軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

一歩グレードアップの香りインク

お仕事が忙しいはずの売れっ子調香師であるレオポルドであるが、時間を見つけてはちょこちょこ《 真紅の山猫(スカーレット・リンクス) 》に顔を出す。お目当ては基本的に 悠利(ゆうり) である。趣味の合う年下の友人との雑談を楽しむというのがメインだ。

「うーん、香水、或いは香料を使った新商品のアイデア、ですか……」

レオポルドの話を反芻するように悠利は呟いた。何かアイデアと言われても、香水を使う習慣がほとんどない悠利にはなかなか良い案など出てこないのだ。元の世界の記憶をたぐり寄せながら一生懸命考えてみる。

何故こんな話になっているかというと、商魂逞しい調香師様のやる気スイッチが入っていると言うだけの話である。お貴族様も相手にする調香師として、レオポルドの店は繁盛している。だがしかし、それで終わらないから美貌のオネェ様なのである。

自分の売り上げを増やしたいというよりは、香水や香料に親しんで貰いたいという気持ちもあるらしい。早い話が、自分だけでなく界隈を盛り上げたいみたいな感じだ。なので、単純に香水関連の商品だけでなく、香りをつけた商品というのも扱っている。

実際、レオポルドが売り出している香り付きのハンドクリームは大層人気である。特に、贈呈用の商品は使っている香料の花の絵柄が模様として彫り込まれた入れ物に入っているのもあって、大人気だ。ちなみにこの入れ物に絵柄を彫り込んでいるのは細工師見習いのロイリスである。

アロマペンダントや、布に染みこませて消臭剤として使うとか、洗濯のときに少し香水を入れて使うとか、悠利の考える香水の使い方はその程度だ。そもそも、香水を身につける習慣はないので。良い匂いだなぁと思うけれど、主な使い方は水を張った器に香水を垂らして室内で楽しむ感じだ。

「でもレオーネさん、ルシアさんと協力してスイーツを作ったり、それの派生でサルヴィさんが香料を使った食品サンプルを作ったりしてますけど、そういうのじゃダメなんですか?」

「悪くはないわよ? 悪くはないけれど、もっとこう、良い香りを身近に感じて貰える商品を売り出せたらって思うのよねぇ」

「向上心の塊ですねぇ……」

くぴーとほどよく冷えたオレンジジュースを飲みながら、悠利はしみじみとした雰囲気を出した。立ち止まることを考えず、日々新しい未来を見据えて生きているレオポルドの活力は尊敬出来る。お世話にもなっているし、仲良しの友人でもあるので、何かお力になりたいなとは悠利も思う。

思うけれど、何かあるかなぁと首を傾げてしまうのだ。ひとまず、香水をではなく、香料を使用しての香り付きのものなどを考えることにする。男子高校生の悠利でもまだ触れる機会があるのは、香りがついた品々だったので。

例えば、香り付きの消しゴムとか、ポケットティッシュとか、トイレットペーパーとかだ。果物の香りや、お菓子の香りがついた商品は色々と売っていた。とはいえ、あちらの世界では一般的だったそれらも、こちらの世界では浮いてしまう可能性がある。

次に悠利が考えたのは、香り付きのカードだ。メッセージカードなどに、果物やお菓子の絵が描いてあって、それを擦ると匂いがふわりと香るものがあった。そういうものを売るかどうかはともかくとして、確かあれらは香り付きの特殊なインクを使っていたという記憶がある。

詳しい製法は知らない。知らないが、とりあえずこの世界でも馴染みそうだという意味ではこれが一番いける気がした。

「香りの付いたインクってどうでしょうか?」

「え?」

「僕の故郷では、香りの付いたインクで模様を描いたりするメッセージカードとかがあったんです。そのインクで書いた部分を擦ると、ふわっと香りが出る感じなんですけど」

「インクに香りを……? そんなこと、出来るの……?」

「僕も詳しい作り方は知らないんですけどね」

悠利の言葉に、レオポルドは驚いたように目を見張った。実際に作れるなら面白そうだとは思っているようだ。ただ、門外漢なのでどうやればそんなインクが作れるのかという顔をしていた。悠利も作り方は解らないので困ったように笑うだけだ。

