軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

145 二度目の投獄

既に国王と王妃はこちらに背を向けて、屋内へのドアをくぐろうとしており、王女もそれに続いた。

アベル殿下は厳しい顔をして私と一度目を合わせ、足早に立ち去り、ドミニク殿下は右手で額を押さえ、付き人に支えられて出て行った。

「じゃあ、俺は行く」

ヒゲ男もまた、私の髪を手持ちの袋に入れて立ち去った。あれを持ってローゼンバルク邸に行くのだろう。せめてベルンに私が無事であることだけでも伝えたい。

おりしも、私と同程度の強さの見張りはジャックだけになった。

私は切られた髪を梳く仕草で、私の髪の毛にそっくりな……頭に仕込んでいた草を地面に落とし、足から微弱な魔力を流す。じわりと地中に根を伸ばし、ローゼンバルク邸に向かった。

「行くよ」

タイミングよくジャックに声をかけられ、再び馬車に乗せられる。

今度は目隠しをされたので、観念してエメルのために魔力を貯めることに専念する。

私の生を知らせるだけの先程の草が、ローゼンバルクにたどり着いた。あまりにすんなりと。

ひょっとしたら、ジャックは見逃してくれたのかもしれない、と思った。

◇◇◇

目隠しが外された先は、見慣れた石壁の独房だった。鉄扉の引っ掻かれたような傷も全く前と同じ……ここは一度目の人生で収監されたのと同じ場所だ。

魔法師を収監するための、王宮の北に位置する孤立した灰色の塔の最上階。背伸びすると顔を出せる換気のための穴……換気口から外を覗くと、そこから見える景色も同じだった。

換気口は穴だ。窓ではない。この猫ならば通れそうな大きさの穴は、ガラスなど金のかかるものがはめられるわけもなく、十字の鉄格子のみで一年中開きっぱなしだ。

今は気候がいいけれど、前回、ここで過ごした冬は、雪がここから吹き込んできて極寒だった。その寒さが絶望を引き立て、身体も心も弱らせていった。

床に薄い布が一枚と毛布、それと手洗い用の桶だけが備品として隅に置いてある。

前回、私は日にちを数えるために風切で、壁に1日1回傷をつけていた。それがない。時が巻き戻ったことを痛感する。

「風切」

術は問題なく発動し、一日目の傷を、再び壁につけた。

他のところは知らないが、この塔は獄中では問題なく魔法を行使できる。ただ、壁に幾重もの結界が張ってあり、内から魔法で塔を破壊することはできず、外に向けて干渉できないのだ。

中で事態打開のためにあれこれ強力な魔法を使ってみるものの、発動すれど誰にも伝わらず、やがて魔力が絶えて……絶望するのだ。

前回ここにいたときの私は、殿下に誤解を解きたくて、誤解が解ければここから出られると思って必死に説明の機会を求めた。しかし、誤解も何も、そもそもから騙されていて、私を救うつもりなど誰にもないと理解した時に、私の心は壊れた。

しかし、今度は違う。何がなんでもエメルを救い出さなければ!

私は〈魔親〉。エメルを諦めるなんて、絶対にあってはならない。前回と全く違う理由で、全力でもがき足掻かなければ!

命を繋ぐ最低限のものは自分のマジックルームに入っている。

「エメルの救出が最優先。そして私やエメルをネタにローゼンバルクを危機に陥らせないようにここを脱出……」

しかし、この強固な結界がある以上、内から脱出するのはほぼ不可能。となれば、外から壊してもらうしかない。

だとしたら、やはり外に連絡を取らなければ。

おそらく外からの魔法攻撃に対する防御は、内からに比べれば薄いはずだ。ここは極悪人を閉じ込める塔で、そんな人間を王家に逆らい脱獄させようとする人間はこれまでいない。捕まればもちろん犯罪者になるのだから。

結界には持続的に魔力を注ぐ必要がある。内にも外にも強固な結界を保ち続けられるほどは、人材に余裕などないだろう。

前回と違い、私を信じ、私が声を上げれば必ず助けにきてくれる人が、この二度目の人生にはいる。

最初は祖父。それ以降はずっと……兄が、私の窮地には駆けつけてくれた。

「お兄様……」

今もきっと、はるばるローゼンバルクから屋敷に向けて駆けている。

賢く、敵に容赦なく、身内にはひたすら甘い兄。

尊敬する祖父のローゼンバルクを、薬師として支え尽くすことが、私の一番の望み……愛する兄と一緒に、ずっと仲良く……。

「会いたい……」

私は、再び兄に、会えるのだろうか?

馬上の兄の姿を思い浮かべただけで、胸がキュッと鳴る。

……なぜ私は、兄と、その気になればいつでも会えると思っていたのだろう?

