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公爵家の娘と庶子の違い

作者: 瀬崎遊

本文

どうしても異母妹が許せなかった。

同じ父親なのに異母妹は公爵家の長女として蝶よ花よと大切に育てられてきた。

異母妹が六歳になるとこの国の王子様と婚約することができたと父親が珍しく喜んで母と私に自慢していた。

それを聞かされた私たちがどう思うかなんて父親は気にしたりしない。

けれど父親はいつも「 ヴィーナ(母) と フェナ(私) を愛しているよ」と言ってくれていた。

だから内縁とはいえ母と私は特別大切にしてもらっているのだと思っていた。

異母妹の母親が冬の寒い日にちょっとした風邪を引いてそれから寝付くようになったらしい。

異母妹の母親が父親に「ご不便をお掛けする訳にはいきませんから、どうぞ離れに思う方をお招きください」と言ったそうだ。

父親が母に夜に話しているのを聞いた。

母と私は公爵家にすぐにでも招かれるのだと思っていたのに異母妹の母親が亡くなっても公爵家に招かれることはなかった。

異母妹の母親が亡くなって三年、私が十三歳になってようやく公爵家に移り住みたいなら来てもと言われた。

この頃になると異母妹と私の違いをはっきりと知るようになっていた。

私は両親の前ではいい子を演じていたけれど、ドス暗い物が溢れ出てきそうになっていてそれを押し留めるのに苦労した。

公爵家の本邸に住むのだと、父親の子として認められるのだと思っていたのに母と私は離邸の中でも敷地内の一番遠くの小さな離邸に住むように言われた。

当然、異母妹と父親は本邸に住んでいる。

父親と会う頻度は街の小さな家に住んでいたときと何も変わらなかった。

夕食後に訪れてきて三十分ほど私と母と一緒にお茶を飲んで、母と一緒に寝室に消えていく。

翌朝には父親は居ず、母は物憂げにため息を吐く。

一週間か二週間ほど経つとまた父親はやってくる。

父親は母に欲望を吐き出しに来るだけで、私のことなど愛してはいないのだと今はもう知っている。

父親を見る度に思う。男の屑だと。

父親が許せない。

父親にこんな扱いをされてそれを受け入れている母が許せない。

父親の愛を一身に受けている異母妹が許せない。

そして異母妹を妹と呼ぶことを許されない私が惨めだ。

公爵家の離邸に住んで二年。

私は貴族の子としての教育を受けさせられた。

そしてその教育の一環で私は母の過去のことを知ることになった。

私が生まれたのも育ったのも平民街の中で治安の良い比較的大きな家のある地域で生まれたので、私の父親がお金を出して買ってくれた家なのだとなんとなく思っていた。

けれどそれは違った。

母はチャリークイン伯爵家の一人娘だった。

伯爵家の中での中堅で堅実な領地経営で問題なく暮らしていた。

母が学園に行くようになり私の父親であるフェルバルト・アーバン・ホーネスト公爵令息と出会い、その美しい姿にひと目で恋に落ちた。

母からフェルバルトに近づいて行った。

その時フェルバルトはメビウスリーネ・チェリー・ブロウサウム侯爵令嬢と婚約していたけれど、母はそのことを全く気にせずただ自分の恋を成就させたい。ただそれだけの想いでフェルバルトと関係を持ってしまった。

そしてブロウサウム侯爵の逆鱗に触れチャリークイン家に損害賠償金を請求し、支払われた。

その後、妊娠していることが判明して今度は前公爵であるホーネスト公爵がチャリークイン家を潰しにかかった。

あらゆる取引が停止されチャリークイン家は苦境に立たされることになった。

そして悪いときには悪いことが重なるもので、長雨で貯水池が氾濫して作物が水に浸かってだめになってしまった。

私の祖父であるチャリークイン伯爵はいろいろなところに助けを求めたが、ホーネスト公爵家に睨まれているチャリークイン家を助けてくれる人はなく、最後にホーネスト家に領民を助けて欲しいと助けを求めるしかなくなった。

ホーネスト家が領民を助ける条件はチャリークイン伯爵家の爵位と領地をホーネスト家に売り渡すことだった。

そしてチャリークイン伯爵は爵位と領地を売り渡し、私が生まれた家を買うだけのわずかばかりのお金を手にした。

そして私が生まれた。

そのことを知った私は母を問い詰めた。

母が話したのは私が生まれた時、ホーネスト家から決して多くない金額を受け取った。

その金額では生活は楽にならず、私の祖父と祖母が生活苦の中亡くなると私の父親は私たちのいる家に時折通うようになり、そのかわりに月々の生活費が支払われるようになり、親子二人やっとまともな生活が送れるようになった。

