軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

伝承の石版の翻訳作業……?

地下遺跡の簡単な調査を終えて、行方不明だった家宝の片割れ、銀色のゴブレットを里長に届けた 悠利(ゆうり) 達は、昼食を終えてから再び遺跡に潜っていた。目的は古代言語で書かれた石碑である。

「……うぅ、何で僕まで……」

「お前も手伝えるだろうが」

「それはそうですけどもぉ……」

しょぼんとしている悠利にアリーのツッコミが飛ぶ。確かに言われていることは理解している。この作業は自分にも出来ることも。だからって、昼食が終わってすぐに連行されるなんて悲しいのだ。

……だって悠利は、もしも自由時間がもらえたなら、美味しい料理を色々と教えてもらおうと思っていたのだから。残念ながら遺跡の調査が突発事項として入ってきたので、悠利の自由時間は潰れました。適材適所なので仕方ないのです。

ちなみに、悠利に同行してきたルークスは、既に遺跡の掃除をやっている。先ほどやり残した分があるらしく、キュイキュイ鳴きながら楽しそうにお掃除中だ。今日も絶好調である。

「まぁまぁ、ユーリくん。諦めてください。何せ、滞在日数が足りないんですよ」

「自分達の古代語の翻訳なのに、里の皆さんで出来ないものなんですか……?」

「これは一般的に古代語と言われているものよりも更に古い時代のなので、ちょっと難しいんでしょうねぇ」

「そうですか……」

石碑の翻訳作業ということで、当然ながらジェイクもその場にいる。というか、最初はジェイクがこの仕事を担当するはずだったのだ。何せ学者先生である。どんな言語で書かれているかも理解している。

しかしここで立ち塞がったのが、彼等の滞在期間という現実だった。

ジェイクにも翻訳作業は出来る。しかしそれは、時間をかければという話だ。流石に普段使っていない言語なので、スラスラと読めるわけではない。また、地域ごとの言い回しの特性なども存在するので、それらを調べながらとなると更に効率が落ちる。

そこでジェイクが提案したのが、鑑定持ち二人による石碑の翻訳作業であった。本気を出して鑑定すれば、何て書いてあるのか読み取るぐらいは出来るだろう、と。

なお、それが出来るというのはアリーが明言してしまっていた。昔、そういう仕事を請け負ったことがあるらしい。あくまでも目の前に書かれている文章を、今の自分達の言語に翻訳するということしか出来ないが。

今回のような場合は、内容が解れば良いのでそれで問題はなかった。これが、言い回しなどの文法的な要素を調べるとかであると、きちんとその言語を理解した上での翻訳が必要になるのだろうが。

「アリーとユーリくんが手伝ってくれたら早く終わると思いますからね。よろしくお願いします」

「頑張ります……」

「そこまで露骨に落ちこむな」

「だって、美味しい料理を教えてもらおうと思ってたんです……」

「……さっさと終わらせて聞きに行け」

「はぁい」

しょげてる理由はそこなのか、と言いたげな顔をしたアリーであったが、口にしたのは別の言葉だった。悠利がお料理大好きで、食べるのも作るのも大好きなのを知っているので、今更言っても無駄だと思ったのかもしれない。

そこで悠利も気持ちを切り替えた。いつまでもうだうだ言っていても仕方ない。お手伝いした方が早く終わるし、ジェイクの負担も軽くなるのだ。そしてそれは、美味しい料理でおもてなししてくれたワーキャットの里の皆様のためにもなるはずだ。そう思って悠利は頑張ることにした。

祭壇の傍らにあった石碑は悠利の身長ぐらいの大きなもので、そこにみっちりと刻まれた文章の翻訳が彼等の仕事だ。表と裏に文字が書かれているので、片面をアリーが担当し、もう片面を悠利とジェイクが担当することになる。

悠利は鑑定能力はピカイチだが、生憎とこの世界の文化や歴史にはちょっと疎い。悠利向けに翻訳された内容がちゃんと合っているのかを確認するためにも、悠利が読み上げてジェイクが記述するという方向に決まったのだ。そしてアリーは一人で作業が出来るので、一人で頑張って貰うという流れである。

