軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第109話 薬師の憂鬱

「……マーリンさん?」

菜園の角っこで蹲っていたのは、いつもお世話になっている薬師のマーリンさんだった。

「ど、どうしたんですか? お店の方は……」

「あ~ん~た~の~せ~い~よ~っ!!」

「うわっ!?」

恐る恐る近づいていくと、いきなり立ち上がり、掴みかかってきた。

長い前髪から覗く瞳が狂気で爛々と輝いている。

「あんたを殺してっ……わたしも死ぬっ……」

「お、落ち着いでくださいっ! 何があったんですかっ?」

「ぜぇ……ぜぇ……」

「って、もう息が上がってる!?」

体力ぜんぜんないな、この人……。

見た目通りだけど。

僕の肩を掴んでいた手から力が抜け、マーリンさんは息を荒らげながらその場に座り込んだ。

「こ、こうなったら……毒薬で……ヤるしか……」

「ちょっ、やめてくださいよ!?」

なぜこうまで殺意を抱かれているんだろう……?

「ちょっと、マーリン、あんた大丈夫? いつも以上にやつれてるじゃない」

アニィが心配そうに声をかける。

殺されそうになってる僕のことも心配してほしい。

「マーリン、何があった?」

「きっと働き過ぎだよ! やっぱり人間は働いちゃダメなんだ!」

シーファさんもマーリンさんを気遣う。

セナ、お前は黙ってなさい。

ようやく少し落ち着いてきたのか、マーリンさんはいつものようにぼそぼそと教えてくれた。

「……薬師が……頻繁に押しかけてくる……。レシピを教えてほしいとか……どこで素材を採取しているのかとか……。中には、弟子入りを志願してくる者もいる……もちろん全部断っているけど……しつこく何度も来たり……自宅の方に勝手に入られたり……夜中まで……」

どうやら名前が知れ渡ってしまったせいで、ストーカー紛いの人間まで現れたらしい。

人見知りのマーリンさんにとって、それがとても苦痛で、最近は眠れない日々が続いているという。

それ、僕のせいなのかな……?

遠因と言えば遠因だけど……これで殺されたら堪ったものじゃない。

とはいえ、マーリンさんがこの状態では、まともに仕事ができないだろう。

シーファさんはいつもポーション類をマーリンさんから購入していて、まだストックがあるみたいだけれど、そのうち枯渇してしまうかもしれなかった。

「ええと、つまりしばらく避難できるような場所があればいいってことですね」

僕はそう言いながら、菜園の一角を見る。

〈小屋を生成しますか?〉

その声に頷くと、そこに小屋が出現した。

「え? ちょっ、何かいきなり現れたんだけど?」

「……小屋?」

「さっきまでなかったよねー?」

そう言えば、まだこのスキルは見せてなかったっけ。

驚く皆を余所に、僕はマーリンさんへ告げる。

「この小屋、好きに使ってもらって大丈夫ですよ」

そんなこんなで、しばらくマーリンさんが僕の家の庭に住むことになった。

「本当に助かります、ジオさん。ここならマーリンさんも静かに仕事ができると思います。それにしても、この小屋、わざわざ作ってくれたんですか?」

駆けつけたデニスくんからも感謝された。

どうやらマーリンさんがいきなりいなくなり、ずっと方々を探し回っていたらしい。

「凄く心配したんですよ。せめてボクに一言言ってからにしてください」

「……ごめん、ね……」

「無事だったのでいいですけど……。あと、お店の方は大丈夫ですから。ボクに任せてください」

「……うん」

デニスくん、こう言っては何だけど、意外と男らしいところあるんだよね。

今後はマーリンさんがこっちで作ったポーションなどを、デニスくんが店に運んで販売するそうだ。

元から僕のところまで薬草類を取りに来ていたし、大して手間は増えないだろう。

「デニスちゃんもここに一緒に住もう……?」

「遠慮しておきます」

マーリンさんの提案を、あっさり断るデニスくん。

そう言えば、デニスくんってどこに住んでるんだろう?

「ボクですか? 孤児院です。小さい頃に親に捨てられて、そこで育ちました。でも経営が厳しくて。だからボクも働こうと思って、頑張って仕事を探したのですが、なかなか見つからず……そんなときにマーリンさんに声をかけてもらったんです」

「ビビッときた……この子にメイド服を着せたら間違いなく似合う! ……って」

そっち……?

それにしてもマーリンさんの方から声をかけるなんて珍しい。

そもそも外に出ることが滅多にないはずだった。

「ちょうど前の助手が辞めちゃって……求人募集の広告を貼ろうとしてたら、偶然、デニスちゃんが向こうから歩いてきて……」

「凄い速さでこっちに走ってくるから、危うく逃げ出すところでしたよ……」

決め手は単純に給与が良かったからだそうだ。

こう見えて、マーリンさんの薬師としての腕前は以前から界隈で高く評価されており、それなりにちゃんと稼いでいたという。

「まぁ、メイド服が制服だって聞いたときは、やっぱりやめようかと迷いましたけど……」

「制服手当てを付けた……」

だからあんなに嫌がってるのにちゃんと着てるのか……デニスくんの経済事情を知っての姑息な手段……。

「恋人手当ては拒否された……」

「あまり職権乱用したらデニスくん辞めちゃいますよ……?」