作品タイトル不明
216 ポコチョッチ、フィッシュフライを食す
「え?……馬にも酔ったの?」
帰る前に魔法省の厨房に来てみたら、マテウス副料理長がいた。コッチにロックバードの肉を届けるのと、チキンカツを教えに来たらしい。
莉奈が 魔法省(コッチ) に来るとはいえ、教えるのは料理人達の仕事である。復習も兼ねてマテウス副料理長と軍部のサイルが来た様だった。
白竜宮は王宮を挟んで真逆、正反対の位置にある黒狼宮。徒歩なら1時間くらい。馬を使っても30分近くは掛かる。
だから、軍部の人が 瞬間移動(テレポート) の魔法で連れて来てくれると言ってくれたらしいけど、酔うから馬でとお願いしたみたいだ。なのに、馬でも酔ったらしい。マテウス副料理長は災難である。
「馬にも酔うことなんてあるんだ。竜でも酔うのかな?」
莉奈はふと疑問に感じた。確かに乗り物酔いがあるのだから、馬でも酔うのだろう。馬に乗った事がないから、考えた事もなかった。なら、竜はどうなのだろうか?
「安心しろ。お前が酔うことは、絶対にねぇから」
「え? どういう事かな?」
瞬間移動(テレポート) でも酔わない莉奈が、今さら竜で酔うとは思えない。エギエディルス皇子が、莉奈の疑問に即答した。
だが、どこかトゲがある気がする。図太いみたいに聞こえた。だから、軽く睨んでおいた。
「酔うわけがない」
「失礼じゃない? ポコチョッチ殿下」
「ぷっ……お前、マジで牢に入れてやる」
エギエディルス皇子は思わず吹き出した。適当にも程がある。
マテウス副料理長やサイルは、相変わらずの仲良しコンビに苦笑いしていた……が、初めて見た黒狼宮の料理人達は呆気に取られるのであった。
初めて見ると、大概そうなる。
◇◇◇
「しかし。この厨房はハーブ系が多いね」
莉奈は早速、冷蔵庫や棚等を見ていた。作るつもりはサラサラないけど、宮それぞれ特色があって楽しい。
「魚や野菜を好んで食べる方が多いんですよ」
女性の料理人が教えてくれた。お酒もワインが多いとか。
「ふ~ん。なら、チキンカツだけじゃなくて、フィッシュフライも作って、どっちか食べたい方を選ばせるのもイイかもね?」
なんか知らない魚があったけど、白身魚なのは分かった。これをフライにすれば最高だ。タルタルソースをたっぷりかければ、チキンカツ共々絶品である。
「フィッシュフライ」
復活したマテウス副料理長が、隣にいた。
「小骨を取る下処理は面倒だけど、チキンカツ同様にパン粉をつけて揚げると、鶏とは違った味わいがあるよ」
フィッシュフライのサンドウィッチも美味しい。
「まっ。試しに何個か作ってみよっか」
皆のキラキラとした目に堪えられず、莉奈は結局こう言ってしまったのである。
基本チキンカツと作り方は同じだから、マテウス副料理長とサイルは手際よく材料を用意してくれた。
パン粉はチキンカツよりも、少し細かくしてもらったけど。
「チキンカツと同じ様に衣をつけてもイイけど、せっかくだからフィッシュフライは違う衣にするよ」
応用も知っておくと面白いだろうと、莉奈は提案した。
「違う衣って?」
「チキンカツの場合は、小麦粉、卵、パン粉の順番だったけど。卵は浸けないで小麦粉をアレンジする」
「「ん? どういう事?」」
マテウス副料理長とサイルは、首を傾げた。チキンカツの作り方も初めてだったのに、また新しい衣があるのかと感心しながら聞いていた。
「まず、ボウルに小麦粉と片栗粉を入れて塩を少々……で重曹を入れてとりあえず混ぜる」
「「「え!? 重曹!?」」」
莉奈が 魔法鞄(マジックバッグ) から当然の様に取り出して入れたので、皆は驚愕していた。
重曹は口にする物ではないのだ。
「は? 石鹸の材料だろ!?」
「掃除する粉だろう!?」
理解が出来ないのか、皆は信じられないと混乱していた。
「まぁ。掃除にも使うけど、料理に使える物もある。入れると膨らんだりするから、お菓子にも使えて便利」
「「「はぁ~~っ」」」
皆は感心やら驚愕やら、目を丸くさせていた。
これは、掃除をしていたラナ女官長に貰った "重曹" 。別名ベーキングソーダともいう。天然石から作れたりするらしい。
【鑑定】したら "食用" と表記されてたから貰った。
