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私は可哀想な女なの、と泣く婚約者に振り回された結果

作者: ユミヨシ

本文

ルイド・ファセル伯爵令息には見た目がとても可愛らしい婚約者がいた。

マリーナ・マルデ公爵令嬢である。

しかし、彼女は性格がこれまた酷い女だった。

マリーナは生まれながらのマルデ公爵家の娘ではなく、市井で暮らしていたのをマリーナの母が再婚するに当たって、公爵家に引き取られた女性だ。

だから貴族になって間もなかった。

マルデ公爵に頼まれて、マリーナと婚約を結ぶ事になったルイド。

歳は共に17歳。

そのマリーナが酷いのだ。

顔は可愛い。フワフワの金髪で目が大きくて。

だけども、性格が最悪だった。

「私は不幸な女なの。とても可愛そうな女なの。お義姉様が私を虐めるの。私が市井で育ったからってマナーもなっていないって。勉強も全くできないって。私が何をしたというの?私は毎日毎日泣いているの。マルデ公爵家で泣いているの」

そう言って可哀想女アピールをしてくるのだ。

最初は、可哀想だからと、ルイドもマリーナを慰めた。

「君の婚約者になったのだから、何でも相談して欲しい。私は君の力になりたいんだ」

黒髪碧眼で美男という訳ではないルイド。

それでも、婚約者になったからにはマリーナを守ってやりたい。力になってやりたいと思っていた。

だから相談に乗ってあげた。

マリーナの為なら何でもやってあげようと思っていたので、泣くマリーナの為に勉強を教えてあげた。

二人は王立学園では同じクラスだ。

だから、教科書に解りやすく注意書きを入れてあげて。

時には放課後まで残り、傍について勉強を教えてあげた。

マリーナは嬉しそうに、

「書き込んでくれたお陰で解りやすくなったわ。有難う」

そう言って微笑んでくれた。

そんな春の日差しがとても眩しくて。

マリーナの顔を見てちょっと胸がときめいた。

それでもマリーナの可哀想女のアピールは続いていて。

一生懸命、力になっているのに、ずっとずっと私は可哀そうというのだ。

「お義姉様は私の事を毎日、馬鹿にしてくるの。一生懸命、勉強しているのに。本当に私は可哀想」

「マリーナ。いつかマルデ公爵家のクラウディーヌ様も認めて下さるから、一緒に頑張ろう」

それでも、可哀想なマリーナの為に、頑張るルイド。

一生懸命、勉強を教えてあげて。

でも、少し疲れも感じていた。

マリーナの義姉のクラウディーヌ・マルデ公爵令嬢は、ラウド王太子殿下の婚約者である。

美しい金髪碧眼の二人はお似合いだと言われていた。

歳は共に18歳。

しかし、とある日、王立学園の中庭で見てしまったのだ。

マリーナがラウド王太子殿下に抱き着いて、泣いているのを。

どうしてなんで?自分が婚約者なのに、なんでラウド王太子殿下に抱き着いて泣いているんだ。

「お義姉様に虐められているのです。それに、婚約者のルイド様も冷たくて。私は可哀そうな女なの。ラウド様ぁ」

冷たくした覚えはない。

いつも親身になってマリーナの為に何が出来るか相談に乗っていた。

不幸だと悲しむマリーナを励まして。

勉強も難しいと泣くマリーナの為に、解りやすいように、教科書に書き込みをしてあげたりしていた。

それなのに、ラウド王太子殿下に縋って泣いて。

私が婚約者だ。私がっ‥‥‥冷たくした覚えなんてない。

背後にクラウディーヌ・マルデ公爵令嬢が立っていた。