「作れるかどうかは置いておくとして、ちょっと面白そうね」

「レオーネさんもそう思います?」

「えぇ。例えば、手紙の本文は普通のインクで書いて、署名の部分だけ香り付きのものにするとか、ロマンチックじゃないかしら?」

「その人が好きな香りとかだったら、良い感じですよね」

「お店の宣伝カードとかにも使えそうだわ」

にこにこと笑うレオポルド。恋文などの署名に使うのもお洒落だし、店に縁ある香りを使えば、宣伝カードなどの効果がぐっと上がりそうな気もする。また、単純にちょっと元気を出したいときなどに使うのもアリだろう。

「日記とかに使うのも楽しいですよね。思い出に繋がる香りで固有名詞を書いて、後日思い出すのに使うとか」

「あら、それも素敵ねぇ。そう考えると、作るなら色々な香りの種類を用意するのが良いかしら」

「お花とか果物の香り辺りから始めるのが無難だとは思いますけど」

「そうね」

流石にこの世界で、お菓子とかお料理の香りを再現するのは難しい気がする。むしろ、現代日本で売っているあの品々は、どうやって食べ物の香りを再現しているのだろう。企業努力って凄い、と思う悠利だった。

悠利と雑談をしながら、レオポルドは机の上に小瓶を幾つか並べていく。サンプルとして持ち歩いている香料だ。並べられたそれを、悠利は手に取って香りを確かめる。

「あ、これ、果物系の香りですね」

「えぇ。こういうシンプルな香料を使ったら、受け入れて貰いやすいと思うんだけど、どうかしら?」

「そうですね。お花の香りって、ものによっては結構好き嫌いが分かれるので……」

「流石ユーリちゃん。よく解ってるわぁ」

楽しそうに笑うレオポルド。悠利が自分と同じ考えをしていることを喜んでいるようだった。実際、花の香りは好き嫌いが分かれやすい。柔軟剤や芳香剤なども、花の香りではなく木々の香りなどを選ぶ人もいるし。

そんな中、悠利はふと思った。目の前には、香りインクの材料になりそうな香料がある。そして、《 真紅の山猫(スカーレット・リンクス) 》のアジトには予備のインクがいっぱいある。材料は揃っている気がした。

勿論、普通ならば香料とインクがあったところで、素人が香り付きのインクを作ることなど出来ない。しかし、悠利は確かに素人だが、別の方面では規格外のスペックを誇るある意味でのエキスパートであった。

そう、悠利には、錬金釜というチート級の 魔法道具(マジックアイテム) が付いているのだ!

「レオーネさん、この香料って貰っちゃっても良いですか?」

「え? えぇ。サンプルだし、材料も簡単に手に入るから大丈夫よ。だけど、どうして?」

「ちょっとやってみたいことがあって……」

少し待っててくださいね、と告げて悠利は新品のインクを取りに物品倉庫へと軽やかに走っていった。適当に在庫として置いてあるインクを二つ手に取り、てってけとリビングへと戻る。勿論、在庫表にはちゃんとチェックを入れておく。在庫管理は大事です。

アジトの備品でもあるので、後ほど自費で購入して補充しておこうと思っている。お勉強に使うなら好きに持ち出しても許されるが、これはあくまでも趣味的な感じで使おうとしているので、枠が違う。それぐらいは悠利も理解しているので。

インクを手にして戻ってきた悠利の姿を見て、レオポルドはぽかんとした顔で目を見張っていた。

「ユーリちゃん、インクなんて持ってきて、どうするのかしら?」

「これからちょっと、お試しをしてみようかなと思って」

「お試し?」

不思議そうに首を傾げているレオポルドの前で、悠利はインクと一緒に取りに行っていた学生鞄から、錬金釜を取りだした。……素材が超高級素材で作られている錬金釜なので、使わないときは悠利以外が物を取り出せない 魔法鞄(マジックバッグ) 化している学生鞄に片付けているのである。

突然テーブルの上にどんと置かれた錬金釜を見て、レオポルドは目を丸くする。けれどすぐに、悠利が何をしようとしているのかを理解したらしい。その手があったかと言いたげな表情になった。

そんなレオポルドの目の前で、悠利は香料と新品のインクを錬金釜の中に入れた。蓋を閉めてスイッチを入れると、錬金釜が起動する。しばらくして、ぱこっという軽やかな音と共に蓋が開いた。

「出来てるかなー……?」

悠利は錬金釜の中をのぞき込む。そこには、見た目は何も変わっていない新品のインクが一つだけ入っていた。一緒に入れた香料は見当たらないので、恐らくこれで香り付きのインクになっているはずである。

取りだしたインクの蓋を開けて、悠利はそっと匂いを嗅いでみる。ふわっと爽やかなリンゴの匂いがした。入れた香料はリンゴのものだったので、無事に香り付きのインクになったようだった。