公爵邸に住むようになっても母と父親の関係は何も変わっていない。妻にはしてもらえないままだ。

私の立場も変わらないまま同じで、父親の子として認知されていない。

けれど半分だけとはいえ私は公爵家の血を継いでいるからと学園入学直前に貴族の庶子として認知してやると言われた。

その時、父親に何度も言われた。

「 マリアベール(異母妹) と同じ立場だと思うな。フェナは半分は平民だ。自分の立場を弁えなさい。決して妹などと思わぬように」

私たちを愛してると言っていたのは一体何だったのか。そう聞いてみたいものだ。

同じ父親の子供なのにどうして異母妹とこうも扱いが違うのかと悔しくて、惨めで、腹が立って仕方なかった。

学園に通い始めて異母弟の存在を知った。

一つ年下の異母弟。

父親にはあまり似ていないけれど誰よりも美しいキャロイス・ガーデン・ホーネスト。

そして初めて見た二つ年下の異母妹。

異母弟によく似た美しく、名前の通り楚々としたマリアベール・リリー・ホーネスト。

私は母に似てかなり可愛いと思っていたけれど、マリアベールとは比べることもできないほどの差があった。

私とは名前すら違った。

私の名前はフェナ・ホーネスト。

私にはミドルネームがない。庶子にはミドルネームを与えないのだそうだ。

ファーストネームが短いことも庶子である証明のようなものなのだそうだ。

私は名乗る度に庶子ですと宣伝しているようなものだと家庭教師に教えられた。

そして私が学園に入学するまでの間に教えられたのは精々男爵家程度のマナーなのだそうだ。

必要(結婚相手) になればまたその時にマナーを学び直すことになるらしい。

異母弟と異母妹は生まれたときから公爵家の子供で、私はたった二年だけ貴族の子としての教育を受けただけ。

人に 傅(かしず) かれることを当たり前のことと受け止められる異母弟と異母妹。

同じ公爵家の子であっても私には誰も傅いたりしない。何なら使用人のほうが身分が高い。

母は伯爵令嬢だったとはいえ所詮は元伯爵令嬢なだけで今の身分は平民でしかない。

何か一つでもいいから異母弟か異母妹から奪ってやりたいと思った。

悔しがる顔の一つでも見てやりたかった。

何を奪えば効果的なのかと必死で考えた。

そしてふと、異母妹から婚約者を奪ってやることが一番効果があると思ってしまった。

異母妹の婚約者、この国の王子様ガーデニア・アルベルト・オークス。

異母妹の婚約者は私の一つ年下。学園ですれ違うこともあると思う。

何かきっかけをと思いながら日々が飛ぶように過ぎ去っていく。

ガーデニアが入学して二ヶ月経とうかという頃、廊下を歩いていた私は手にしていた教科書をたまたま落とした。

そこにガーデニアが現れたので教科書を拾うよりも先に自然と 頭(こうべ) を 垂(た) れてしまった。

落とした教科書をガーデニアが拾って差し出してくれた。

「はい。学園の中でいちいち私に頭を垂れる必要はないよ。私のほうが年下でしょう? 気安く話しかけてくれると嬉しい」

「は、はい。ありがとうございます。殿下」

笑顔で去っていくガーデニアに心奪われた。

公爵に認知されたといっても所詮は庶子。誰も私に笑顔を向けたりはしない。

なのに王子様であるガーデニアが私に笑顔を向けてくれた。

貴族から、いや、使用人からですらほんのささやかな好意すら向けられたことのなかった私は人恋しかったのかもしれない。

私はガーデニアに簡単に恋に落ちてしまった。

それからの私はガーデニアに積極的に笑顔を向けるようにして、ガーデニアとの距離が縮まるごとに関係を進めていった。

一学期の終わりには一緒に昼食を摂るまでになっていた。

その頃になってガーデニアはやっと異母妹と姉妹だと知ってガーデニアは驚いていた。

そういえばガーデニアに名前を伝えるのが恥ずかしくて、ちゃんと名乗ってなかったことを思い出した。

「未来の姉だったのか」

と言われた時は正直ショックを受けた。

けれどガーデニアとの縮まらない距離がまた一歩縮まったことは嬉しかった。

それから私たちの距離はどんどん近くなっていった。

ふとした時に触れ合う手に胸を震わせていたのは私だけではないと自信を持って言える。

ガーデニアの手が際どいところに触れるようになったのはいつの頃からだったか。

