作品タイトル不明
131 ファーストコンタクト
「……どのような御用件でしょうか?」
不意に首筋に、エメルに爪を立てられる。常にエメルの存在を意識しろ、とでもいうように。
痛みが私を現実に引き戻す。
「クロエさん、はじめまして。今日はダンジョン演習攻略おめでとう」
「ありがとうございます」
なるほど、左目の眼球の動きが右よりも鈍い。ザックの言ったことは本当らしい。
そしてエメルの〈集音〉のため、教授の声がクリアに耳に入るようになった。雑音が入らないのは逆に変な感じだ。私の声も、このような感じで時間差なくベルンに伝わっているのだろう。父親代わりと言ってくれるベルン。きっとすごく心配している……。
「ジャックはとても才能がある子なんだけど、引っ込み思案でね。パートナー次第ではこの演習、辛いものになるのではないかと内心心配していたんだ」
「せ、先生!」
ジャックが教授の袖口をつまみ、目を潤ませて恩師の顔を見上げている。その様子を目を細めて眺め、ひとりごちる。
「私もきっと、あんな様子だったのね……」
『……なるほど』
教授はジャックにニッコリ笑いかけ、私に視線を戻した。
「どうやらジャックと君は相性が良かったようだ。でなければベストタイムを出せるわけがない。……そうか。〈木魔法〉と〈草魔法〉はかつて分けられていなかったと聞いたことがある」
「そうなんです! クロエ様の魔法を見ていると、〈木魔法〉で応用するならばああしようか、こうしようか? とアイデアが際限なく浮かんできて! そしてクロエ様は、一歩引いて、まるで実験現場を与えてくれるように、私に好きなようにさせてくれた」
「あ……うん」
『ふーん、クロエの配慮に気がついてはいたみたいだね』
「そうかあ、ふふふ、ジャック、よかったねえ。クロエさん、君には指導する才能もあるんだね」
「いえ」
返事は短く。
「どうだろう。私の元にはジャックのように、優しく才能に溢れているけれど、いわゆる四大魔法ではないために、もどかしい思いをしている生徒が数人いるのだ。少し、彼らにレベルを上げるコツなどを教えてやってくれないだろうか?」
「クロエ様! 是非お願いします! そうだ! クロエ様もサザーランド教授の数学か物理の授業を受けませんか? 授業はちょっと退屈だけれど……そのあとの皆での情報交換がとても楽しくて……私は初めて学生らしい、交友の喜びを感じています!」
「退屈だなんて、ひどいなジャック!」
「へへへ」
「そう……」
一度目の私もそうだった。あの古びた研究室で、ブラウンやシルバーと黙々と研究し、みんな多くは語らなかったけれど、同じ目標に向けて走る同士。ふとした拍子に目があったときに、微笑み合うだけで、心が温かくなった。
『クロエ』
「わかってる」
でも、今回は違う。私には家族がいて、家族同然の仲間がいて、ダイアナやルル……同世代の友達もいる。トムじいは今もきっと見守ってくれているし、私を親と呼んでくれるエメルもいる。
ジャックの幸せを否定するつもりはないけれど、私にとって、皆とおしゃべりしながらお菓子をつまむ心地よい空間は、もう手の内にある。それを全身全霊で死守していくつもりだ。
今世の教授は前回と違ういい人かもしれないけれど、それでも……。
「申し訳ないけれど、私には自分の目標があり、それに向けての優先順位を自分の意思で決めています。今でも時間が足りないくらいです。時間ってみんな等しく有限……ですよね?」
なぜか二周目の時間を過ごしているけれど。
「クロエさんの……目標とは?」
教授が首を傾げて尋ねる。
「薬師です……薬師として病に冒された人を助け、それの対価をもらって生きていきます。〈草魔法〉の人間として、ありきたりでしょう?」
「……そうですね。〈草魔法〉を活かせる素晴らしい職業です」
教授はニッコリ笑って頷いた。