「レオーネさん、とりあえず香りの付いたインクにはなりました」

「あら凄い。どんな感じかしら?」

「リンゴの香料を入れたので、リンゴの匂いがします」

悠利がインクを手渡すと、レオポルドも同じように香りを確かめる。ふわっと香るリンゴの匂いは、間違いなくレオポルドが作った香料のものだった。入れた材料で目当ての品物を作り出す錬金釜の本領発揮と言えた。

……まぁ、だからといって、こんな発想で香り付きのインクを作ろうとする人はいないだろうが。また、悠利がひとまず成功したのは、実際に香り付きのインクを知っているからだろう。錬金釜での作製は、使用者のイメージに左右されることもあるので。

ひとまず香り付きのインクにはなっているようなので、悠利は学生鞄からノートを取りだした。ぺりっとページを一枚ちぎると、リビングに置いてあるペンを手に取った。普段悠利は愛用のボールペンやシャーペンを使っているのだが、このインクを使うためには置いてあるペンを使うしかないのだ。

使い慣れていないペンで文字を書くのは難しいので、とりあえず悠利は丸を幾つか書いた。乾いたインクを擦って香りがするかを確かめるだけなので、別に文字でなくても良いのだ。

しばらくしてインクが乾くのを確認してから、悠利はそっと先ほど書いた丸を擦ってみた。擦ってから、そっと紙と鼻を近づける。そうすると、ふわっとリンゴの爽やかな香りが漂う。

「あ、ちゃんとリンゴの香りがする。レオーネさんも確認してください」

「えぇ。借りるわね」

「はい、どうぞ」

悠利から手渡された紙を受け取ったレオポルドは、悠利と同じように丸の部分を擦ってから鼻に近づける。それほど強いわけではないが、確かにリンゴの匂いがふわっと香るのが解る。他の部分からは香らないので、間違いなく悠利が今作ったインクから香っているものだ。

まさか本当にこんなにも簡単にできあがると思っていなかったのか、レオポルドは心底感心したという顔をしていた。それと同時に、「まぁ、ユーリちゃんだものねぇ……」みたいな空気も漂っていた。今までの積み重ねです。

インクを手にして真剣な顔で色々と呟いているレオポルド。こうして試作品は出来たものの、どうやってこれを量産するかを考えているらしい。今のところ、レシピも何もない、ただ香料とインクを錬金釜に入れてスイッチぽーんで作ってしまっているが、他の人でも可能かどうかは解らない。

また、錬金術師に頼んでインクを作るというのが、既存の職人達との間に軋轢を生むかどうかも重要である。実際に販売するとなると、コストも考えなくてはならない。お客さんに手に取って貰うための値段設定も含めて、考えることは沢山ある。

そんなレオポルドの傍らで、悠利はそろーっと作り出した香りインクを【神の瞳】さんで鑑定してみた。悠利が自分専用のハイスペック錬金釜で作ったアイテムは、往々にしてその能力がパワーアップしていたり、追加効果があったりするのだ。それが気になったのである。

果たして、この香りインクはどうなっていたかというと――。

――リンゴの香りインク(最上質)。

リンゴの香料を用いた香りインク。乾いた後に擦ると仄かに香りが漂う。

作成者の力量により、大変質の良い物に仕上がっています。

書き心地が良いだけでなく、香りの持続率が上がっています。

こんな感じの鑑定結果を見て、悠利はほっと胸をなで下ろした。ひとまず、この効果ならば他の人に見せてもそこまで問題はなさそうだと思ったのである。トンデモ付加パワーは存在しなかった。セーフである。

そう、セーフだと思っていた。悠利はセーフだと思ったのだ。しかし、それはあくまでも悠利の感覚である。

「お前はまた、何をトンチキなもんを作ってんだ? あ?」

「イダダダダダ!」

ギリギリと背後から頭を鷲掴みにされて、悠利はギブギブと言うようにテーブルをバンバンと叩いた。手加減をされているのは解っているが、悠利は非力でか弱い一般人なのである。本職冒険者の大きな掌でギリギリされて、平気なわけではないのだ。

解放されて涙目で振り返れば、そこには眉間にしわを寄せ、怒りのオーラを背負った保護者が立っていた。仁王立ちと言う言葉が相応しい感じだった。元々スキンヘッド+隻眼+体格が良いのコンボで威圧感のあるアリーである。そんな風にされると、物凄く怖かった。

