作品タイトル不明
146 巻き戻しの犯人
「は? 何を一体……」
「私の適性は〈時空魔法〉なんですよ」
〈時空魔法〉? そんなの聞いたことがない。知らない。
「時を戻すなんて絵空事です……できるわけがない」
「そうですね。レベルMAXなだけでなく、なかなか条件が難しいことは確かです。代償に、私のこの目やらエリザベス殿下の命やらが必要でした」
そう言って、教授は自分の左眼に触れた。どうやら、ザックが見破ったとおり、教授の目は見えていないらしい。さらには、
「エリザベス殿下の……命?」
「はい。エリザベス殿下はね、前回王太子になれないとわかって、私に巻き戻しを命じたのです」
もう、お手上げだ。これ以上、何も知らずにいることなどできない。
「教授、私に教えてください。何もかもを」
「ふふふ、クロエに頼られるなんて、懐かしいね」
『教授!私にご指導くださいませ!』
一度目、子犬のようにこの男に追い縋る自分を思い出し、顔を歪める。
教授はふぅと息を吐き、どこか遠くを見つめた。
「エリザベス殿下はね、あんなに可愛らしい顔をして貪欲なお方でね。王太子になることを熱望してるんです。昔も今も。でも彼女の適性は〈色魔法〉、力でねじ伏せるやり方には向かない。だからね、前回は力のあるものを従えて、王位を取ろうとしたんですよ」
ジャックやヒゲ男、そして目の前の教授を見ながら、今回も同じでは? と思う。
「どうやって、非力な王女が力のあるものを従えるのですか?」
「案外簡単なことです。人質を取るのです。二人」
「二人?」
人質が王女の常套手段であることはわかる。今私も祖父への交渉を有利にするための人質で、その私への人質はエメルだ。だが二人とは?
「そう。ひ弱な人質を二人。一人はターゲットの目の前で殺す。そして、もう一人もこうなってもいいのか? と脅す。ターゲットは残りの一人まで失うことは耐えられない、と、絶対服従を誓うのです」
……本当だとしたら、言葉もない。……悪質すぎる。
「教授……やけに、詳しいですね」
「まあ、実体験ですので」
息を呑む。
「つまり教授も……大事な人を……」
「王家には五歳の適性検査の結果が集まる。それで、珍しい〈時空魔法〉の私は見つかり、王家の管理下に置かれました。〈時空魔法〉のような特異な魔法の情報、使い勝手は、権力に固執する王家に脈脈と語り継がれていて……独占されるのです。そのための適性検査と言ってもいい。ああ、情報を独占することに関してはドラゴンについても一緒ですね。そして……エリザベス殿下が育つと祖母と妹を人質に取られ、祖母を殺された。たった一人の家族の妹を、失う選択などありませんでした。彼女がいなければ……私に生きる価値などない」
『好きだ、クロエ。お前は俺の生きる意味だ』
同じことを、私も最愛の人に言われたことがあるのを思い出す。
「……それは今の話ですか? それとも前の?」
「両方ですよ。知っていたところで、発見当時いつも農民の子どもの私に何ができますか? 今回も王家に監視され訓練されるうちに、エリザベス殿下が記憶を持ったまま誕生した」
教授なんて嘘つきで大嫌いだ。でも、でも、深い同情が湧き起こる。私が相変わらず甘ちゃんだとバレないように、内頬をガリッと噛む。
「……隣国の貴族出身というのは?」
「もちろんデタラメです。私が失敗した時に、自分と国が傷つかず、捨てやすいように作られた身分」
教授はふっと髪をかきあげた。現れた顔は思っていた以上に若かった。一度目の人生からずいぶん経ち、私の想像で老獪な男に補整されていたのかもしれない。
「命令により〈時空魔法〉をMAXまで成長させると、今度は有益な人材を見つけて育てろと私を学校に放り込まれました。教授としてねじ込まれたが、〈時空魔法〉は算術の理論と通じるものがあるから、大して苦も無く環境に馴染みました」
ザックが「至って普通の、眠くなる講義だ」と言っていたのを思い出す。教授は確かに凡庸に、溶け込んでいる。
