり1人で抱えるな」
フェリクス王は、遠くを見ながら優しい声で呟いた。
異世界に来た辛さや、悲しみ。莉奈の抱えているモノを、察してくれている様だった。
フェリクス王は、何故あそこにいたのだろうか?
どうしていたのかは分からない。
だけど、無性に心が寂しかった時に、この御方が現れた。誰か、側にいて欲しい時に来てくれた。……それが素直に嬉しい。
莉奈は、気付けばフェリクス王の優しさに甘えていた。悲しさを包み込んでくれる、そんな柔らかい温かさが心地良かった。
「……陛下」
莉奈はこてんと、フェリクス王の肩に頭を寄せた。
「なんだ?」
フェリクス王の優しい声が、耳にこそばゆい。
―――だけど、それが心地良かった。
だからなのか、莉奈の瞳からは自然と涙が流れ落ちた。
「……生き方が分からない」
気付けば莉奈の口からは、ポソリと言葉が漏れていた。
それは、莉奈がずっと胸に秘めていた、正直な気持ちだった。
家族を失い。後を追う勇気もないまま……ただ、がむしゃらに生きてきた。
これが、1人生き残った罰なのだと……。
だけど……もう、生き方が分からなくなっていた。