軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 お嬢様のお傍におります(アン視点)

アンと言います。

アーチデール家に三年ほど前からハウスメイドとして勤め始めました。

最初にこの職場に来た第一印象は、「男爵家の家じゃなくない?」と思うほどに、王都内に大きなお屋敷。

それもそのはず、この国で上から数えても十指には入る資産家のおうちだからです。

わたしのメイドのお給金もどこのメイドの求人よりも破格だと、家政婦長のグレンダ様が仰っていて、それはハウスメイドとしてのお掃除が大変だからだろうなあと思ったものです。

この家の主はアーチデール男爵様と、そのお子様オリバー様とマリアンデール様。オリバー様は学院の成績がよろしくて、マリアンデール様は大人しくて人見知りで、それでも笑顔が可愛らしいお嬢様でした……。ええ……そうでした。

家政婦長様から、お嬢様付きに指名された時は嬉しかったです。

ですが、わたしがこの家に入って一年後に、家の空気は変わりました。

旦那様が奥様を新たに迎えられたのです。奥様のお子様もご一緒。

どきどきしました。

恥ずかしながら、わたしは絵小説が好きでよく読むのです。

お嬢様は一冊読むと、わたしにそれを下賜してくださるのです。そういうお優しさを持っていました。

こういうことができるのもお金持ちのアーチデール家だからですね。

そうそう、話を戻します。

新しい奥様とお子様が来てから、家の中が一変しました。

新しい奥様の贅沢好きなことにびっくりです。

アーチデール家はいろんな商会を抱えておりますが、奥様は服飾と宝飾の店の者を呼び寄せて次々と新しいドレスや宝石を購入されて、わたしはびっくりして家政婦長様に「お金持ちだけど、こんなに毎日お買い物して大丈夫でしょうか?」と尋ねたものです。

でも、家政婦長様は「予算はまだ大丈夫」とのこと。

家政婦長様も実は貴族の出だから、貴族のおうちのことはよく知っているのでそのお言葉が出たと思います。

それに、新しいお嬢様も奥様同様、いろんなものを欲しがります。

わたしがマリアンデールお嬢様から頂いた絵小説を取り上げられたことも一度や二度ではありません。

奥様にお願いすれば手にはいるものなのに、お嬢様はどうやら人が持ってるものを見ると欲しくなるようです。

家政婦長がそのことを窘めたのですが、言うことをきくことはありませんでした。

ある日、新しいお嬢様が、マリアンデールお嬢様からジュエリーケースを取り上げました。

それは亡くなられた前の奥様が持っていたパリュールのジュエリーケースです。

これには、家政婦長様も声を大にして止めたのですが、そこへ新しい奥様がやってきて、このジュエリーケースを取り上げたのです。

新しい奥様がいうには「前の奥様の持ち物なら、今のわたしが持っていてもいいでしょう」というのです。

理屈はそうだけど、これには家政婦長もわたしも同僚のベッキーも顔を顰めました。

マリアンデールお嬢様のお母様の形見のようなものです。

それをとりあげるなんて……、この二人は、わたしが大好きな絵小説に出てくる継母と継子のようだわ、なんて思っていました。

わたしがこのアーチデール男爵家に入ってから、平和にすごせたのはこの二人がくる前の最初の一年だけでした。

新しいお嬢様はマリアンデールお嬢様の持ち物はみんな欲しがります。

物だけではなく人も欲しがります。

旦那様がお嬢様との婚約をお決めになられたベインズ男爵子息という方がいます。

この方は大人しいマリアンデール様に優しくなくて、そして、新しいお嬢様、シンシア様にはいい顔をするのです。

なんだかわたしが大好きな絵小説のような展開が、この家で現実に起きていて、毎日はらはらしてました。

マリアンデールお嬢様は寡黙で、そんな状態でも、お二人となるべく争わないようにしていたと思います。

きっとわたしが大好きな絵小説みたいに、マリアンデール様をお守りしてくださる方が現れるに違いない! 一生懸命お仕えしようと心の中で誓いました。

そしてある日、わたしが下賜された絵小説をシンシア様がとりあげようとし、マリアンデール様がそれをお諫めになったら、シンシア様が絵小説を取り上げて腕を振り上げたところ、マリアンデール様に勢いよくあたり、マリアンデール様は階段から落ちてしまったのです!

わたしの悲鳴に他のメイドや家政婦長、執事や従僕の方も何事かと集まります。

階下でマリアンデール様が頭から血を流して倒れている状態がみんなの視界に入り、屋敷内は騒然となりました。

マリアンデールお嬢様は、三日三晩意識不明の重体でした。

お医者様は、もしかしたら永遠に目覚めないかもしれないと仰って、わたしは泣きながらお嬢様のお世話をしました。

他のメイドが交代しようと言っても、絶対に代わりません。

だってお嬢様はわたしに下さった本を守ろうとしてこんな目にあったのに!

神様、まだマリアンデール様をお連れにならないでください。

確かに、旦那様がお迎えになった新しい奥様とお嬢様が、マリアンデール様にきつく当たって、お嬢様のお心が傷ついているかもしれませんが、お嬢様の未来はこれから先、まだまだたくさんいいこともあるに違いないのですから。

わたしは神様にお祈りしながら、お嬢様のお世話をしたからなのか、四日目の朝、お嬢様は意識を取り戻しました。

頭痛と吐気がする、と仰って、慌ててお医者様を呼びました。

とにかく吐気がするならと、いくつか膿盆を用意して、お嬢様のお世話をしました。

おなかの中には何も入っていないようで、胃液だけでした。

お医者様の診断が終わると、お嬢様は仰いました。

「私の名前が思い出せないのですが」

お医者様もわたしもびっくりです。

頭を強く打ったことで、記憶がなくなってしまったようです。

でもお嬢様が意識を取り戻してよかった!

わたしは単純にそう思っていたのですが……お嬢様はその夜、眠れていない様子でした。

もちろん、お傍にいた私も眠れてません。

「すまないね……アンだっけ? もうお休み」

下がりなさいとお嬢様は仰るけれど、わたしは首を横に振ります。

お嬢様がお休みなったら、もしかして、またずっとお休みになったままかもしれないと思うと心配でたまりません。

お嬢様も同じお気持ちだったと思います。

「自分の名前も、何もかも思い出せないのは怖いな」

そうぽつりと呟かれました。

「マリアンデールお嬢様、わたしは、ずっとお嬢様のお傍にお仕えします。ずっとです。お嬢様の味方です。記憶を取り戻しても取り戻さなくても、ずっとずうううっと、お傍におります! ですから、お嬢様はお休みください。身体をやすめて力をつけてお元気になってください!」

お嬢様は「ありがとう」と仰って、その後、呟いたのです。

「――力をつけるか……」

この時、お嬢様は、このことを深くお考えだったに違いありません。

わたしは前のお嬢様も今のお嬢様も、お嬢様だと思っています。

優しくて賢くて――芯の強い方です。

その強さが、何も思い出せないお嬢様を変えていくんだろうなと、そんな予感がしました。

でも、お嬢様がどんなに変わっても、わたしは、変わりません。

お嬢様にお仕えるという意思は変わらずにいようと心の中で誓ったのでした。