作品タイトル不明
126 勧誘
翌日は新年度恒例のオリエンテーションだった。私とダイアナは馬車で。トリーは私たちとは別に、早い時間に寮経由で登校している。
私は学校に出向かなくてもテストでまあまあの点数を取れそうな教科……一度目の人生で学んだ教科を適当に選んで提出しようとした。すると、おもむろに、カーラから声をかけられた。
「く、クロエ様」
「「え?」」
ダイアナとともに、目を丸くする。昨年、私たちとできるだけ接触したくない、と言ったのは彼女のほうなのだ。
「あの、選択授業ですが、数学を選んで……みませんか?」
私は表情を変えないように内頬をガリッと噛んだ。ひとまず様子を見ようとダイアナの手にそっと触れる。
「正直なところ、数学は興味ないの。それに、カーラさんはずっと同じクラスにいたからわかってるでしょう? 私はテストにしか来ないわ。こんなやる気のない生徒、いらないと思う」
「だからです!テストだけならば、数学に席を置いてくださってもいいのでは? と。それに珍しい〈草魔法〉ですし……。あ、ダイアナさんもクロエ様と一緒にどうですか?」
ダイアナの顔から表情が消えた。結構苛立っている。数学の講義に誘ったことに、ではなく、これまでの私たちの関係性も棚に上げて、私に気軽に声をかけてきたことに……と言ったところか?
しかし、「数学」を知る滅多にないチャンスが転がってきたのだ。私はダイアナの手をギュッと握り、彼女を抑える。
「カーラさん、私たちにそんなに推してくるなんて、数学に何かオススメ点があるの?」
「はい。あの、講師はサザーランド教授という方なのですが、とにかく平等なのです」
私は少し考えを巡らすフリをして、
「悪いけれど、存じ上げないわ……」
「あまり、自己主張する先生ではないのです。その辺も私は素晴らしいと思っています」
「平等? それは身分に関してということ?」
ダイアナが静かに、不快感を隠して尋ねる。
「そうです。貴族のかたにも、私のような平民にも態度を変えないのです」
彼女がそういうのならそうなのだろう。私は所詮貴族だ。日頃平民の方々とどのような差をつけられているのかわからない。どちらかというと私は腫れ物扱い別枠だけれど。
ああ、一度目の人生ではたしかに差別を受けていた。「殿下の婚約者なのに情けない」といろんな教師に言われたものだ。いや、あれは差別ではなくいじめだったか? 私は身分は上級である侯爵令嬢だったのだから。
「そして、四大魔法以外の魔法適性の生徒にも差別しません。逆に、『四大魔法以外の魔法はまだまだ研究の余地がある! 偉業を成し遂げるかもしれないね!』と見下すことなく信じてくれるのです」
『四大魔法(火、水、風、土)以外の少数派の魔法適性でも、彼らに負けないくらい世間の役に立つことを、一緒に検証していかないか?』
かつての教授の言葉が一言一句蘇る。胸がギリッと痛む。
あなたはこの時間軸でも、劣等感にまみれた子どもたちを、甘い言葉でそそのかしているのか……。
「カーラさんは……前回の演習で見せてもらったけれど〈氷魔法〉だったわよね? 四大魔法ほどではないけれど、悲観するほどの適性でもないでしょう?」
ダイアナが敢えて自虐的にそう言って肩をすくめて見せた。ダイアナが〈紙魔法〉なのは、特に隠していない。
「それでも、四大魔法とは天と地です」
カーラが表情をこわばらせてそう呟いた。
「で、その差別しない素晴らしい先生の教えを、四大魔法でない私とクロエ様も受けたほうがいい、ってこと?」
「はい。きっと目から鱗が落ちると思います!それに、先生は未知の魔法が大好きだと言っていたので、きっとお二人の魔法を見たら喜びます」
「つまり、自分の点数稼ぎをしたいってことね」
ダイアナの発言に、カーラは驚いたことに睨みつけてきた。そのあと、大きく息を吸い、見慣れたサバサバとした表情に戻る。
「……そう取られても構いません。とにかく素晴らしい先生なのに、受講人数が少なくて、講義が打ち切りになっちゃうかもしれない。それはどうしても避けたくて……」
「そんなに受講生少ないの?」