運命は簡単に日常を奪い去ると、身をもって知っていたというのに。

『クロエ』

兄に出会えて抱きあげられて、そう呼ばれることがどれだけ幸運だったのか、自由を失ってようやく気がついた。私は……やはりバカだ。

会いたい。そばにいたい、ずっと一緒にいてほしい。もう会えないなんて嫌だ。

『好きだ、クロエ。お前は俺の生きる意味だ』

あの日、兄は私に真っすぐ伝えてくれた。

「そんなの……私も……一緒だったのに……」

なぜ、キチンと返事できなかったのだろう。

「あの、花冠をもらった日からずっと……ずっと大好きだったくせに……」

祖父は私にとって神様に等しい。そんな祖父を例外にすれば結局、この世で一番好きなのは兄だ。兄である兄も、男性としての兄も。私にはその二つに種類も境目もない。誰よりも幸せになってほしい。そのために私にできることがあるならなんでもする。それが兄だ。

難しく考えるのは止めれば、私の気持ちはとてもシンプルになった。私はジュード・ローゼンバルクを誰よりも好きだ。一生見ていたいのは、兄のアイスブルーの瞳。この私の精一杯の気持ちが愛でないのなら、私には生涯愛などわからないだろう。

「ははは……窮地に立たされないとわからないなんて……いつものようにバカクロエって、怒って……お兄様……」

じわりと涙が浮かび、袖口でゴシゴシと拭き、膝に顔を埋める。

◇◇◇

突如、ガタッと隣室から音がなり、飛び上がらんばかりに驚いた。

……隣室? 今回は隣に誰か収監されているの?

いや、収監されているとしても、この石の壁越しに物音なんて聞こえるわけがないと思うのだが……一度目とは作りが違うのだろうか?

警戒するに越したことはない。深呼吸を繰り返し、気持ちを引き締める。ここは敵陣だ。しんみりしている場合じゃない。

「集音」

私は隣室の音を拾おうとした。

すると術の発動後まもなく、反応があった。

『ほう……面白い魔法だ。こんな魔法を使えるのはクロエさん……いや、クロエだね。やはりここに来ましたか』

一度目から脳裏に強烈に焼き付いて、離れたことのない声だった。驚きと同時に、怯えで体が小刻みに震えた。

「……サザーランド教授……ですか? どうしてこんなところに?」

『もちろんクロエと同じくエリザベス殿下に入れられたのです。もはや役立たずだが、知りすぎたと言われてね』

私の声を、向こうも問題なく聞き取った。教授も集音を使える? というか、教授まで投獄されてる? 前回と違う! いや、前回も投獄されていた? わからない。

『ふむ。クロエならば力を隠しても今更だね。ちょっと壁から離れなさい。これでは話しづらい』

「はあ」

唐突すぎて逆らうタイミングもなく、私は反対の壁まで退いた。

すると、二人の間に立ちはだかる石の壁がグニャリと曲がり、自分の独房と対照の作りになった場所で、あぐらをかいて座っている教授の姿が見えた。

「これは一体……」

「私の適性魔法です。少し空間を歪めました。しかしなんの干渉もない……これならば穴も開けられそうですね。ジャックの小さな反抗ってところでしょうか? ん? クロエその髪は……ッ! クソッ!殿下め……」

空間を歪める? つまり教授は〈空間魔法〉使いだったのだろうか? ジャックは本当の意味で教え子ということ?

「……まあ、時間がないからその件は置いておきましょう。クロエ、君は学校で、なぜ私を避けたのですか?」

「避けてなど……」

どう答えるのが正解か、時間稼ぎをしようと思っても、教授が言葉を被せてくる。

「私やドミニク殿下、ガブリエラ伯爵令嬢が現れるところには、全く足を踏み入れなかったでしょう?」

「……申し訳ありませんが、先生の授業に関心がなかっただけです。辺境ですぐに役立つ知識でもありませんでした。殿下方と接触がなかったのは、クラスが違うだけです」

「はあ……時間がないと言っているのに……わかりました。ではこれでどうでしょう?『四大魔法(火、水、風、土)以外の少数派の魔法適性でも、彼らに負けないくらい世間の役に立つことを、一緒に検証していかないか?』」

「っ!」

それは、一度目の私を、この男に縛りつけた呪いの言葉だ。私はとりつくろうことなどできない。

「なぜ、それを……」

「ふふふ……やはり……クロエは前の記憶を持ったまま、巻き戻ったのですね」

もはや、疑う余地もない。この人は、前回の私を知っている!! でもなぜ?

「前回の教訓から、辺境に逃げこんだのでしょう。今回は随分と血色がいいと思っていたのです。肉もついているし。もう私の揚げイモをガツガツ食べなくとも、栄養は足りているようですね」

「……どういうこと……なのですか」

「簡単です。私が時を戻しました」

教授はさも当たり前のようにそう言った。