作品タイトル不明
147 全貌
「〈時空魔法〉で時が戻せると仮定したとして、新しい時間の中で、自分の思い通りの展開になるとは限らないでしょう?」
結局エリザベス殿下は王家の兄弟の中で一番年下なのだ。早いうちから兄たちを潰そうと暗躍するとしても、子どものエリザベス殿下にできることは限られるのでは?
「私の能力を疑うなんて、今回のクロエは言うようになりましたねえ。事実だけを見つめれば、私の話に矛盾がないことはわかるでしょう? 時を戻すことは当然〈時空魔法〉のレベル100で、おまけに自分の命と引き換えです」
「え?」
教授は自分の命も引き換えに? いや、 さっきは目を引き換えと言ってなかった? 混乱する。
「時を戻せばその前の自分が生きていようが死んでいようが関係ないでしょう? だからまあ、それはいいのです。よくないのは、失敗した時ですね。やり直してもう一回……なんて不可能ですから」
「…………」
「そして、時を遡ることに成功した術者には、当然前回の記憶が残ります。たどり着いた先でねじ曲げた時空間を修復して閉じなければならないので」
「そういう……ものですか……」
何が当然か、さっぱりわからないが、ひとまず相槌を打つ。
「すると王女が『私もこの場で死に、術の贄となる。自分だって時が戻るのであればこれからの生活など意味がない。だから私の記憶を残しなさい! いいわね!』と、命じたのです」
「そんなこと……可能なのですか?」
「身の程を越えた魔法を使うときは、贄を捧げる……と言った言い伝えは全ての魔法にあります。結果的に、可能でしたね。今回改めて出会った幼い王女に記憶があったから」
「そんなの……そんなの断れば良かったじゃないですか!」
たとえ私の二度目のこの人生が、前回よりも幸せだったとしても、王女の私欲で時を戻すなんて、どう考えても間違っている!
「無理ですよ。私の妹は人質のままだった。もし、失敗して、王女が生き残ったら、妹はおぞましい目に遭わせたあとで、なぶり殺しにすると言われました」
「………」
ぎゅっと下唇を噛んで耐える。
「そもそも初めての術の上、イレギュラーな王女の注文。妹のために失敗できない。私は大きなプレッシャーの中で術を行使し、過去に戻った時に時間の奔流を制御できず、この目を贄にした。結局、完璧な勝者は王女だけです。恐ろしい悪運の持ち主ですよ、あの方は」
教授ははあ、とため息をついて、ぼんやりと見上げた。
「私にはなぜ記憶が残ったのですか?」
「わかりません。ただ……」
「ただ?」
「術をかけ、時間を渡るときに……クロエのことを一瞬思い浮かべました。真摯にビーカーに〈草魔法〉の魔力を注いでいるあなたと、獄中で死を目前にしているあなたを。思い当たるのはそれだけです」
ひょっとして教授の後悔が、イレギュラーを引き起こした? いえ……きっと、誰にもわからない。
「ここからは、今回の人生の話です。記憶を持って過去に戻った王女は、前回の成功はそのままに、失敗は繰り返さぬよう行動しました。具体的には、やはり人質を取って身の回りをMAXクラスの魔法師で固め、四大魔法以外の使える人間を訓練した。そして、ドミニク殿下の周りに賢い付き人がつくのを妨げ、甘い汁のみ与え、ガブリエラ嬢にも、早いタイミングで出会い王宮に招き、高価なプレゼントを贈り、欲を覚えさせました」
「ガブリエラ……そんなに付き合いが長いのに、あっさり殺したんですか?」
「王女にとって、ガブリエラ嬢は依然、前回王位に着くのを邪魔した女です。相当嫌っていました」
「ではなぜ教授と私は今、この牢にいることになったのでしょう?」
王女をサポートし続けた教授と、今回王女の視界にも入らなかった私。
「クロエ、君が、前回と全く違う行動をしたからですよ……まあ、記憶を持ってるなら、さもありなん、だね」
「私の行動?」
小さく首を傾げた。
