軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

166 【小説三巻発売記念!】師の遺言(後)

生きる意味が見つからないのであれば、臣下と辛苦を共にする、大恩あるお館様に一生を捧げようと時を重ねて数年。嫡男を失ったローゼンバルクは再びお館様を頂点にした組織に組み直され、俺はお館様の副官となった。俺の子爵という肩書きが役に立つのなら、どれだけでも使ってほしい。

ますます忙しいこの地とお館様を支えていると、お館様の孫がローゼンバルクにやってきた。エリー様の娘だ。

エリー様はお館様には悪いがクソみたいな女だった。貴族を知る俺から見ても、最高の部類に入る男のベルンを婚約者に持ちながら、「子爵」という肩書き目当てに俺にまで言い寄ってきた。とてもお館様には言えないが。

「ねえホーク。私を王都に連れていって? 子爵として王宮にも出入りしていたそうじゃない? さぞや煌びやかで素晴らしい毎日だったでしょうね?」

「……ええ。あの王宮はエリー様にピッタリですよ」

利己的で軽薄なところが。

そんなエリー様がモルガン侯爵に見染められ、辺境を出ていったときは、厄病神が消えたと生前のポアロ様やゴーシュと万歳をしたものだ。長い目でで見れば、ベルンもその幸運に気づくだろう。

そんなクソみたいなエリー様だとしても、まさか自分の娘を殴るなんて思わなかった。

その光景を見て、どんな魔獣を前にしても動じなかったお館様の体がワナワナと震えた。

クロエ様の手紙を、屋敷を長く空けていたとはいえ一年もの間放置したことを心底悔いたお館様は、力ずくでクロエ様を連れ出した。

高位貴族であるにも関わらず見捨てられ、たった六歳だと言うのに尋常じゃない強さ。それは役に立たなければ居場所がないと思い詰めて身につけた生きるすべで、諦めきった瞳で甘えられない女の子。そんなクロエ様に似た少女を俺はよく知っていた。彼女も幼い頃の無茶なレベル上げで、落雷の痕を数多く肌に残していた……。

俺はリリィの子ども時代を救うことはできなかったけれど……クロエ様はまだ間に合う。

子どもは遊んでいいことを、楽しむことに罪悪感を持つ必要などないことを教えてやりたい。

とはいえ……子どものいない俺にその効果的なやり方などわからない。

「ゴーシュ、クロエ様を子どもらしくするにはどうすればいいんだ?」

馬の世話をしながら、子持ちのゴーシュに問いかける。

「そんなの俺だってわかんねえよ。でも、察するにしないでいい苦労を山ほど背負わされてる。ひたすら甘やかしていいんじゃないの? もし間違ってたら、誰かが注意してくれるだろ? 俺の嫁あたりが」

