軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

98 番

「エメル、私にこの卵の〈魔親〉になってほしいってこと?」

私はこの年で、二人の子持ちになるのだろうか?

『いや、この卵は神殿で管理されている。横取りしたらタダでは済まないよ』

「そうか……そうよね……」

ドラゴンの卵なんて……宝そのものだ。

『それに……クロエはガイアが見つけてくれた、俺だけの〈魔親〉だ。誰とも……分かち合いたくない。ジュードもそうだ』

エメルはどこかバツの悪そうな様子でそう言った。私を他のドラゴンと分けあうのが嫌みたいだ。これまでずっと助け合って生きてきたから? それが執着だとしても、信頼の一つのようで、ちょっと嬉しい。

『……でも、見つけた以上、このまま腐っていくのを見つめ続けるのは……苦しい』

エメルが顔を歪める。

「そうだね……この子の今の〈魔親〉って誰かわかる? 大神官様? そもそもこの台座に置いてる状態いいの?」

『台座は神殿の孵化のルールじゃないのか? 俺は孵化待ちのあいだ、クロエに抱かれて過ごして快適だったが、並の人間があれをやれば魔力が枯れるからね。大神官は〈魔親〉じゃないだろう。寿命の短い年寄りを〈魔親〉にしても、人にとっては益がない。従わせる時間が短くなるだろ? この大神殿で、〈光魔法〉で魔力多めの若手となると、おそらくリドだな』

「リド様か……」

『俺は、クロエがリドの魔力量底上げに付き合って、何とか誕生させられないかと思ってる。そして神殿に恩を売ることで、〈魔親〉になったのちにふざけた命令をドラゴンに下さない確約が欲しい。ドラゴンとて、心がある。非道な行いはしたくない』

「確かに神殿がドラゴンを囲えば、国の勢力図が大きく変わる……だからこそ、そんなこと納得させられるかな?」

大神官もリド様も曲者だ。私の話術では、逆にリド様に言いくるめられるのがオチだ。

『……とりあえず、孵化させるのが第一だ』

「ねえ、リド様って魔力量伸びそうなの? そもそも時間的に間に合うの?」

『リドの姿勢如何だな。間に合わなかったら……これも石になる』

時間がない。でもどうやって切り出したものやら……

「こんな奥深くに押し入った時点で、信頼関係が崩れそうだよ。辻褄合わせにじゃんじゃんエメルの名前出すしかないかな」

『やむを得ない』

二人で、生きるか死ぬか瀬戸際の卵を、眉間に皺を寄せて眺める。

「ところでエメルがドラゴンの〈魔親〉にはなれないの? 魔力、有り余ってるでしょ?」

『おかしなことを。ドラゴン同士なら〈魔親〉じゃなくて親だよ。それ以外にない』

そういうものらしい。

『でも待てよ? 俺の魔力なら、人間の魔力と違い馴染むか。ドラゴン同士が交流できる時代が彼方になってたから……』

エメルは私の腕から飛び出て、そっと卵に触れた。一瞬薄緑に卵が光った。

「魔力を与えたの?」

『ちょっとだけね。リドが草の魔力に気がつかないくらい。これで俺の魔力がこいつの体の一部になって、俺の存在を刻んだ。おそらく本能的に俺に逆らえなくなったはずだ』

「ふーん。大好きだけどめっちゃ怒ると怖いお兄ちゃんみたいな感じかな?」

私の兄のような。

『いや、どちらかというと……番だな』

「は? 番って……いいの? 生まれる前からお互いに?」

番とはきっと結婚するということだ。思いもよらない展開に、目が丸くなる!

『無事生まれたならば構わない。結局俺が生まれてから今まで、一度も他のドラゴンに出会ったことがない。互いしかいないのであれば、番うのが必然だ』

チチチっと小鳥が鳴き、梢を揺らして飛んだ。

『そろそろ時間だ。戻ろう』

「うん。あれもこれも全部、きちんと考えなきゃ……」

『……俺は一旦ローゼンバルクに戻るぞ。時間が惜しい』

「わかった」

◇◇◇

三日後、エメルが兄を草網に入れて戻ってきた。祖父は私と兄を一度に領外に出すのを渋ったけれど、兄が譲らなかったらしい。エメルが二人を守ると言って加勢して許された。祖父を草網にってのも……無理だ。

兄の来訪を受けて、一旦神殿の借り部屋を引き払い、ローゼンバルク邸に戻る。

そして、最善と思われる策を、ミラーもまじえ遅くまで話し合い、正式な暇の挨拶の機会を大神殿に願い出た。

「クロエ。俺に全て任せてくれる?」

「もちろんです」

兄を信じず、この世の何を信じて生きるというのだろう?

