軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第5話 目の前の男は父親だが他人

「マリアンデール、セバスチャンを短鞭で打擲したそうだな」

したとも。だからどうした。

だいたい誰があの執事を雇った。祖父かもしれないな。

あとでグレンダに訊くか。

「奴の解雇を。詳細はグレンダの報告どおりです。元ブラックウェル伯爵家のパリュールをネコババするような使用人です。このパリュールは幸い未遂でしたが、他にも被害がありました」

ちょっと短鞭で撫でたら白状したぞ。

元執事を憲兵に連れて行かせたその後、アーチデール男爵が帰宅した。

屋敷内に憲兵が入り、執事であった男がぼろぼろになった詳細に、男爵は何があったとグレンダに誰何すると、グレンダはありのまま報告し、私は父の執務室に呼び出された。

大騒ぎのせいで、こちらは体調が思わしくなかったが、この機会を逃したくなかった。

なんといっても目の前の男は、このアーチデール男爵家当主なのだ。

家の頭を押さえなければ、失くした記憶を補完するためのこれからのさまざまなことをいちいち許可をとらないとならない。

それは避けたい。

この家の奥向きを、とにかく私の手に治めなければ。

「……お前、本当にマリアンデールか?」

「家のことを顧みない代償が、この現実ですよ。私は記憶を失い、使用人のなってなさを執事に指摘し、解雇を言い渡したらあの男は私に殴りかかってきた。傷も癒えない主人の娘相手に、おまけに窃盗とかありえないな」

「……怪我人とは思えないほど元気だが」

「今現在も吐気と頭痛は続いておりますが?」

「本当に何も覚えていないのか?」

「まったく何も思い出せません。実の父親が目の前にいても、誰だこの男の状態ですが?」

「そうか……」

「そんなことよりも、この家、まるでなっていない。家庭教師から詰め込み式でいろいろ補完しているが、執事が主の宝飾品をこっそり売るなどあってはならない。それとも、あの執事はこの家が困窮していて、家の為にあの宝飾品を売ろうとしたのだろうか?」

「いや……そうではない」

「あの執事がどういう経緯でこの家の執事に納まったかなどは、記憶がないからどうでもいい。ただ、現状、やつは罪を犯し、私は使用人達に指示を出したまでだ。主人である貴方が不在の折、この騒動を片づけたとは認めないつもりか?」

この執務室にいるグリフィスとグレンダは私の言葉に何度も肯首する。

「私からも話があります。このアーチデール男爵家、主人である貴方はこの屋敷にいる時間は圧倒的に少ない。私が使えない使用人を再教育し、あの女――失礼、貴方の後添いの方にもこの男爵家の女主人の自覚を持ってもらうため再教育を施したい」

私の言葉に、目の前の男は眉間に皺を寄せて投げやりに言う。

「お前は怪我をしている。ジャネットに任せればいいだろう」

「ジャネットとは誰です?」

「お前の義母だ」

思いっ切り鼻で笑ってやった。

多分かつての私ならばしない仕草だったに違いない。

アーチデール男爵は目を見開いて私を見る。

目の前の男が父親だと言われても、こちらには全然記憶のない赤の他人だ。

「一つお尋ねしたかったのですが。何故、あの女と再婚を? 私の実母は金がない貧乏伯爵家の娘と伺いました。この国において五指にも入る大商会である貴方には、貴族とのパイプが必要だった。それが祖父の意向なのか貴方の意向なのかは、別にいい。しかし、あの女を後添いとするのは何がよかったのです? 顔ですか? 身体ですか?」

「そういうことを父親に面と向かって言うもんではない!」

お前のプライドなんて知るか。

こっちは実の娘だった記憶は微塵もない。

令嬢らしい感覚もないからな。

「こちらは記憶がないので、現状赤の他人にしか見えない貴方の嗜好はどうでもいいのです。では少し、言葉を取り繕いましょうか、貴方にメリットがあったから? それともこの家にメリットがあったから? どちらです?」

ふむ。即答しないということは前者だな。

惚れた腫れた同情したとか欲情したとかそういうことならば、妾でもよかったのに。傍に置いたってお前の留守中に若い男を引っ張り込もうとする女だぞ?

「やはり、再教育が必要ですね。貴方の隣に立つアーチデール男爵家令夫人として役に立ってもらわなければ。だって貴方はあの女を妻にした。人前に出せるようにしなければなりません」

「お前な!」

「よく調べたのですか? その後、あの胡散臭い執事の報告を鵜呑みにしたまま?」

「……何があった?」

「この家の資産からしたら小さな散財かもしれないが、宝飾や服飾に金をかけすぎです。どうせかけるなら、最大限の場で披露すればいいものを。自分の居心地のいい場所でそれを見せびらかすことしかしない。貴方の傍にいるならば、それなりの装いをしてしかるべきだろう。アーチデール男爵家の令夫人ですよ。思い当たりませんか? あと、まあいろいろやらかしそうですからね」