そうだ。一人でやろうとする必要はない。ローゼンバルクは皆で支えあって生きているのだから。

俺とリリィが倒せなかった魔獣をお館様が倒せたのは、一人ではなかったから。あのとき俺たちにも連携できる仲間がいれば……何百回目かの後悔が押し寄せるが切り替える。

「とりあえず、この屋敷に馴染んでもらおうか。この屋敷にクロエ様の敵はいないとわかってもらわないと」

「そうだな。そのうちトリーを連れてくるよ。侯爵家では子ども同士で遊ぶなんてなかっただろうしな」

早起きして、庭でポツンと所在なさげにしていたクロエ様を抱き上げる。目が見開かれたが、嫌がられてはいない。よかった。

「クロエ様、お仕事です。お館様とジュード様を毎朝起こしてくれますか? さあ、行きますよ!」

俺の様子を見て、屋敷の使用人は全員クロエ様への方針を納得して、積極的にかまい倒すようになった。

クロエ様は少しずつ明るい笑顔を見せるようになったが、どれだけ甘やかそうと謙虚なままだった。

「ねえホーク、どんなお薬を作ったら嬉しい?」

「そうですね〜どんだけ飲んでも二日酔いにならない薬かな〜」

「……お酒、飲まなきゃいいじゃん。あ、リンゴがなってる! おにいちゃまが好きだから持って帰りたい」

「いいね」

クロエ様を肩車すれば、かわいい手を伸ばして、リンゴをもいだ。

「……はい、これはホークのぶん」

「……ありがとう、クロエ様」

真っ赤になりながら勇気を振り絞り差し出す姿はあまりにいじらしく、ぎゅっと抱き寄せ頰ずりする。

「ホーク! おヒゲがチクチク痛いー!」

クロエ様は可愛い口を尖らせた。

そんな健気なクロエ様は、冷え切ったジュードの心を温めた。

「ホーク、少し時間ある? 剣術習いたいんだけど」

「ジュード……お前、狩りから帰ったばっかだろう? 魔力かなり減ってるぞ」

「もっと強くなりたいんだ。俺は……クロエの兄だから」

「……そっか。じゃあ、多少無理しねえとな」

お望みどおり鍛えよう。ジャックとポアロ様の分まで。

ジュードがクロエを肝心なときに守れるように。俺のような想いをしないで済むように。

俺は片手剣を、ゴーシュは暗器を徹底的に仕込む。

「ジュード様、クロエ様を守るためには、力だけでは足りません。相手は侯爵家なのですから。きちんとした知識を身につけないと。多少汚い手段も……ね?」

ベルンも悪い笑みを浮かべて、頼まれてもいないのに参戦する。

「ちょ、ちょっと待て! 確かに強くなりたいって俺が言い出したけど、こんなハイペース!? お、おじい様っ! 止めて!」

「ふっ、ジュード、妹のために頑張れ」

「え、おにいちゃま、今、戻ったばかりなのに、もうお勉強なの? スゴイ! おじい様、おにいちゃまってかっこいいねえ」

「そ、そうでもない。このくらい普通だ。行こうベルン」

ジュードの顔に子どもらしい表情が戻った。

ローゼンバルクは長く暗い冬から抜け出した。

◇◇◇

クロエと潜ったダンジョンでドラゴンと出くわしたのには驚いた。

これはさすがに……生きていて心底驚いたこととしてリリィに報告できると思った。

ローゼンバルクではクロエはじめ、ジュード、ダイアナ、トリーと威勢のいい子どもたちがスクスクと育ち、彼らが辛い目にあったときに保護者として手を差し伸べながら生きるのは、悪くないと思いはじめた。

皆、真っ直ぐで思いやりのある子で、今後のローゼンバルクが楽しみだ。

しかし、慎ましく生きるローゼンバルクに最悪の危機が訪れた。エメル様とクロエが誘拐されたのだ。

またしても王家。俺のリリィを奪っただけでなく、娘と慈しんで育ててきたクロエを……。

しかし、ジュードが冷静に大神殿の協力を仰ぎ、終わってみれば、見事な手腕でクロエとエメル様を取り戻した。

いや、手腕じゃない。愛だ。

ローゼンバルクの次代を担う若者たちは皆、すっかり一人前になった。

そうして全て然るべき形に戻ったものの、大神殿に戻ってきた関係者は皆、魔力切れと心身の疲労で倒れた。

囚われていたクロエにエメル様、そして救出に全力で臨んだリド様にアーシェルにルーチェ様。

五人が大神殿の神域にあるルーチェ様の社に並んで横たえられ、白い顔をして死んだように眠る姿は恐怖でしかなかった。

「エメルはもちろん手加減してクロエから魔力を吸引したけれど、そのエメルもギリギリだったしな」

ジュードがクロエの頰にそっと触れ、切なげにただ一人の愛する女を見つめる。

そんなジュードの肩に手を置き、勝手にジュードをかつての自分と重ねる。

クロエは死なない。やがて時間がかかろうが回復する。俺のときとは違う。でもピクリとも動かず、髪をバサリと刈られた姿は見ていられない。我が子と思い、この十年愛してきたのだ。