「エリザベス王女のいいところはね、自分が四大魔法ではないから、四大魔法に拘っていない……逆にそれ以外の魔法だって極めれば有用であると言って、埋もれた才能を探そうとしたところです。まあ、彼女のコンプレックスの裏返しですね。四魔法でなくても強いと言いつつ、四魔法への憧れゆえこだわって……」
「それって……だから、私たちを、集めたの?」
教授は、いつか見た、控えめな笑顔を私に向けた。
「ふふふ、ようやく前回の私たちを認めたね。久しぶり。私のかわいいクロエ」
とっくに、前回の記憶があることを隠す気力などなくなった。
「……でも、王女は私をドミニク殿下とともに、散々いたぶったわ。大事にされたことなど一度もない」
「うん、王女は君を煽るのが、とってもうまかった。なんてったって、自分が言われたくない言葉を言えばいいだけなのですから」
「ねじまがってる」
「クソほどにね。そうやって君を追い詰めて、私の元へ追い立てたのです」
「そして、アン・マックイーンとして、私が思い通りに流れているか見張っていたの?」
「見張られていたのは君だけではない。私を含め全員です。そして、クロエやジャックたちが聞きなれていない応援や励ましを、たまにこぼして士気を上げていました」
エリザベス殿下の飴と鞭に、私は転がされていたのだ。
「つまり、私に毒を作らせたのは、エリザベス殿下の意向だった?」
「正解です」
教授は私の目を見て頷いた。
「ならばあの私たちの拠り所だったスローガンは嘘だったの?」
「嘘でもあり本当でもあります。四大魔法以外のクロエの毒薬で、第一王子派と第二王子派を潰し、力を知らしめ、女王になることこそが、あの女の念願だったのだから」
「なる……ほど……」
しかし、王女は巻き戻りを教授に命じた。
「私の死後、うまくいかなかったということですか? 女王になれなかったと。だから教授が時間を戻したのですか」
「……前回のドミニク殿下は……君も知っているとおり、空気を読むのが非常にうまかった。かわいそうな婚約者を切り捨てることなく、四大魔法を自在に操る、高潔風な男でした。そんな彼もまた王位を狙っていた。賢いが四大魔法ではない兄、アベル第一王子がつまずくのをじっと待っていた。きっかけさえあれば、大衆は四大魔法で人格者である自分を王位に押し上げてくれると確信していました」
私は遠い昔のドミニク殿下を思い出し、小さく頷いた。
「そして彼は、これまた非の打ち所がない女性、ガブリエラと手を組みました。彼女もまた家柄、適性魔法、容姿、全て、観衆を惹きつけるに足る魅力が備わっていました」
彼らの周りには人が集まり、熱心な信者がいた。優秀ゆえに入学を許された平民から、力ある貴族令息令嬢たちまで。
「そして、自分の後方を下を向いてついてまわる婚約者の君が、少し様子が変わったのに気づいたドミニク殿下は、君が毒薬を作っていることを知りました。前回の彼は王家の密偵をうまく使いこなしていましたので。彼は清らかさを前面に打ち出したガブリエラを使って、毒薬とはとんでもない害悪で、人類が持ってはならぬものだと声高に訴えました。毒を持つだけで罪悪だと人々に……特に国の中枢にいる有力者に植え付け、清らかな自分たちの立ち位置をぐんと押し上げたのです」
ドミニク殿下に探られているなんて、気づかなかった。そもそも殿下が私に関心を寄せるなんて期待は、その頃とっくに失っていたから。
「そして、エリザベス王女は世論と対立するあなたの毒薬で、二人の兄と戦うことができなくなった。もう新しい武器を調達する時間などない。彼女は王太子争いの負けを悟ったのです」
「潔く、負けを認めて王女として国に貢献しよう、と思わなかったんでしょうか?」
「彼女は素直に負けを認めることができない人種でしてね。兄たちよりも自分のほうが優秀なのになぜ敗北宣言せねばならないのだと、いきりたちました」
同じようなことが、リド様の手紙にも書いてあった。
「ということで、私に時を戻せ! と命じたわけです」