クラウディーヌは頭を下げて、

「わたくしの義妹が申し訳ございません」

「こちらこそ、私が至らないばかりに」

「わたくしが調べた所、何度かあの二人は会っているようですわ。それも、人目のつかない所で」

マリーナがラウド王太子殿下と。

二人は見られているのにも気づかずに、ラウド王太子はマリーナに口づけをしていた。

マリーナはラウド王太子に抱きついて、

「怖い。お義姉様が怖い‥‥‥私は一人ぼっち」

「大丈夫だ。私がついている」

ぎゅっと抱き締めるラウド王太子。

クラウディーヌは、

「ラウド王太子殿下がマリーナを愛妾に望むなら、わたくしは承知しようと思いますの」

「え???結婚前に愛妾を持つことを許すのですか?それも同じ家から愛妾を?」

「わたくしは王妃にならねばなりません。我がマルデ公爵家の為にも。あの子が愛妾になりたいのなら、わたくしは反対致しませんわ」

「でも、マリーナは私の家に嫁ぐ予定で婚約を。マルデ公爵から頼まれているのです」

「でも、不義を犯した義妹と婚約を継続する訳にはいかないでしょう?王太子殿下の種の子を産むかもしれなくてよ」

「我がファセル伯爵家の方が格下なのです。マルデ公爵家には逆らえません」

「わたくしが責任を持って、婚約解消に漕ぎつけますわ。もし、婚約破棄したいというのなら、不義の証拠をわたくしの方で掴んでおりますから、それをお渡し致します」

「でも、さすがにマルデ公爵家から慰謝料を取れませんから。派閥のトップですし」

「そうですわね。婚約解消できるように、お父様に言っておきましょう」

マリーナの事を思っていた。愛していた訳ではない。

婚約者と決まったからには力になってやりたいと思っていたまでだ。

そう思っていた‥‥‥絶対に愛していた訳ではない。

ルイドは自分にそう言い聞かせる。

でないと、あまりにも自分が惨めになるから。

クラウディーヌが動いてくれたのか、婚約解消があっさりと成立した。

送られてきた書面を見て両親は安堵した。

「あんな出来の悪い娘を押し付けられたのではな」

「本当にほっとしたわ。マルデ公爵家の命令には逆らえなくて。貴方もよかったわね」

そう、両親に言われた。

ラウド王太子とクラウディーヌは婚約したままだ。

マリーナと関係を持っているラウド王太子。

クラウディーヌはマリーナが愛妾になるのを認めると言っていたが。

ただ、マリーナは愛妾になれなかった。

何故なら。

王立学園の卒業パーティの日に、ラウド王太子が、

「クラウディーヌ・マルデ公爵令嬢。お前は義妹であるマリーナを虐めていたな。ここに婚約破棄を宣言する。マリーナを私の婚約者に改めて決定する」

マリーナはにこにこしてラウド王太子に腕を絡めていた。

ルイドはショックを受ける。

渡されていた王家の影が調べたという二人が身体の関係を持っているという証拠書類を掲げて。

「ラウド王太子殿下と、マリーナ・マルデ公爵令嬢が不義密通を重ねていた証拠がここにあります。婚約破棄はクラウディーヌ様がするべきではないですか?」

思わずそう叫んでしまった。

クラウディーヌは微笑んで、

「そうですわね。わたくしは、ラウド王太子殿下が愛妾にマリーナを求めるのなら、仕方が無いと思っておりました。でも、貴方からわたくしに婚約破棄を突き付けて来た。だから、わたくしの方から貴方に婚約破棄を突き付けることに致します。調べれば解りますわ。わたくしはマリーナを虐めてはおりません」