「それでは悠利くん、頭から読んで貰えますか?」

「了解です。この何か飾りがついて強調されてるみたいなてっぺんの部分いきますね」

「はい」

「えーっと、『我らが祖の成り立ち』ってなってますね」

「我らが祖、ですか。……それは種族的な感じか、一族的な感じ、どっちか書いてます?」

「ちょっと待ってくださいね……」

題字と思しき部分はシンプルだが、ジェイクに言われた言葉を悠利はちょっと考えた。考えて、そしてもう一度石碑を見ると、先ほど見えた翻訳内容がちょっとだけ変わった。

「あ、『我らが血脈の祖の成り立ち』ってなりました」

「血脈ってことは一族的な意味ですね。この集落のワーキャット達のご先祖様のことについて、ということですか。……ところでユーリくん、なりましたってどういうことです?」

「……翻訳結果が変わったという意味です」

「……変わったんですか」

「何か、補足説明的な……?」

「……何で変わるんですか?」

「……解らないです……」

そんなことってあります?というジェイクのツッコミに、悠利はそっと目を逸らした。一般的な鑑定能力がどういうものか、悠利には解らない。でも、悠利向けに色々とアップデートされている【神の瞳】さん的には、アリなのだ。多分。

ちらっと悠利は反対側で作業をしているアリーを見た。二人の会話が聞こえていたらしいアリーもこっちを見ていた。二人の目が合った。

そして、アリーは思いっきり悠利から目を逸らした。つまりそれは、普通はそんなんじゃねぇという意思表示だった。口に出さなかったのは、言っても今更だということと、ジェイクがいるからだろう。二人きりだったら、「お前の 技能(スキル) は何でそんなデタラメなんだ!」というツッコミが飛んでいたはずだ。

そんな二人のやりとりはジェイクには見えていない。学者先生は首を傾げつつも悠利が告げた内容を記述して、別紙にメモ書きのように追記を書いている。今のやりとりを見られていなかったので、悠利はとりあえず「よく解らないけど、自分の理解や認識で翻訳が変わっちゃうらしい」という方向でゴリ押すことにした。

というか、他に理由の説明が出来なかった。

「多分、僕の理解とか認識がアリーさんやジェイクさんより足りてないので、そこが補われたら翻訳に反映されるんじゃないかなーと思います。ほら、鑑定での翻訳って、文法的なところより、 技能(スキル) の所持者に理解できる内容にするって感じっぽいので」

「そういうものですかねぇ?」

「そういうものなんじゃないですかねー。僕もよく解らないですけどー」

えへへと笑う悠利。アリーは口を挟んでこなかった。余計なことを言って藪蛇になりたくなかったのだろう。なので悠利は全力でとぼけることにしたのだ。

はたして結果はというと――。

「まぁ、ユーリくんですし、そういうこともありますかね。とりあえず翻訳作業が出来るなら問題ありませんし」

「ですです。僕、頑張ります!」

「では、続きもお願いしますねー」

「はーい」

ジェイクが細かいことをあんまり気にしなかったので、無事にごり押しでどうにかなった。これは、ジェイクの興味が石碑の翻訳の方に向いているからである。興味が悠利の 技能(スキル) の方に向いていたらもうちょっと食い下がったのだろうが、今回は不幸中の幸いだった。

なので、悠利も気を取り直して翻訳作業に取りかかる。翻訳と言っても【神の瞳】さんにお任せなので、悠利は目の前に出てきた翻訳文を読み上げてジェイクに伝えるだけだが。

「えーっと、『我らは遠く、山を幾つも越えた先よりこの地に至る。彼の地は争いに明け暮れ、我らの安寧は遠かった』」

「ふむふむ。昔は今のように情勢が落ち着いていない可能性はありますから、平和主義者達が逃げてきたというのはあり得ますね」

「やっぱりどの時代も争いってあったんですね」

「何から逃げてきたかにもよりますよ。魔物から逃げてきた場合もありますし」

「あ、それもそうですね」

ジェイクの言葉に、悠利は素直に頷いた。争いが何もヒト種間の戦争とは限らないのだ。その可能性をちょっと忘れてしまっていた悠利であった。

現代日本育ちの悠利は、ついうっかり魔物の存在を忘れてしまう。何せ、側にいるのは賢くて話の通じる従魔のルークスや、アロールの保護者として立派に務めを果たしているナージャなのだ。魔物に対して怖いという感情が出てこない。