そして私が言葉をねだったのはいつからだろう。

望む言葉をもらえるようになったのはつい最近。

異母妹の上に立ったと思えるようになった。

「マリアベール様よりも愛してる?」

そう聞いてもガーデニアは何も答えてくれなかったけれど、その頃にはガーデニアに心も体も開いていたので気にしていないふりをした。

最近ではガーデニアから「お茶にしよう」と誘ってくれる。

正直ガーデニアが用意してくれるお茶は苦みと酸味が強くて口に合わなかったけれど「美味しいです」と言って飲み干していた。

お茶の後は誰もいない部屋で二人っきりの時間を過ごす。

ガーデニアは二人っきりの時は少し荒っぽくて、それが私だけに見せるものだと思うとどんなことでも受け入れることができた。

私たちの卒業が目の前に迫り、ガーデニアとの確かな約束が欲しくてその言葉が欲しくて何度も強請った。

けれどガーデニアは約束の言葉はくれなかった。

ある日、ガーデニアが用意してくれたお茶を飲んでいる時に下腹部の強い痛みで私は椅子から倒れ落ちた。

下腹部を押さえ呻きながら見上げるとガーデニアは何事も起こっていないかのように私が倒れたことを気にしていない様子でお茶を飲んでいる。

「でんか⋯⋯」

「多分、妊娠したんだろう。今飲んだお茶の効能で腹の子が流れたんだと思う」

「え?」

痛みも忘れて言われたことを頭の中で反芻しても言われたことの意味が解らない。

下腹部から生暖かいものが流れていく感触とお腹の痛みにのたうつ。

「どう、して⋯⋯?!」

「妊娠されると困るからに決まっているじゃないか」

然も当然という風に言われて痛みと驚きで思考が覚束無くなり、私は意識を手放した。

気がついた時は自室のベッドの上だった。

お腹の中がぽっかり空いたような気がするのは私の気のせいだろうか?

「私の赤ちゃん⋯⋯」

「フィナ! 目が覚めたのね?!」

「お母さん⋯⋯。私、わたし⋯⋯」

心配顔だった母の顔が一気に変わる。

「お前は何を考えていたの?! お嬢様の婚約者、それも王子様に手を出すなんてっ!! どんな結末になるかなんてちょっと考えればわかるでしょう!! お前は死にたいの?!」

「だって、殿下は私を愛してるって!」

「お前の父親であるフェルバルト様だって私達のことを愛してると言ってたでしょう?! まさか本気にしていたの?!」

「してないけど! でも殿下が嘘を吐くなんて!!」

「男は排泄するためなら何でも言うものなのよ!! どうして普段から堕胎用のお茶を飲まされていることに気が付かないの?!」

「普通そんな事気が付かないわよ!!」

「本当に馬鹿な子。私の話をしたのに何の教訓にもなっていないなんて!!」

「⋯⋯お腹の赤ちゃんは?」

「医師が二度と妊娠することはないだろうって⋯⋯」

「ど、どうして?!」

「流産する時に子宮の機能が失われたそうよ」

「嘘! 嘘よ!! 殿下がそんな危険なものを私に飲ませるわけがないわ!! 殿下に、殿下に会わせて!!」

「ガーデニア殿下は今本邸にいらっしゃるわ⋯⋯」

「ここに来ていただいて!!」

「来てくださるわけが無いでしょう」

「どうして? 嘘よ。 私のこと愛してるって!!」

興奮した私を静めるために医師が呼ばれ、注射を打たれて私は再び眠りについた。

その後ガーデニアは私に会いに来てくれることはなかった。

本邸には何度も顔を出していると使用人から聞いた。

私に対して損害賠償が支払われることもなかった。もしかしたら父親との間に何かの取り決めが行われたのかもしれないけれど⋯⋯。

私がほぼ回復した頃になって初めて父親が昼間に私たちが住む離邸にやって来て呼びつけられた。

「フィナ、お前はもう学園に通わなくていい」

「ど、どうしてですか?!」

「学園の中で流産するなど恥を晒しておいてのうのうと学園に戻れると思っていたのか?」

「そ、それは⋯⋯。殿下は、殿下は何か言ってらっしゃらなかったのですか?」

「ガーデニア殿下が何を言うっていうんだ?」

「私のことを何か⋯⋯」

「何を考えているのか知らんが、ガーデニア殿下はマリアベールの婚約者だ。姉には色々手ほどきを受けたと感謝しておられたよ。これで憂いなくマリアベールと結婚できると仰っていた」

