軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

165 【小説三巻発売記念!】師の遺言(前)

「愛してるわ、ホーク。私の分まで生きて」

それは残酷な、呪いの言葉。

◇◇◇

私の愛した女は、この国の王女だった。

彼女の母親である王妃は、地方の慰問中に、なぜかいるはずのない魔獣にピンポイントで襲われ殺された、と公式にはなっている。骸はなんの凶器で? やられたのかわからないほど傷ついていたそうだ。

そして、国民の悲しみが癒えるより早く、国には早急に王妃が必要だという圧力に負け、王は国内一の力を持つ侯爵の娘と結婚した。そしてすぐに王子が生まれた。

王女の母だった前王妃の生家は、その侯爵家に比べると圧倒的に地位が低く、彼女の後ろ盾にはなりえなかった。

はじめは彼女の身分を知らずに出会った。〈雷魔法〉適性に伸び悩む私に、兄嫁が「ちょっと訳アリの指導者でよければ紹介するわ。ただし他言無用よ」と紹介してくれたのだ。

あとから知れば、兄嫁と王女は同じ一族で、年下の子どもを指導することで不遇な王女の気が少しでも晴れれば、と思ったらしい。

王都のはずれの小さな離宮(そこが離宮であることも知らなかった)を訪ねると、恐ろしい稲光りが絶え間なく落ちていた。その光景の美しさに唖然とし、すぐに自分との実力の差を受け入れた。

そこにいたのは雷光のような金髪に蒼い瞳(よく考えれば王族の色)がどこか寂しげな小柄のお姉さんで、自分よりずっと魔法レベルが上と今知ったばかりなのに、なぜかほっとけなかった。

子どもの遠慮のなさで、私はずいずい話しかけて、彼女が王女と知ったころにはずいぶんと打ち解けていた。

「ねえ、どうしてそこまで真面目に鍛錬するのさ」

「だって……私には国民を守る義務があるのよ。それに強くなければ母のように……」

私は呆れたように彼女を見た。虫も殺せない人が何を言ってるんだか。彼女は出会った時点ですでに〈雷魔法〉マスターだったけれど、とても人に向けて攻撃できる性格ではなかった。私が擦り傷を作るだけで痛いわよねとオロオロする、優しすぎる人だった。

「無理しちゃって……私はあなたほど魔法のレベルは強くないけれど、でも体術も剣術も学んでる。やがて体も大きくなる。私が殿下を守ります」

「……もう、ホークってば。生意気よ」

そう言って笑いながら、視線を斜め下に流す王女。王女は私を、いや他人を信頼していなかった。命が狙われたのは自分の母だけではない。王女自身も何度も命を狙われていたのだ。それも、この安全なはずの自分の宮の、仲の良かった侍女に。

父親である王は、そんな彼女に表立った援助をしているようには見えなかった。

強いけれど弱く、子どもの私に甘い王女のことを、私は大好きだった。だからいろいろ考えたすえ、私は師弟の本契約をねだった。

「殿下、私はあなたの〈雷魔法〉をぜーんぶ吸収したいんだ。お願いします! 殿下だってせっかくレベル88まで上げて身につけた技を、誰にも伝えないのは嫌でしょ?」

「それは確かに……誰かに引き継いでほしくはあるけど、でもホーク、私より素晴らしくて……その、立場が複雑じゃない師匠がいるかもよ?」

「殿下は私以外で〈雷魔法〉の人間と会ったことある?」

「ん、ないわねえ」

「じゃあ、これからも現れないよ。現実を見て」

「……そうね。……ありがとう、ホーク」

私たちは師弟契約を交わした。それは私が決して裏切らないという覚悟の表明ということくらい、賢い彼女には伝わった。

王女は諦めたように少しずつ、私にささやかな本心を明かし、甘えるようになってくれた。

そうするうちに私も子どもを脱し、自分を導く腕を持ちつつ、儚く優しいお姉さんへの親愛は、胸を焦がす恋情に変わった。

「殿下、リリィ姫、あなたが好きです」

「ホーク……」

契約している私が、軽率なことを言うわけがないと王女もわかっている。その場を誤魔化してやり過ごすなんてことはできない。

「殿下が難しい立場であることも何もかも知ってる。でも、あなただけなんだ。あなたの全てが欲しい。あなたの隣にいたい」

そのまま押して押して、優しい王女は私のお姫様になった。三つ年上だったけれど、驚くほど世間知らずなところもあり、ひたすら可愛く、離宮での些細な出来事に二人で笑う、楽しい日々だった。

野に咲く花が好きで、摘んで髪にさしてやれば、恥ずかしそうに笑った。抱きしめればホッとしたように力を抜き、体を預けてくれた。

末端貴族と王女の恋愛は、国の権力から遠ざかるもので、第一王子一派にとって都合の良いものらしく、問題にされなかった。さすがに結婚となれば多くのハードルがあることはわかっていたが、それも丁寧に解決すればなんとかなるのではないか?