「王女はまた〈草魔法〉のせいで卑屈になり、愛情に飢えているクロエを懐柔し、前回同様に私の研究室で最高級の毒薬を作らせて、その力で王位を取ろうと思っていたのです。今度はドミニク殿下の発言は重く受け取られない土壌になっていますからね」
何度、生を繰り返そうと、王女にとって他人は道具らしい。
「だが、王女が自然に自由に動けるような年頃になる前に、君はローゼンバルクに逃げていました。そして〈草魔法〉を極め、前回よりもうんとタフに育ってしまっていた。それがわかると、王女はますます君に固執したのです」
「なぜ、私なのでしょう。今回私を捕まえたジャックたちは、私よりも強かったです」
エメルさえ人質に取られてなければ、意地でも負けなかったけれど。
「密かにバカにしていた相手が自分よりも強かったことが単純に面白くなかったのではないかと推察します。是が非でも屈服させたかったんじゃないのかな? それとね、足がつかない殺人は、結局クロエの毒以外ないのです。使う使わないというよりも、国王陛下へのアピールでありプレゼントとしてこれ以上ないものです」
私に無理やり毒薬を作らせて、それで兄王子たちを破滅させるだけでなく、交渉の手土産にしようとしていたの? 本当に腹が立つ。
私がどんな思いで前回今回と技を磨き、習得してきたのか知りもしないで。
「君を手元におこうと策を巡らしていると、ローゼンバルクにドラゴンが現れ、タイミングや色からおそらくクロエと親交があるのだろうと想像がつきました。扱いにくくなったクロエよりも、ドラゴンが手に入ったほうが、よほど王太子レースの勝負は完璧なものになると思った王女は標的をドラゴン一本に絞りました」
「王家はドラゴンを、どのように認識しているのかご存知ですか? 神殿は神同然と崇めていると聞きましたが」
「神殿にとってドラゴンは信仰の対象ですが、国にとっては……まあ、有り体に言えば最強の兵器ですね。はるか昔の書物によれば、多くのドラゴンを従えた国こそが、この世界を統べたと記してあります。各国は兵器としてドラゴンを衝突させ、そのためにドラゴンは絶滅したと思われていました。そんな存在が再び現れたのです。喉から手が出るほどほしいし……そのドラゴンが巣を作ったローゼンバルクを脅威と見做すのは当然の流れですね。そういえば、王女はあなたの領を内側から綻びを作ろうと、入り込める領境周辺の町でいろいろと工作していたようですよ?」
「それって……レナドの町のこと?」
「さあ、名前までは。一箇所ではありませんでしたよ。でも、すぐに企みは見つかって、ことごとく潰されたようでした」
まさか、我々を煩わせている原因の一端が、自国の王家だったとは!
こんなこと祖父が知れば……いや、賢い祖父は、きっと全てをわかったうえで、受け流していたのだろう。
きちんとした証拠が揃うまで、ギリギリまで耐えるつもりだったのではないだろうか? 国が荒れれば結局傷つくのは無辜の民だから。
そして私のエメルを……他国を侵略するための兵器にしようというの? 美しくも気高きドラゴンを!?
「王女は強引にドラゴンを引っ張り出し、かつてドラゴンを操るために使ったとされる古の魔道具を装着させることに成功しました。そして、自分の思い通りにならなかったクロエを痛めつけることもできました。今頃さぞやスッキリしていることでしょうね」
「……つまり、今回の王女の物語で、出番の終わった私たちはさっさと退場させられた、と?」
「ええ。唯一無二のドラゴンが手に入り、王太子がほぼ確定した今、彼女にとって取るにたらない小細工の道具でしかない私と君はもう用無しでお払い箱となり、投獄されたのです。捨てるには、知りすぎています。君の自白剤なんかあれば、これまでのことをペラペラ話してしまうでしょう?」
教授は右の眉をピクリと上げた。私の薬のことも、よく調べている。
「ははっ」
乾いた笑いが漏れた。教授の話は辻褄があっている。おそらく真実だ。