そもそも、基本的に王都から出ない悠利にとって、魔物の危険性を実感しろというのは無理な話だろう。八割、魔物イコール美味しいお肉になっている感じなので。

「続きを読んでも大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

「解りました」

悠利が伝えた内容を記述し、更に別紙にメモも書き添えるジェイクの作業が落ち着いたのを見計らってから、悠利は続きを翻訳する。二人三脚みたいなものである。二人の呼吸を合わせるのが大切だ。

「では……。『木々に満ちあふれ、安定した土地であるこの森に、我らの里を築く。ひとまずは外界と接することはせず、一族の平穏と安寧に務めることとした』」

「今と地形が似た感じだったとしたら、当時から森のど真ん中ですよね。隠れるのに適していたということでしょうか」

「ワーキャットさん達は猫ですし、何かあれば木の上に逃げられますもんね」

「そうですね」

安全な住処を求めて移住したワーキャットの先祖達は、この自然豊かな森で静かに暮らすことを選んだのだろう。外界と接さない道を選んだのは、外の世界に争いが満ちていたからかもしれない。ひとまずはと書いてあることから、外と交流するつもりがなかったわけではないというのが読み取れる。

もしかしたらそれは、仲間の中の弱者を守るための行動であったのかもしれない、と悠利は思った。もしも争いに巻き込まれれば、弱い者達が犠牲になる可能性が高い。勿論、皆を守るために最前線に立つ戦える者達も犠牲になるだろう。それでも、守るべき弱者が犠牲になれば、戦う者達の心も折れるというものだ。

この森に集落を作り、閉じこもって平和を維持したというワーキャット達のご先祖様。この石造りの遺跡を作るような力があった彼等でも、争いに巻き込まれればただではすまなかったということなのだろうか。

そんな風に思いつつ、悠利は続きの翻訳作業に取りかかった。

「続き読みますね」

「お願いします」

「えーっと、『我らをこの地に導き、この遺跡を作りしは、偉大なりし魔法使いマギサであ、』うぇえええええ!?」

「ユーリくん、変なところで切らないでください。どうしたんですか?」

「いや、あの、ちょっと待ってくださいね。確認したいことが……」

ツッコミを入れるジェイクをスルーして、悠利は石碑の文章をもう一度確認する。間違いなくそこには、魔法使いマギサと書かれていた。

魔法使いマギサという存在を、悠利は知っている。ワーキャットに伝わる昔話、子供向けのおとぎ話のようなものに出てくる、里のワーキャット達に多大なる恩恵を与えた偉大な魔法使いの名前が、マギサだという。

リディが大好きなお話で、リディが尊敬している魔法使いマギサ。リディはその尊敬する存在の名前を、友達となった収穫の箱庭のダンジョンマスターに付けたのだ。だから悠利も、その名前を知っていた。

知っていたのだが、初代様の頃から存在するであろう一族の起源に関する石碑に、その名前が出てくるとは思わなかったのだ。だって、おとぎ話の中に出てくるだけの存在だと思っていたのだ。魔法使いはそういう、子供の夢を詰めこんだ何かだろう、と。

悠利がそう思ってしまったのは、今この世界に魔法が存在しないからだ。魔法のような道具、 魔法道具(マジックアイテム) は色々と存在する。でも、魔法は存在しない。魔法を使える者もいない。だから魔法使いは伝説上の、おとぎ話の存在だと思っていた。