……と思ったのが間違いだった。結局私は若くて浮かれていたのだ。王位を欲しがる人間にとって、王女の存在は生きているだけで邪魔だった。

守られるべき王女に出陣命令が下った。ズル賢い弟王子の懇願という形で。彼女は正しく王族で、逃げ場などなかった。

「愛してるわ、ホーク。私の分まで生きて」

リリィは王都の民の最後の砦となり、死んだ。

彼女は英雄になり、彼女に棺が行進する国葬には彼女が生きていれば驚くほどの人間が集まった。彼女は王家の霊廟に閉じ込められる。私は二度と会えない。

他ならぬ彼女の遺言により、追うことも許されない。

魔獣との戦闘を想像もできない奴らが、贅を凝らした喪服を来て、サメザメと泣いてくれる。

そいつらをクソと思い、結局隣に立ちながら彼女を守れなかった自分を一番クソと思った。

軍服の上から己の腕に触れ、一つを残して消えた彼女の稲妻模様を思う。全ての知識を惜しまず私に伝え、共にレベルMAXだった私たちには、彼女が死んでもキラキラとした涙のようなものが降り注いだだけで、なんの知識の継承もなかった。

ぼんやりと葬儀を眺めていると、ふいに額に血の滲んだ包帯を巻いた険しい顔をした男が、目の前に現れた。

「ホークと言ったか。リリィ姫を守れず、すまなかった」

「あ……とんでもありません!」

思わず姿勢を正す。

ローゼンバルク辺境伯だった。今回の戦いのいろんなお飾りの役職を省いた、事実上の総大将。戦場にて何度も戦い慣れていない我々王都の兵を鼓舞し、助け、私の王女が相打ちした災害級の魔獣を、臣下と陣を組みたて二頭も殺し、まだここにこうして立つ最強の男。

私に、この方ほどの力があれば……。ぎりっと下唇を噛み締める。

すると辺境伯は私の肩に静かに手を乗せた。

「……わしと、来るか?」

辺境伯の達観した瞳は、あの戦闘の苦しみを、リリィの奮闘を、戦いのあとのやるせなさを、もう、私はこの嘘っぱちだらけの王都で生きることなどできないと思っていることを、全て知っていると物語っていた。

胸が詰まった。ただ頷いた。

親が餞別に「子爵」をくれた。そんなものいらないと言うと、それが辺境伯の力になることもあるのだと諭され、思い直した。義姉は私の王女と少し似た顔を涙で濡らして、見送ってくれた。

俺はホーク・ジルニー子爵になり、骨を埋めるつもりでローゼンバルク辺境伯領に旅立った。

◇◇◇

辺境は一言で言えば慌ただしかった。魔獣討伐に隣国との小競り合いに内政、いくらでもやることがあった。それを先頭に立って全力でやっつけるお館様と家臣団。全ては領民とともに、この厳しい土地で生き抜くために。

それはひたすらシンプルで、なんの疑問も挟む余地がない労働。一致団結せねば解決しないものばかりで、あっという間に俺もローゼンバルクの一員になれた。

お館様は清々しいほどに、王都を、王家を見ていなかった。それは小気味よく、俺を慰めた。

しかし、それは厳しい局面であっても、援軍が来ないということ。まあ要請したところで、使える兵をよこしてくれるとも思えないが。

ローゼンバルクは暗い時代に入った。俺よりも若い、大切な家族のいる大事な命が次々に消えた。余所者の俺を豪快に受け入れたジャックや、次期領主で、お館様の才能もリーダーシップもカリスマ性も全て引き継いだ、我々の希望だったポアロ様に溌剌と屋敷を明るく包み込んでいた奥様。

「ホーク……愛する者がこうも一瞬で散ると……さすがに堪えるな」

そう漏らした翌日も討伐に出るお館様。

そして二度も親を失い、子どもらしさをすっかり失った、残された子ジュード。

今年は特に寒さが厳しく、皆の墓に手向ける花も手に入らない。

せめてポアロ様の好きだった酒を振り撒く。

「リリィ……本当にこの世に生きる意味などあるのだろうか?」

胸元のロケットに入れた、小さな髪束を眺めて呟いた。