◇◇◇

「これは……次期辺境伯殿ですか、はじめまして」

「大神官様、この度は妹、並びにアーシェルが大変お世話になりました」

兄が来ると知ったからか、今日の会合にはリド様も同席された。

次世代の国の重要人物同士、顔を知っておいて損はないというところだろう。

今日の兄は祖父の代理。カチッとしたスーツ姿で水色の髪をオールバックにして襟足で結び、表情ひとつ動かさないさまは少し恐ろしいほどだ。

「いやいや、クロエやアーシェルやミラーという若い世代のがこの古い大神殿にやってきてくれて、爽やかな風が通ったようでしたよ。ねえ、リド?」

「はい。せっかく同世代の方とお勤めができましたのに、お別れとは残念です。でも、クロエとはリールド学校で会えますね? アーシェルとも来年から。今後とも仲良くしてください」

リド様が、無難な笑みを浮かべてそう言った。

「今回私が祖父の代理として大神殿にお伺いしましたのは、お礼が第一ではありましたが、あと二つ目的がありまして」

「ほお、次期殿直直に出向かれた、その目的とは?」

「一つは、ここにいるアーシェルがジーク神の下に入信したいと申しております。我々としては本人の意思を尊重したいと考えております」

大神官はアーシェルに向き直った。

「アーシェル?」

アーシェルは緊張した面持ちながらも、真摯に自分の思いを言葉にする。

「こ、こちらで過ごしたこの二か月あまり、私はようやく呼吸ができて、心の不安が消えました。できるならば、これからも日々お勤めして、少しでも困っている人の役に立って生きていければいいと思っています。あの……先生のように……風魔法で……そして先生に本当の師になってほしい……」

ああ……師弟関係を願うほど、カリーノ神官に心を寄せているのか。

私はかつて、トムじいのスズランと絡み合っていた、手首の寂しいマーガレットを見下ろす。

「……領地はどうされる?」

「王家にお任せします。国領となっても、遠い親族を見つけて跡を継がせても。無責任なようですが、13歳の私の手には余るのです」

「ふむ……辺境伯も次期殿もそれでいいと?」

「我らはモルガン領に興味はない。統治はローゼンバルクだけで手一杯です」

兄はキッパリと宣言する。モルガンへの権利を主張などしたら、ローゼンバルクは反旗の恐れ有り! と思われてしまうだろう。

「あれほどに肥沃な土地を手放すか……」

「手放すにあたって、アーシェルが生きていくことができるくらいの金子を、これまでの褒賞として国に求め、神殿に入信が叶った暁にはその一部を寄進させていただくことになると思います」

兄が淀みなく答える。

「……全てアーシェルの裁量内で行うということだね? なるほどなるほど」

「しかし、入信には一定の基準があります。保証人も。それをクリアできますか? ローゼンバルクがいざというときの後ろ盾と考えても?」

リド様が確認してくる。やがて神殿を背負うものとして、出来るだけ面倒がおきないよう、担保が欲しいのだろう。

「アーシェルはローゼンバルク辺境伯の孫で、クロエの弟。私の時代になってもいざというときは後ろ盾になるとお約束しましょう。しかし、いざというときは来ないでしょう。アーシェルは金に代え難い、神殿に貢献する力を持っておりますので」

「ほう?」

大神官様が、ピクリと片方の眉を上げた。

「その件と関係する話になりますが……先ごろ、我がローゼンバルクのドラゴン様より、お言葉がありました」

「ローゼンバルクのドラゴン様から……神託ですと? 我々が聞いてもよろしいのか?」

「はい。神殿に関わることですので」

「はて……何やら恐ろしいですな……拝聴いたしましょう」

「神殿の卵は我が番、孵化させるべし、と」

大神官、リド様、付き人の皆様、わかりやすく絶句した。