蛇に睨まれた蛙、肉食獣にロックオンされた草食獣みたいな感じで、悠利はぷるぷると小さく震えていた。今回はそんなに大事にならないと思っていたのに、アリーが物凄く怒っているのでどうしようという感じだった。

しかし、今回は防波堤が存在した。二人のやりとりに気づいたレオポルドが口を挟んだ。

「ちょっとアリー、ユーリちゃんを脅さないでちょうだい。今回はあたくしが頼んだのよ」

「元凶はお前か」

「元凶って言わないでくれる? 仕事の話よ」

悠利を庇うように間に入ってくれるレオポルド。アリーと二人で言い合いをしているが、そこまで大もめにはなっていなかった。相手がレオポルドだからである。元パーティーメンバーとしての信頼があるので、色々とアレな場合でも対処が出来るという判断らしい。

そんな大人二人の言い合いの横で、悠利はレオポルドに頼まれたので試作品としてもう一つ香りインクを作っていた。今度はレモンの香りにしてみた。甘い果実の香りも良いが、爽やか系の香りの方が比較的受け入れやすいかなぁと思ったので。

悠利が錬金釜で香りインク試作品二号を作っているのを見て、アリーは盛大にため息をついた。使い手すら限られる凄い 魔法道具(マジックアイテム) である錬金釜で、一般的にはインゴットやら強力な回復薬などを作るようなもので、文房具を作っている悠利に色々と思うところはあるらしい。

ただし、まだ文房具だったのでそこまでお怒りではなかった。……調味料を作ったときには、気持ちの整理が付かないのかツッコミはもっと強烈である。最近はちょっと諦めつつあるが。

「レオーネさん、試作品もう一つ出来ました-。こっちはレモンですー」

「あら、ありがとう。助かるわ」

「お役に立てて何よりですー」

「……で、試作品を作らせてお前はどうするつもりだ」

キャッキャと盛り上がる悠利とレオポルド。仲良しな二人のやりとりに、こめかみを押さえながらアリーが質問を投げかける。声をかけられたのはレオポルドなので、悠利は大人しく沈黙を守っていた。

アリーが何を危惧しているのかを理解しているのか、レオポルドはひょいっと肩をすくめた。

「ひとまず、この試作品を職人に見せてみるわ。それで作れそうならそちらに頼むし、無理そうならハローズを巻き込んでどうにかするつもりだけれど」

「……つまり、これ以上こいつを関わらせるつもりはないんだな?」

「ないわね。仮に錬金釜での試作品が必要になったら、貴方に頼むわよ」

「……」

あっさりとお前は巻き込む宣言をされたアリーだったが、それでも小さくため息をつくだけで終わらせていた。悠利が巻き込まれないなら面倒ごとにならないからそれで良いということかもしれない。お父さんなので。

そんな大人二人のやりとりの片割れで悠利が何をしていたかというと……。

「ほらルーちゃん、リンゴとレモンの香りがするでしょ?」

「キュ!」

「ちょっと面白いインクだよねー」

「キュピー」

スライムに鼻はあるように見えないし、嗅覚があるのかも良く解らないが、ルークスはちゃんとリンゴとレモンの香りを感じ取っているのか、ニコニコしながらぽよんぽよんと飛び跳ねている。……掃除を終えて遊んでモードになってよってきたルークスに、悠利は香りインクで丸や三角、お花などを描いて香りを楽しませていたのである。

とても微笑ましい光景である。ほわほわした雰囲気で戯れる少年と愛らしいスライム。双方のスペックを知らなければ、それはそれは愛らしい光景である。……何も知らなければ。

それは、アリーとレオポルドにしても同じだったらしい。レオポルドは解りやすく表情を緩めて、可愛いわねぇと笑っている。元々この美貌のオネェは悠利に甘いので、可愛いルークスとの合わせ技で余計に微笑ましく見えているのだろう。

「……とりあえず、あんまりこいつを関わらせるな」

「アイデア貰うぐらい良いじゃない。表に出せなさそうな場合はちゃんと却下するわよ」

「まぁ、お前の判断は信じているが……」

「貴方本当に、ユーリちゃんには過保護よねぇ……」

背後でそんな会話をする大人二人のことなど気にせず、悠利はルークスと二人、香りインクって凄いねぇと盛り上がっているのだった。自分のスペックに関しては相変わらず鈍い悠利であった。

なお、ひとまず職人さん達が再現できるか頑張ってみるとのことで、香りインクの発売まではまだ時間がかかりそうです。試行錯誤する時間も楽しいと笑うレオポルドに、職人さんだなぁと思う悠利だった。