「このクラスでは、私とケイトさんしかいません。ザック様はクラスが変わったし……まあ、ザック様は授業のあと歓談もせず、次の授業に行ってしまってたしね……あの方は所詮四大魔法だもの」
授業を受ける気もないのにこれ以上踏み込めば、怪しまれるかもしれない。ここまでで色んな疑念への証言が取れた。腰を落ち着けてじっくり考えよう。
「そう、素晴らしい先生のようだけれど、これ以上テストを受ける余裕はないの。ごめんなさい」
こちらの情報は与えないように、細心の注意を払う。
「あとさあ、我がローゼンバルクはここにいるクロエ様始め領主一家が四魔法じゃないから、そもそもどんな適性魔法であっても偏見がないわけ。だから、ちっともあなたの話、胸に響かなかったわ。うちじゃあ四大魔法じゃなくても面白い仕事、いくらでもあるもの」
ダイアナの言葉は、かなり嬉しい。私は思わず微笑みながら、視線をカーラ様に戻すと……、彼女は傷ましいものを見る目で、私たちを眺めていた。
「辺境そのものが差別でしょうに……不遇を当たり前のように受け入れて……気の毒だわ」
ダイアナが、攻撃しないようにしっかり手を繋ぐ。ダイアナから少し痛いほど、握り返される。
「ではカーラさん、次は演習で」
恒例の演習は来週だ。
「残念です」
教室を後にした。
◇◇◇
帰宅し、完全に秘密が守られる環境になって、ようやくカーラとの話を振り返る。
私とダイアナがソファーで脱力していると、ベルンが私のブレンドした特製ハーブティーを淹れてくれた。
「ダイアナ、カリカリするんじゃない! 紙鳥で状況は把握していますが、いろいろと話が聞けて喜ぶところでしょう?」
ベルンがダイアナの態度を嗜める。
「サザーランド、聞いただけで嫌なヤツですね。四大魔法ではない劣等感を上手いことつついて、受講生をかき集めてる感じですか? 今のところ」
「うん。ザックの情報には四大魔法云々の話は全くなかったから、ザックが退出したあと、そんな話で盛り上がってるのかな?」
「ザックは一見……劣等感などないと思われているでしょうしね」
ザックは四大魔法の〈水〉で貴族。最近はどうやら人気者。教授のお眼鏡にかなわなかったのだろう。
「持ちかける相手を選んでいるのでしょうね。心が弱っている者ほど付け入りやすい」
心が弱っているといえば、
「ザックが教授の講義を受けるのであれば、ケイトさんも今年も受けるだろうね。ケイトさん、適性なんなのかしら……」
「ああ、あの人も、今、婚約者に逃げられて『うまくいかない』って思ってるでしょうね。貴族との壁も痛感し、さらには商売でも最近父親からかなり小言を言われてるらしいです」
ダイアナの情報に眉を顰める。
「ケイトさんの魔法適性と、その授業後の楽しい雑談をどこでしてるのかも、調べられる?」
ベルンにそう尋ねると、ベルンは躊躇いなく、
「トリーに命じましょう」
「トリー? 大丈夫?」
「クロエ様、そのためにトリーは来たのです。その能力があると見なされ、その分別途お館様より手当が出ています。きちんと働いてもらいます」
そうだ。トリーもダイアナも、私の学生生活を送るための、精鋭の護衛だ。
「トリーとダイアナは……兄の従者で、護衛をしてくれているってちゃんとわかってるけれど、同時に私は勝手に友達だと思ってる。無茶はしないで。深追いしないで。私も二人をそんな場面に遭わせないように注意するから。トリーにも伝えて」
私がそうお願いすると、ダイアナは目を大きく見開いたあと、私をぎゅっと抱きしめて、頬と頬を擦り合わせた。幼いころ、野菜が大きく育ったとき、二人でバンザイしたあと、いつもこうしていた。
「クロエちゃん……従者ですが、大好きです」
私もぎゅっと抱き返す。
「いつか……お兄様からさらに代が変わって、私がただのおばあさんになったら、友達に戻ってくれる?」
「もちろん!」
『そうだぞクロエ! 絶対ばーちゃんになるまで生き抜くんだ! ダイアナとも約束しとけっ!』
いつのまにかエメルがベルンの肩に止まり、翼をパタパタとはためかせながら、私たちを見下ろしていた。
私とダイアナは小指を絡ませて、笑った。