「魔法使いがいたって書いてあるんです」

「そう読み上げてましたね」

「魔法使いって、実在したんですか!?」

「記録上は存在したとなってますけど、事実かどうかはちょっと僕にも解りませんが……」

「僕、魔法使いっておとぎ話の中の存在だと思ってたんですよ……」

「まぁ、普通はそう思ってますよ」

衝撃を受けている悠利と違って、ジェイクはケロリとしている。昔の記録を読んでいるときに、こういう記述に遭遇したことがあるのだろう。

しかし、悠利は思う。自分達の血統の正しさ、正当性などを示すために書かれた物ならば、そこに創作が加わる可能性はあるだろう。けれどこの石碑は、あるがままを記してあるように思える。そしてその話が伝承となり、子供達へ語る昔話になったのだろう、と。

あくまでも何となくだし、悠利の個人的な感想にすぎない。真実は誰にも解らない。その時代から生きているような長命種にでも聞いてみないことには、さっぱりだ。でも、そうだったら良いなと悠利は思った。

「その魔法使いマギサは何をした方なんですか?」

「翻訳の全部は後でもう一度読み上げますけど、ざっくり説明すると、この場所を探し出してワーキャット達を移住させ、その道中も魔法で守ってくれたそうです」

「だから石碑に記されてるんですね」

「それだけじゃなくて、集落を作るときにこの地下遺跡を作ったり、家宝のゴブレットを作ったり、里長一族に反応する鍵を複数作ったのも、その魔法使いマギサらしいです」

「おや、大活躍ですね」

「です」

ワーキャット達に多大な恩恵を与えたという魔法使いマギサ。突然変異種なのか何なのか、その外見はワーキャット達と同じだと記されている。二足歩行する猫の魔法使い。大変ロマンのある存在だ。ちょっとファンシーである。

単に道中の守護者というだけであったなら、もっともらしく並べられた伝説の可能性は合った。しかし、遺跡を作り、ゴブレットを作り、鍵を作ったのが魔法使いマギサだというなら、少なくともその名を持つ存在は実在したということになる。

彼が本当に魔法使いであったのか、魔法が実在したのかは定かではない。だが、成果物の存在が今も受け継がれている以上、魔法使いマギサの存在を疑うことは出来ないだろう。その名前を持ち、ワーキャット達を助けた存在がいたのは間違いないのだから。

それはジェイクも同感だったのだろう。ふむと小さく呟いてから言葉を続ける。

「遺跡の制作者となると、存在の信憑性が増しますね」

「ジェイクさんもそう思います?」

「この地へ辿り着くまでのお話であったなら、作り話の可能性も否定はしませんでしたが。これほど立派な遺跡を作り上げた存在と言うなら、少なくとも実在していたのは事実でしょう。魔法使いであったかは置いといて」

「そこは置いとくんですね」

「魔法使いと呼ばれるほどの技量を有していた、というだけの可能性もありますし」

「身も蓋もないですぅー」

そこは魔法使いがいたで良いじゃないですか、と悠利は唇を尖らせた。悠利はまだ未成年のお子様なので、そういうロマンは感じていたいのだ。しかし、リアリストらしい学者先生はにこにこ笑って言い切った。

「魔法の存在が立証できないので、そこは保留です」

「むぐぅ……」

「勿論、僕も魔法使いや魔法にロマンは感じますよ。いたら良いなぁとか、実在するなら会ってみたいなぁとか思いますし」

「あ、そこはジェイクさんも思うんですね」

「当然です」

自信満々に言いきると、ジェイクはその理由を教えてくれた。ある意味で悠利の予想を裏切らない答えを。

「目の前で魔法を見せて貰って分析して、再現可能かどういう過程で発生しているのか、どういう存在が使うことが出来るのかを調べたいですしね」

「わー、安定のジェイクさーん」

知的好奇心で生きている学者先生は、ブレなかった。まぁ、そこでブレたらジェイクじゃないので、まぁ良いかと思う悠利だった。むしろいつも通りだったのでちょっと安心した。

そんな風にわちゃわちゃ雑談を交わしつつ、二人三脚での翻訳作業は続く。一人で黙々と作業を進めているアリーから、時々「お前ら脱線してないでさっさと作業しろ」というツッコミが飛んでくるのだが、それもまたお約束である。

その後、翻訳作業を終えて結果を報告する場に同席していた若様が、魔法使いマギサは実在したらしいと知って大興奮するのでした。憧れの存在が本当にいたと解ったのが嬉しかったようです。