食用と出なければ使わなかったけどね。だって、天然のは、アルミニウムが入っていたりする物もあるって、聞いた事がある。なら、たぶん身体に良くないだろうし。
あっちの世界で市販されている重曹みたいに、アルミニウムフリーがあればイイんだけど……ムリだよね。
この世界は当然、人工的に作った重曹ではないから、入ってる可能性が充分ある。だから、念入りに調べたよ。
皆には【鑑定】したヤツだけ使ってと、注意するのも忘れない。
ちなみに "重曹" にコーンスターチとかを加えて、口にしやすくしたのが "ベーキングパウダー"。コーンスターチがあったから、ベーキングパウダーも作れるに違いない。
和菓子には重曹。洋菓子にはベーキングパウダー。重曹を入れると横に膨らみ易く、ベーキングパウダーを使うと縦に膨らむって化学の先生か誰かが言っていたな……と思い出す。
大豆があるのだから小豆もどこかにあると思う。おはぎとか苺大福、和菓子も食べたいな。
「で、軽く混ぜたら。エールを入れる」
「「「エール!? エールも入れるのか!?」」」
「チキンカツの衣とは違って、エールを入れるとサクッふわっとなって美味しい」
「「「はぁ~~~っ」」」
皆は、何度目か分からない驚きの声を上げていた。パンを細かくして衣にするのにも驚きだが、エールや重曹を入れるなど驚愕過ぎる。どんな物になるのかも、想像がつかない。
「お前。マジすごいな」
エギエディルス皇子が感心した様に言った。莉奈にかかれば、何でも料理にしてしまう。彼からしたら、それは魔法の様だった。
「フィッシュフライも、チキンカツと同じでタルタルソースをつけると美味しいよ?」
「なら、フィッシュフライサンドも作ってくれ!!」
エギエディルス皇子は、チキンカツ、タルタルソースの言葉で想像出来たのか、パンに挟んでくれと手を挙げた。
「はいはい」
莉奈は苦笑いしていた。 魔法鞄(マジックバッグ) があると、欲しい物が好きなだけ保存出来て便利だよね。
ちょっと痩せぎみだった彼が、良く食べる様になったとラナ女官長達も言っていた。彼はしっかり身体も動かすからイイけど、何もしない皇子だったら……ただブクブク太るだけだろう。
色々作ってはあげるけど、他でカロリーを調節して、エギエディルス皇子は私が絶対太らせないけどね。だってやだもん、太った皇子様。
そんな事を考えながら、色々混ぜてトロミがついた小麦粉を白身魚につけていた。後は、パン粉をつけて油で揚げるだけ。
油に投入すれば、ジュワジュワと泡を上げて揚がる白身魚。それが、次第にシュワシュワと音が変わり、泡も小さくなっていく。
チリチリと音が最後に変化すれば、揚がった証拠である。
油切りのバットに乗せて、程よく油が切れたら一口サイズに切り分ける。エギエディルス皇子と自分のは、別盛りにしてタルタルソースをかければ出来上がりだ。
「ほい、エド味見。揚げたてだから気をつけて」
エギエディルス皇子には、2個乗せた小皿を渡す。
細かいパン粉だから、衣は立ってはないけど……これはこれで、サクッふわっで美味しいハズ。
「はふっはふ……うまっ!! いつもの油でベシャっとした魚と違って、サクッふわっでうまい!!」
「チキンカツとは全然違うでしょ?」
「違う。サクサクじゃなくて、サクッふわ」
エギエディルス皇子は、嬉しそうに2個あったフィッシュフライをペロリと平らげた。パン粉はサクッとしていて、白身魚はふわっとしていたのだ。
莉奈が作り始める以前に出てきた白身魚の揚げ焼きは、油まみれでベシャベシャだった。口に含むと油がジュワリと出てきて、口は油で一杯だし胃にもたれたぐらいだ。
だが、これは全然違う。油で揚げているのに油っこくない。衣の中の白身魚がふわっとしていて美味しい。
「魚なんか嫌いだったけど、すげぇウマイ」
エギエディルス皇子は、満面の笑みだ。
ん? 魚嫌いだったの?
莉奈は意外な事実に驚いていた。あれ? 意外と好き嫌いあったりしたのかな?
確かに以前の野菜スープは、良くも悪くも素材の味しかしなかったから、私も好きではなかったけど。
まっ、美味しく調理して食べて貰えればイイか。
「皆さんも、味見にどうぞ?」
エギエディルス皇子を食い入る様に見ている皆に、大皿に乗せたフィッシュフライを手渡した。
こういう時って皆って、犬みたいに "ヨシ" を待っているから面白い。