「そ、そうですか……数学や物理は関係ないか……」
ジャックが大きな体でしょんぼりとした。少し胸が痛むけれど、話したことは事実だ。
「クロエさん……君は、君と同じく、四大魔法以外の人々の活躍する場をもっと増やそうという手伝いをする気持ちにはなれないのだろうか?」
『うまい言い回しだな。さりげなく罪悪感を突いてくる』
エメルの声が刺々しい。
落ち着いて反論できるよう、心の中で十数えて口を開いた。
「……まず、魔獣の跋扈するローゼンバルクでは、四大魔法もそれ以外の魔法も皆遠慮なく全力で活躍しています。うちの領主はジャック、あなたと同じ〈木魔法〉だもの」
「そう……だっけ……そうだ……辺境伯は〈木〉だ……」
「どんな魔法適性でも活躍できる……そんな恵まれた地はローゼンバルクだけだよ。残念ながら」
教授は微笑みながら、首を横に振った。
その様子に、私は初めてイラッとした。
「他は違うとおっしゃるなら、それを変革するのは大人の、先生の仕事だと思います。まだよちよち歩きで世間知らずの若者に、自分たちがなしえなかったことを押し付けるのはやめていただきたいです」
「いや、押しつけるつもりは……」
「ここは国の貴族と優秀な平民が集うリールド高等学校なのです。そこの優秀な教師たちが一丸となって、四大魔法以外の適性魔法の有効性を上奏し、国にこれまでの偏重を正してもらい、これからを担う学生にこれまでの経緯とともにフラットな指導をするのが、教師のお仕事なのでは? ジャック、どう思う?」
私は今日の出来事の証人にもなりえるジャックにも、話を振った。
「そうだね……この四大魔法主義は簡単に無くなるとは思わないけれど……先生たちや国が、魔法適性に優劣はないと発表してくれれば、少しは違うかも……」
ジャックは慎重に、言葉を選びながら発言した。前回から相変わらず……真摯だ。
「第一王子殿下は四大魔法ではありません。そしてこの学校を卒業してまだ一年しか経っていない。恩師の陳情書であれば、進んで読んでくださるでしょう。頼られてみては? では、先生、ジャック、お疲れ様でした」
私は、教授が呆気に取られた様子で私を見つめている隙に、頭を下げ、校舎に続く小道に進んだ。
「……ローゼンバルクに拾われたことで変わったか……厄介な……」
温度のない、小さな囁き声を、エメルの〈風魔法〉が拾った。
思わずエメルと一緒に教授に振り返ると、彼は、目を輝かせ、ダンジョンの冒険を語るジャックの話を、ニコニコと頷きながら聞いていた。
『……急ぎ帰るぞ』
「でも、ダイアナ……」
『クロエを帰してから、また馬車を戻せばいい!』
「わかった」
5分ほど早足で歩くと停車場に出た。
私はすぐに馬車にのりこみ、屋敷に走らせた。
◇◇◇
「クロエ様、お帰りなさいませ」
屋敷に戻り、馬車の扉を開けてくれたのは、御者ではなくベルンだった。ベルンに手を添えられて降りる。
「聞こえてた?」
「サザーランドとのやりとり全て。さすがエメル様」
話しながら室内に入る。
『よし、ローゼンバルクへ戻るぞ!』
「エメル、大神殿に行かないでいいの?」
『クロエをローゼンバルクに戻してから、のんびり行くし。気にしないで』
私とベルンはバタバタと最小限の荷造りをし、旅装束に着替えて準備を終える。
しかし、なかなかダイアナが帰ってこない。
もうすぐ日が暮れる。
「これはちょっと……おかしいでしょう?」
ダイアナがあの程度のダンジョンに、手こずるわけがない。
「学年の違うトリーはまだ学校にいるはずです。様子を探らせましょう」
ベルンはそう言うと、さっと紙鳥を飛ばした。しかし、トリーからの返事が来る前に、来客が来た。
応対に出たベルンが、頰を引き攣らせて戻ってきた。
「クロエ様、エメル様、学校からの使いでした。……ダイアナがダンジョンから戻らないと。中が崩落し、閉じ込められた可能性があるとのことです」