マリーナは叫んだ。

「いつもお義姉様は勉強しろって煩いじゃない。私に貴族の事なんて何も解らない。それなのに。私は不幸な女なの。可哀そうな女なの。だって、お義姉様が煩いんですもの」

周りにいた生徒や保護者達は呆れた。

ラウド王太子の愚かさに。

マリーナという女のおバカ加減に。

国王陛下が進み出て、

「ラウド。こんな女に夢中になるとは。王太子の資格なしだな。離宮に移り沙汰を待つが良い」

ラウド王太子は叫んだ。

「私はマリーナを助けたかったんだ」

王妃が毅然と、

「助けたかったって、勉強をしなさいと言われただけで不幸な女?虐められていた?信じられないわ。ラウド、貴方には失望しました」

ルイドは何も言えなかった。

可哀想なマリーナ。不幸なマリーナ。

自分だってマリーナを幸せにしてやりたいと、力になりたいと、頑張ったのだ。

泣くマリーナが可哀想だったから。一生懸命、勉強を教えたりした。

だからラウド王太子の気持ちが良く解る。

マリーナに踊らされたのだ。

近衛兵に連れて行かれるラウド王太子とマリーナ。

マリーナは泣きながら、

「私は可哀そうな女なのよっーー。ああ、助けてっーー。お願いだから助けてっーーラウド様ぁ」

ラウド王太子は答える事もなく、近衛兵に連れて行かれた。

その光景を見て胸が痛む。

私はマリーナが好きだったんだ。

あんな酷い女でもマリーナが好きだった‥‥‥

「ルイド様ぁ。お義姉様に虐められて、勉強が解らない私は可哀そう。そう思いませんか?」

泣くマリーナの為に、

「私が勉強を教えてあげるから。私は婚約者なんだ。一生懸命頑張ろう」

「嬉しい。頑張ります。私っ」

遠い日の思い出に、ルイドは涙するのであった。

マリーナはマルデ公爵家に戻された。

マリーナが会いたいと言っていると、マルデ公爵家から使いが来た。

馬車に乗ってマルデ公爵家に向かう。

公爵家に着けば、ベルハルト・マルデ公爵令息と、クラウディーヌ・マルデ公爵令嬢が待っていた。

ベルハルトは次期公爵として、期待される程に優秀なクラウディーヌの兄である。

ベルハルトはルイドに向かって、

「このたびは義妹が迷惑をかけて申し訳なかった」

「いえ、とんでもないです」

「マリーナが会いたがっている。会ってやってくれないか」

クラウディーヌの顔を見たら頷いたので、立ち上がる二人に着いて行くと、二人は地下へ降りて行った。

嫌な予感がする。

地下室の扉を開ければ、牢に入れられたマリーナがそこにはいて。

マリーナはルイドを見て、涙を流しながら、

「助けに来てくれたのね。ルイド様ぁ。私は可哀そうな女なの。お父様達が領地に行っている間に、こんな檻に入れられて。助けてっ。お願い。怖いのっ」

ドレスも卒業式に着て来たドレスのままで、顔も薄汚れていて、

ベルハルトはルイドに向かって、

「王家に義妹を始末しろと言われている。当然だろう?ラウド王太子を誑かしたんだ。この女はクラウディーヌを押しのけて、王太子妃になろうとした。我がマルデ公爵家の恥さらしだ」

毒の入っているであろう瓶を渡された。

「君だってこの女が憎いはずだ。だから、この毒を飲ませるがいい」

毒を?マリーナに飲ませる???

マリーナは泣きながら、

「助けて。ルイド様が好きなのっ。ラウド王太子殿下に騙されたのよっ。だから私、ラウド王太子殿下と関係をっ。本当に愛しているのはルイド様よ。だから助けてーー。ここから出してっ。ルイド様と結婚してあげる。ルイド様ぁーー。愛しているわ」

