作品タイトル不明
130 演習ダンジョン
「最後の敵が、数えきれないほどのコウモリなんて……気持ち悪い……」
ジャックが大きな体をブルブルと震わせる。それは同感だ。
『一つ目コウモリは病気持ちだ。外に出さずここで駆除しろってことじゃ?』
「なるほど」
ここは暗く狭い密室だ。ここで剣を振り回しても、コウモリに分がある。また、この中で〈火魔法〉や〈水魔法〉で攻撃すれば、一気に部屋全体に行き渡り、自分も無傷ではいられない。
「ジャック様、案外私たちに向いている敵かもしれません」
「へ?」
「一気に天井を木と草で覆って、コウモリを閉じこめてしまいましょう。で、逃れた奴は一匹づつ仕留める、でどうでしょう?」
「そ、そうだね。クロエ様と一緒なら……できそうだ!」
「では、せーのっ!」
「せーの!」
「草網!」
「木柵!」
私の、そして加勢してくれたエメルの魔力で一気に周辺の草が伸び上がり、天井を覆い尽くす。その後を追って、ジャックの〈木魔法〉により、周囲を這っていた細い木の蔓が格子状に伸びて、いい感じに私の草の天井を補強した。
『クロエ、油断するな!』
「うん。ジャック様、仕留め損なった分、気をつけて!」
「うん!」
約20匹ほどのコウモリを、私は草縄で縛り上げ、ジャックは木片で刺し抜くという、単純作業を繰り返し、10分ほどでかたがついた。
「クロエ様! あれ!」
コウモリが邪魔しなくなった視界に、石の台座が見えた。その上に茶色の封筒。
ジャックが勢いよく駆け寄った。
「待って! トラップの可能性もある!」
「そうか! クロエ様、私に任せてください!」
ジャックが頼もしくもそう言って封筒の上に両手をかざし、魔力を細く流した。
「クロエ様、中身はただの紙切れ一枚のようです。私、〈紙魔法〉もちょっとだけできるんです!」
「なるほど。〈木魔法〉と〈紙魔法〉もまた、近いって言うものね。すごいわ!」
私が褒めると照れ臭そうに笑って、ジャックは封筒を開けた。
中には「終了」と赤字で大きく書かれた紙。それを私の方に向けた途端、台座の後ろの岩が音を立てて左右に分かれ、出口ができた。
ふう……と息を吐くジャックに笑いかけ、一緒に外に向かった。
◇◇◇
外に出ると、そこは出発地点の演習場ではなく、通いなれた学校の敷地内だった。かなり先ではあるが、シンボルの時計塔が見える。
『ふーん、地点を繋げているのか。やはり人工物みたいだね。マスター以上の〈空間魔法〉使いと、〈獣魔法〉使いが作ったってとこか。まあ、そのくらいできる教師がいなきゃ、学校としておかしいか』
これまでまともに受けた講義は必修の座学がメインで、このような四魔法以外の講師による授業は受けたことがなかった。一度目のときも、王家に指定された政治学や語学、経済学ばかり受けて……。
四魔法以外の講師は、この学校でどのような立場なのだろう、と思いながら、ジャックの後ろを歩き、ゴールと見られる、人が待機している仮設テントに向かった。
おそらく、そこで証である茶封筒を見せたら終了だろう。
テントを目視したジャックは元気が出たのか、急に走り出した。
「ジャック様! そんな慌てなくても!」
「サザーランド教授!! やりました! 僕、ダンジョン攻略できましたっ!」
「っ!!」
ジャックが、黒いローブを着た、痩せた男に飛びついた。男はよろめきながらも体勢を立て直し、ジャックの頭を愛おしげに撫でて、こちらを見てゆるく微笑んだ。
一度目の私は、あの笑顔を見るために、がむしゃらに頑張ったのだ。
「……エメル……どうしよう」
とうとう出会ってしまった。大好きだった、それゆえに憎みすぎた、サザーランド教授に。
◇◇◇
『あいつか……クロエ、オレがいる。案じるな』
エメルを見上げて、そのアイスブルーの瞳を見つめ、大丈夫だと自己暗示をかける。
内心の動揺を必死に押さえ込み、教授とはしゃぐジャックを早足で追い抜いて先にテントに入り、教師に差し出された紙に終了のサインをした。
「ほお、クロエ、ジャックペアが今のところタイムは一番だぞ」
いつもの演習担当の教師がニカッと笑って教えてくれた。
「そうですか。ありがとうございます。この後は解散でよろしいですか?」
「ああ。全員終了するのを待ってたら日が暮れる。帰っていいぞ。結果は週明け……ああ、お前の場合は、休み中の宿題と共に、王都の屋敷に送られるだろう」
「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
『ダイアナを待つ必要はない。急いで帰ろう』
厳しい口調のエメルに頷き、ジャックたちのいない、テントの中を抜けてこの場を去ろうとすると、やはり声がかかった。
「クロエ様、待ってください! 今日のお礼を言わせてください!」
そう言われると、無視することもできない。
「その気持ち、十分に受け取りました。私もジャック様とペアでよかったです。ごめんなさい。用事があるから先に帰らせてもらいます」
そう言って、せかせかと彼らに背中を向けようとした。
「クロエさん、急いでいるところ悪いけれど、五分だけ私に時間をくれないかな?」
記憶が蘇る。
『クロエ、忙しいのにいつもありがとう』
ああ……一緒だ。この、低く耳にスッと入り込む声に、とうとう囚われてしまった。細く長い深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
この世に五分も待てないほどの用事などない。相変わらず自分の意向にさりげなく誘導することに長けている。
私は無表情でエメルにお願いした。
「エメル……いざというときは、私を捕縛して飛んで。私が嫌がっても、よ」
『……殺したほうが早くないか?』
「彼はまだ、何もしてないもん。現段階では私が勝手に怯えてるだけ」
『めんどくさ。オレの優先順位は〈魔親〉が一番、それ以外にない。とりあえず〈風魔法〉で声を全部飛ばす。ローゼンバルクまで届くかは微妙だけど、最低ベルンとダイアナはこのやりとりを拾うだろう……集音』
集音……〈風魔法〉で離れた場所の相手と会話するのは生活魔法の一つだ。しかしそれはあくまで目の届く距離であり、おそらくまだダンジョン地下にいるダイアナや、果ては国の端のローゼンバルクに声を風で飛ばすのは……高レベルの力技だ。私にはできない。
思慮深いエメルがいる。一度目の対面とは全く違う。私は意を決して顔を上げた。
かつて、全身全霊で尊敬し慕っていた男が、あの頃のまま、穏やかに、目尻を下げて変わらぬ姿で私を見つめていた。
なぜ、私を切り捨てたの?
初めから、私はあなたにとって、駒でしか、ありませんでしたか?
和やかな、私を救ったあの空間も、全てまやかしだったのですか?
胸が……苦しい。