作品タイトル不明
1 わたくしが婚約破棄!?そんなの信じられませんわ!
「貴女との婚約は、破棄させていただく」
な、ななななな、なんですの——?王子はなんておっしゃいましたの?
煌びやかな光の中、アセリアの足元が揺らぐ。目の前が真っ白になる。
たった今まで柔らかな楽団の音色が聞こえていたはずなのに、不自然なほど何の音も聞こえない。
目の前にいたはずの王子は。
アセリアに笑いかけてくれるはずの王子は、視界の外へと姿を消す。
王子の元へ差し出した、絹の手袋の手が、行き場もなくくずおれる。
王宮御用達の仕立て人が仕立てた特注のドレスも、こんな注目を浴びる為に作ったわけではない。
広い広い王宮のダンスホールで、王子は一人、スポットライトを浴びた。
「アセリア、貴女が悪いわけではない。ただ、私は出会ってしまったのだ。この命を賭けてもいいと思える、最愛の人に」
もう一つのスポットライトが、人混みの中の誰かを浮かび上がらせる。
その瞬間、ライトを浴びた誰かの、
「まぁ……!」
という叫び声が聞こえた。
「リネサ……!」
エレニエル子爵令嬢リネサ。
ああ、ほら、滑稽なほど震えてしまっている。きっとあの子も、王子のこんな演出は聞いていなかったのでしょう。だからといって、あの足運びはいただけませんわ。そんなオドオドとした顔で、王子の横に立ってはいけませんわ。ほら、カランシル伯爵がまた何か企てようとしておりますわ。王子の敵に素顔を晒すなんて、今後に悪い影響が出ましてよ。
ええ、けれど。
一番滑稽なのはこのわたくし。
陰で棒立ちになって、泣く事も倒れる事も出来ず、ボンヤリと突っ立っているこのわたくし。
ダンスホールにいる煌びやかな貴族達も、二人に注目しているフリをして、その実、本当に注目しているのはこの、王子に婚約破棄されたアセリア・ルーシエンだ。
綺麗に巻いた金髪を緩やかに揺らして、つい先程まで王子と結婚できると思い込んでいたこのアセリア・ルーシエンだ。
これで、ルーシエン公爵家の弱みを握れると、穴が開くほど横目で見ている貴族達の視線が、アセリアに突き刺さる。
目の前では、腕を広げた王子に潤んだ瞳の令嬢が飛び込んでいくという、演劇めいた感動劇が繰り広げられていた。
ここでいつまでも嘲笑の的になるいわれはないと、アセリアは踵を返し、ダンスホールから出ていった。
音もなく。
ただ、目の前を見据えて。
王宮の扉を出る。
楽団の音色。貴族達の笑い声。光り輝くシャンデリア。全てを背にして。
ルーシエン公爵家の馬車は、既に目の前に待機している。
扉の前には、濃い髪色の青年、執事のハルムが頭を下げて待っていた。
「お帰りなさいませ」
黙ったまま手を差し出すと、ハルムが黙ったまま手を支えてくれる。
沈黙の馬車。
さて、わたくしはここからどうなるのやら。
といっても、わたくしは悪くはないのだもの。
老貴族に嫁がされるくらいで、どうにか収まるといいのだけれど。
窓の外を城の灯りが流れる。
アセリアは、ただそれを眺める。
貴族の娘として、やるべき事をやろう。
そう、思っていたのに——。
家に帰り着いたアセリアに下されたのは、“追放”の二文字だったのだ。