憎しみが湧いた。

愛しているって言われた試しがない。

いつも自分は不幸だ不幸だって。

今更、なんだ?助かりたいだけじゃないか。

酷い酷い酷いっ。なんて酷い。

だったらこの手で毒を飲ませて、殺してやる。

殺してっ‥‥‥

牢に近づく。マリーナは怯えたように後ずさった。

「怖いっーーー。死にたくない。死にたくないよーー。お願い。殺さないでっ。助けてーーー」

毒の瓶を床に叩きつけた。

「私には殺せない。一生、殺したら後悔する。泣き声が夜中に聞こえてくる。

一生、この女が心から離れないのは絶対嫌だ」

クラウディーヌがルイドの手を握り締めて、

「そうよね。こんな女の為に一生、貴方が苦しむことはないわ。お兄様。マリーナは修道院へ送りましょう。王家にはマリーナの命を助けて貰えるように頼みましょう」

ベルハルトはため息をついて。

「仕方ないな。ルイド。すまなかった。上に行こうか」

マリーナが叫んだ。

「ここから出してーーー。ルイド様ぁ。出してよ。お願いだからーー。私は可哀そうだと思わないのーー。出してーー。お願いだから出してっ」

客間でベルハルトとクラウディーヌとお茶を飲む。

ベルハルトが、

「来てもらってすまなかった。君も被害者の一人だから‥‥‥」

ルイドは首を振って、

「いえ。マリーナを殺さないで大丈夫ですか?王家が文句を言いませんか?」

クラウディーヌが、

「王妃様にお願いするわ。わたくし、王妃様と仲が良いの。だからお願いしてみるわ。さすがに殺すのは後味が悪いもの。あんな酷い女でも‥‥‥」

ぽつりとクラウディーヌが呟いた。

「わたくしの義妹ですから」

今回の件で、クラウディーヌも傷ついたであろう。

ルイドはそれでも、マリーナの命を心配するクラウディーヌの優しさと、乙女心の複雑さを思ったのであった。

クラウディーヌとラウド王太子殿下はお似合いのカップルだった。

マリーナが現れるまで仲は良好だった。

それなのに……

心の傷は深いのだろうなと、その痛みを思いながら、出された紅茶を飲むルイドであった。

マリーナは修道院へ送られた。

王家はそれを許可したとの事。

ラウド王太子は、離宮に閉じ込められていたのだが、病死したと発表された。

人々は、

「本当に病死か?変…辺境騎士団に攫われたのか?奴らはどこにでも現れるぞ」

「それとも王家が極秘に始末した?毒でも盛ったのか?」

と噂した。

霧雨が降るどんよりとした日、

喪服を着て一人の女性が王家の墓の一つに花を持ってたたずんでいた。

お墓の石にはラウドの名が刻んである。

ルイドはお墓に花を手向ける女性に声をかけた。

その女性はクラウディーヌだ。

「クラウディーヌ様。ベルハルト様が貴方がこちらにいらっしゃると。貴方に会いたくてここに来ました」

クラウディーヌは花を手向けながら、

「ここにラウド様は眠っていらっしゃるのかしら?それとも、どこかで生きていらっしゃるのかしら……でも、わたくしの中ではラウド様は死んでしまったのだわ。マリーナに心を移した時から‥‥‥わたくしね。ラウド様を愛していたの。世界の中心がラウド様だったの」

「解ります。私も世界の中心がマリーナだった。私もマリーナの事を愛していたんだ。認めたくないですが」

そう、きっと好きだった。愛していた。

認めたくない。でも、マリーナの事が心に刻まれて。

勉強を頑張るマリーナ。

虐められたと泣くマリーナ。

最後に牢の中で、愛していると泣きながら叫ぶマリーナ。

忘れられない。

忘れる事なんて出来ない。

クラウディーヌが立ち上がった。

まっすぐルイドを見つめて、

「わたくしと婚約を結ばない?ルイド」

「え?クラウディーヌ様」

「わたくしを気にしてこちらに来てくださったのでしょう」

「でも、身分が‥‥‥釣り合いません」

「厄介者の義妹を押し付けたお詫びがしたいわ。わたくし、これから婚約者を探さないとならないの。ねぇ、どうかしら」

手を差し出すクラウディーヌ。

ルイドはクラウディーヌのその手に手を添えて、

「エスコートしてよろしいですか?クラウディーヌ様」

「よろしくてよ」

クラウディーヌをエスコートして歩き出す。

きっと‥‥‥過去は捨てることが出来る。

いや、捨てるのではない。

新たな幸せで塗り替えるのだ。

傷ついた心はきっと、幸せで塗り替える事が出来る。

ふと、空を見上げれば雨が止んで虹が出ていた。

二人のこれからを祝福するように綺麗に空に虹がかかっているのであった。