「そ、そんな⋯⋯」

「母親が母親なら子も子だと思ったよ。せめて伯爵位くらいの相手なら結婚もできただろうに。本当に愚かとしかいえないな」

私はなんとか持たせていた矜持のようなものがポキリと折れる音を聞いたような気がした。

その場に崩れ落ちた。

「ありがたく思え。殿下がお前の嫁ぎ先を探してくださった。ゴーバリトン男爵だ。先年前の奥方を亡くされた方だ。十歳を頭に七歳、五歳、三歳の子供がいる。子供を可愛がって育てることが嫁ぐ条件だそうだ」

ガーデニアは子供が産めない私をまだ傷つけるの?

「ゴーバリトン男爵が嫌ならサンチック男爵だそうだ。サンチェック男爵なら子供は全員成人しているから子育ての必要はないだろう。

ただ可愛がられたいのならサンチェック男爵を選ぶといい」

「好きな方を選べと殿下が?」

「そうだ。世話になった温情だそうだ」

「これのどこに温情があるのですかっ?!」

「いい夢を見たんだろう? お前の母親も未だ夢を見続けている。

だがお前の母親は今はもう身の程を弁えているからな。愚かな夢は見ない。

マリアベールが羨ましかったのか?」

「羨ましい⋯⋯? いいえ!! 憎いだけです!! 父親は同じなのにっ!!」

「母親の身分が違うじゃないか?

なぜマリアベールと一緒だと思うんだ?」

「お父様は私達のことを愛してるって!!」

「当然愛してるよ。平民の女とその子供としてな。

マリアベールは違う」

「母は伯爵令嬢でした!!」

「それが何だと言うんだ?

元は伯爵令嬢でも今はただの平民だ。

それも自分の行いの末平民になったんだ」

「お母さんに手を出したお父様の罪はどうなるんですかっ?!」

「地位が上の者にいいように扱われないように立ち回るのが下位貴族の立ち回りだ。

私も王族と同じ公爵家や侯爵家にいいようにされないように細心の注意を払っている。

そのためにマリアベールを王族に嫁がせるんだ。

貴族になりたいのなら貴族がどう考えるかを考えるべきだったな。

マリアベールはガーデニア殿下とお前の関係を表面上はなんとも思っていないぞ」

「マリアベール様の心をほんの少しだけでも傷つけることもできていないというのですか?!」

「内心、どう思っているのかは知らんが、お前のことを告げた時、眉一つ動かさなかった。

いい娘に育ったと心から感心したよ。

お前もガーデニア殿下の心が欲しかったのなら身体を許すべきではなかったな。

身体を許したらそれ以上許すものなんてないからな。

お前は自分を安売りしたんだ。お前の母親と同じにな。

だからお前の母親も妻という立場にはなれないんだ」

私はガーデニアに紹介されたサンチェック男爵を選んだ。

子供の産めない私に子供を愛するのは不可能だと思ったから。

齢は私より二十四歳年上だけど優しい人だった。

家督は嫡男に譲った後だったので私を連れて領地の端にある小さな家に住むことになった。

使用人は三人。そう思えば母と暮らしていた街での暮らしよりいい暮らしと言えるだろう。

小さな町らしく物々交換をして欲しいものを手に入れる生活になった。

そのために庭の小さな畑で夫と二人で野菜を作っている。

ホーネスト家からは何の連絡もないし支援もない。

母からの連絡すらない。元気でいるならいいのだけれどと時折思い出す。

何年か経って噂でガーデニアとマリアベールが結婚したと聞いた。

心の柔らかい部分がざわりとした気がしたが気が付かなかったふりをした。

夫と暮らしていく中で気がついたことがある。

自分の分をわきまえるということだ。

自分の大きさは変わったりしない。

ただどう上手に魅せるかということなのだと思う。

そして私は自分を魅せるのが下手くそだということ。

ありのままの自分でいる今は幸せだ。

今は夫に一日でも長生きして欲しいと思っている。

ガーデニアとマリアベールの間に王子が生まれたと聞いた。

ぶわりと何かが膨らんだ。