「……やらかす?」

「不貞を働く一歩手前でしたよ」

目の前の男は息を呑む。

おめでたいな。

あの女にとっては最初から金目当ての結婚だったと思うけど。

「いいんですよ、可愛いんでしょう? 別れたくないのですよね? でも火遊びするにも、公にされては困ります。アーチデール商会が扱う商品の品位までが落ちる。それを貴方は望みますか? 私の言う、アーチデールの女主人として足りないとはそういうところですよ。現在、あの女について再調査を申し付けています。調べたら報告いたしますが?」

今使用人で身軽に動ける従僕のグリフィスを筆頭に、私の意向に恭順する旨を確認している。

グリフィスはできる男だ。

早晩、あの女の過去から現在までまるっと調べ上げてくるだろう。

「……わかった。お前にすべて任す」

私はにんまりと口角を吊り上げる。

頭痛と吐気を堪えて交渉した甲斐があった。

「……まったくとんでもない……」

「あと一つ」

「まだあるのか」

「わたしの婚約の件です。あれはなかったことにしてほしいですね」

「確かに、お前の今の状態で婚約は……何かあったのか?」

わたしは頷く。

「私の記憶がないから聞いた話でしかありませんが……」

と前置きをして、義妹といい仲らしいと伝えた。

「そうか……じゃあべインズ男爵家との縁談は、シンシアに振ろう」

大丈夫か、この男。

養女とはいえ、男爵家令嬢、しかも国内で屈指の資産家の娘を、問題ありの男爵家に嫁がせる?

本当に家のことは顧みない男だな。

いや、娘の結婚を考えていない男なんだ。

「はははは、バカですか、貴方。そんな糞の役にも立たなそうな男をあの小娘と縁づかせる? あの子が可愛い? 貴方が選んだ女とそっくりの娘ですからね。可愛いならそんな男と婚約させることはない」

「おい!」

「いいですか? 私の婚約者だという男は、私が怪我をしたにもかかわらず、見舞いどころか手紙一つ寄越さない。あのセバスチャンが知らせなかったにしろ、あの小娘がベインズ家に黙っていたにしろ、そういう男に貴方の可愛い娘を嫁がせる? そういう態度の家とあなたは仕事をしているそうだが、大丈夫ですか? べインズ家は貴方を欺いてるのかもしれませんよ? よくよく調べた方がいいでしょう」

これもグリフィスに調べさせるか。

「あの小娘も母親そっくりのあの性根を叩き直し、べインズ家よりもよりよい貴族家に縁づかせる。それがこの、アーチデール家の為に他ならない」

私は青みがかった鋼色の瞳で、父親であると思われるアーチデール男爵を見据えた。

「元は平民だから、あの小娘の思いを汲み取れとかいうならば、まあそれでもいいでしょう。あの頭の足りない小娘が選ぶのはせいぜいべインズ男爵家程度の男だ。それでいいのですか? あの容姿です。育てば男ならば誰でも手に入れたくなる淑女になれるのに。男爵家の男どころか、子爵家、いやもしかしたら伯爵家からも、希われるそんな可能性だってある」

アーチデール男爵家の為に、一番よりよい政略の駒になってもらわないと――……わたしのこれまでの人生が無になった意味がない。

胃液をぶっかけたぐらいでは、私自身の腹立ちが収まらない。

「あの娘の選んだ男が、あの娘を虐げたり、二心をもってよそ見をし、他の女に現を抜かすような男でいいと貴方が思うならば、あの娘の意向を汲みましょう。どうします? 高位貴族の男が下にも置かないで扱うような娘。その可能性――……捨てますか?」

あの娘は、しっかりした貴族家、地位も財もある家に縁づかせる。

あの母親譲りの自慢の美貌で、そういった男を捕まえさせる。

このアーチデール家が万が一の窮地に陥った場合、何を捨てても手を差し伸べるぐらいの頼りがいのある家に嫁がせるのだ。

「どうします?」

「いいだろう。この家のことを、すべてお前に任せよう」

「私のこの現状での口約束では困ります。正式な書面にて、お願いしたく」

「……本当に商人の血が色濃くでたな……お前は……記憶を失う前よりも、今のほうがアーチデールの人間になった」

目の前の男――アーチデール男爵の言葉に、私はホイッスラー夫人から習ったカーテシーをしてみせ、部屋を辞した。

グレンダとグリフィスもともに部屋を辞す。

私を部屋に送る間、メイドの姿が見えて、グレンダはその場を離れ注意に向かう。

グリフィスを付き従えさせて私は自室のドアを開けてもらった。

「グリフィス。いろいろと調べてもらうことがある。現、アーチデール男爵夫人の出自、親兄弟、親戚関係、過去の交友関係、現状の交友関係、お前に粉をかけたように、外でもやらかしていたら目も当てられん。ここにいるからには、有用に活用させなければならんからな、できるか?」

青みがかった鋼色の瞳でグリフィスを見上げる。

「Yes, My Lady」

たいへんよろしいお返事だ。

わたしは自然と口角を上げた。