何か俺が皆の回復を手助けする技を持っていればよかったのに。胸がキリキリと痛む。

力不足を恥じ、目を閉じて肩を落とすと、なぜか、一人でにジュードの肩に置いた俺の手が持ち上がった。

「な……」

この感覚は……リリィを見送ったあの時の……。

その腕の、捲り上げた袖の隙間から、春の日差しのような光が溢れ出る! やがてそれは室内全体を包みこんだ。

「ホーク? 一体?」

ジュードが息を呑みながらたずねる。

「いやジュード、知らん。俺にもわからん」

首を横に振りながらなすすべなく、されるがままになっていると、やがてその光はその場の人間全てのなかに吸収され、不思議な時間は終わった。

「っ! エメル!」

「リド! アーシェル!」

唐突に眠っていた三人が目を覚ました。ぼんやりと辺りを見回している。皆一斉に駆け寄りそれぞれの様子を確認する。

そんななか俺はそろそろと、服の袖を肩まで引き上げた。

俺の腕にたった一つ残っていた稲妻模様が消えていた。

「どうして……」

俺とリリィの絆が消えた。襲いくる消失感になすすべなく佇むと、大神官が目の前に現れた。

「その腕……師弟契約紋ですな。ジルニー卿、あなたの師はどなたですか?」

「……リリィ第一王女殿下」

その証拠はたった今消えてしまったが、と思いながら答えれば、大神官は瞠目したあと、小さく頷いた。

「そうですか……さすがリリィ殿下……。今の魔法は〈光魔法〉の中級治癒魔法です」

「〈光〉? だが、殿下は〈雷〉だ」

リリィも俺も。

「適正関係なく王族の女性は神官同様に嗜みとして〈光魔法〉を学ぶ伝統があります。神殿への訪問回数からするに、今の王妃もエリザベス殿下もそんな伝統、不要だと早々に切ったようですが」

適性でない〈光魔法〉まで学んでいたとは、リリィは死んだあとも俺を驚かせる。首を回らせば、エメル様はすでに飛んでルーチェ様のそばに行き、リド様とアーシェルは、しっかり起き上がって医者の診断を受けている。症状の軽かった三人は今の魔法でほぼ回復したようだ。

「なぜはじめからこの魔法を使ってくれなかったのですか? 〈光魔法〉マスターが山ほどいるこの大神殿ならば簡単なことでしょう?」

大神官に恨みがましくそう言えば、大神官は真剣な顔で俺としっかり目を合わせた。

「ジルニー卿、今の神業は『国母の慈悲』と呼ばれるもの。我々では扱えぬ王家の秘術なのです。歴代の王妃に口伝されると聞いております。リリィ殿下は母殿下から受け継がれていたのでしょう」

「『国母の慈悲』……」

王家の秘術ゆえ、弟子の俺に継承しなかったということ?

「その名のとおり、術者である王族の、他者への深い愛情が発動条件と聞いております。過去、疫病で苦しむ何万という民を、時の王妃がこれにて癒したという記録が残っています。それにしても、王家の呪具で苦しめられ、王家の技で癒されるとは、調和とでも言おうか……事実とは想像を絶しますな」

大神官の説明に、思わず天を見上げ……呟いた。

「リリィ……あなたは死してなお、国民を助けんとするのか……」

王族として、またしても責任を果たしたのか? その純粋すぎる献身と、あまりの報われなさに、顔を歪めた。

すると、

「……それはどうでしょうか?」

大神官はまだ俺の前にいて、首を僅かに傾げた。

「皆を助けたいと願うあなたを助けたかったのでは、ないだろうか?」

「……え?」

「リリィ殿下のあなた宛の愛だと、私は思いますよ」

大神官は目を細めて微笑んで、右手で鎮魂の印を切った。

『愛してるわ、ホーク。私の分まで生きて』

脳裏に、あの彼女の死に際ではない、甘く、温もりある声で再生された。涙が込み上げ、俯いて社の外に出ると、神域の森はやがてくる夕立の匂いが立ち込め、遠くでゴロゴロと雷の鳴る音がした。

「リリィ……あなたって人は……」

空を見上げて苦笑して、ポツポツと顔にあたる雨に紛れて、泣いた。

ルーチェ様の魔力の回復も目に見えて速くなり、数日後、かわいいクロエは目覚めた。

結局弟子は、倍以上生きたところで師匠に一生敵わないのだと悟った。

◇◇◇

◇◇◇

◇◇◇

「ホークおじいちゃん、はい! この子、抱っこしてあげて?」

「クロエ様、おじいちゃんだなんてひどい!」

「だってホークは私のおとうちゃまでしょ? ならこの子のおじいちゃんじゃない」

「違うぞクロエ、ホークはおばあちゃんだ」

「おいジュード、ちょっと表に出ろ。まだまだ若いもんには負けん」

「えー、クロエ様、なんで俺じゃなくてホークに先に抱かせるんだよ」

「ゴーシュはトリーがそのうち孫を抱かせてくれるでしょ。ベルンもそう。だからうちの子のおじいちゃんはホークに決定なの」

「……ひょっとして、わしはひいじいさんなのか?」

『当たり前だろ? 何言ってんだ、リチャード』

リリィ、あなたがいない人生はやはり寂しく、苦しい。

でも、あなたと出会えた。そして孫ができた。幸せだ。