軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第17話 アーチデール男爵令息オリバーにカチコミをかける

前々から一度、訪ねてみたいと思っていた兄――多分、兄であるだろうアーチデール男爵令息が在籍するアカデミーの研究室に足を運んだ。

「記憶はもどったのか? マリアンデール」

「いいえ」

「そうか」

「お兄様とお呼びしても? 貴方の現在の研究はどういったものを?」

本来なら「お兄様」なんて呼びたくもない。

記憶のない私にとっては赤の他人の知らない青年なのだから。

「植物学だな。寒冷地方でも育つことができる野菜や、穀物類の品種改良だ」

意外と堅実な研究をしているな。

学術的能力は高くても、生活能力は皆無か。

男爵家とはいえ貴族の令息が、この研究室で寝泊りしているのは見てわかる。

メイドか下男をもう少し頻繁に派遣させたほうがいいだろう。

なかなかの散らかり具合だ。

アーチデール家が領地持ち貴族なら、この男の研究は素晴らしいものだが、生憎うちには領地はない。

お前の研究費用はアカデミーから出ているものじゃない。アーチデール家から出ている。

それもわかっていないようだな。

「たまには、家にも顔を出してください。以前とは違いますよ」

「どういうことだ?」

「アーチデール家の父親も兄も、記憶を失った娘、妹を放置するような人間なのでね。自助努力で風通し良くしたまで」

お前が実家から逃げている間にな。

「だが、そろそろ進路について相談をしたく」

「進路」

「私もそろそろ学院卒業後のことを真剣に考えなければならないのですよ」

「ベインズ男爵家の嫡男と婚約していたんじゃないのか?」

ダメだこの男。

わたしはグリフィスを見る。

グリフィスは経緯は伝えたとアイコンタクトを返してくる。

「恐れながら、オリバー様、先触れの時にもお伝え致しました。今回のマリアンデール様の訪問は、ベインズ男爵家との婚約がなくなったマリアンデール様の進路についてのご相談だと」

グリフィスの言葉にアーチデール男爵令息は思い出したように相槌を打つ。

「ああ……そうだった……あの時は徹夜で」

効率の悪い研究してるな、この男。

徹夜とか鼻で笑うわ。

「普通ならば、結婚するだろう?」

兄の発言にさすがにキレた。

「記憶を失った女が結婚などできるはずがない。研究者なのに想像力が足りないな。いつ記憶が戻るかわからないのに結婚か。アーチデール男爵家から嫁に出して初夜の真っ最中に記憶を取り戻したり、子供ができて何年も後になって、十五、十六の記憶が戻ったらどうするつもりだ?」

その一言に兄はようやく私を見た。

この人物の知る妹のアーチデールはこんなあけすけで男勝りな言葉など、きっと使わなかっただろう。

「自分は十五、十六と思いこんだまま、嫁ぎ先でそういった大騒動を起こせと? 何かそういう恨みがある家でもあって、私を嫁がせたいと。そういうことか?」

青みがかった鋼色の瞳でアーチデール男爵子息を睨み上げた。

「アカデミーに在籍しているのならば畑違いかもしれないが、そういう医療系の研究をしている方もいるから、機会があれば話をしてみるといい。記憶喪失以前の記憶が戻る。記憶喪失時の記憶がなくなる。うまく記憶が融合する。もしくは永遠にこのまま、いずれのパターンもでてくるはずだ。そして本人はそれがいつどういう形になるかは死ぬまでわからない」

そう、記憶を失ってから、それが一番、私が気になることだった。

この記憶はいつ戻るのか。

それともこのままなのか。

頭痛がするたびに、私は以前の私になるのか、それともこのままなのか。

「悪かった……。そうだな……それで、進路の相談か……確かに親父は後妻に夢中だからな、お前も居心地が悪い思いもしたはずなのに、なかなか帰らずにすまない」

こいつ短鞭で打擲してやろうか。

ふざけるな。

「実の妹が、後妻と義妹にやり込められて、居心地悪いと知っていて、手を差し伸べずに放置。本当に、アーチデール家の男は自分のやりたいことしかしない。単刀直入に尋ねる。アーチデール男爵令息オリバー。貴方はアーチデール家の後継者だ。いつまでこの研究を続け、アカデミーに在籍するつもりだ? 数多くの商会を束ね、アーチデール男爵の後継者として動く気はあるのか? 今すぐ答えろ」

硬質な声を出して問い質す私に、アーチデール男爵令息は後ずさる。

「マリアンデール、お前、本当に変わりすぎだろ⁉」

「私が変わろうが、変わるまいが、お前には関係なかったんだろうが……私はアーチデール家から出られないんだ!」

ツカツカと兄と思われる男に向かって歩き、白衣の襟首を締め上げる。

「どいつもこいつも自由気ままに生きて、何故、私が我慢しなければならない? 答えろ、アーチデール男爵令息オリバー。この先、この記憶が戻らなかったら――もしくはいきなり戻ったら――常にこの不安に駆られて生きるのならば、私が私の過ごしやすい立場を確保するのは当然だ。そうだろう?」

記憶にはもうないけれど――ただ毎日びくびくと過ごせというのか?

「おい、貴族家の令嬢が男の襟首締め上げるとかするな!」

わたしはパッと手を離す。

「今のお前の襟首をひっつかむなんて、生易しい。さらに乱暴なことを一度は考えた。力を手に入れるならば大きな力を持って排除すればいい」

お前も父親も、義母も義妹も、全部全部、排除すればいい。

単純で簡単だ。この世から消してしまえばいい。

だが世の中、そうならない。

そういう理が法がある。

うまくやっても破滅は目に見えている。

それだと意味がない。

だから考えたさ。

全てを利用する方向に舵をきった。

「邪魔なものを、阻むものを、すべて排除する単純な方法があるだろう?」

「おい……、まて、落ち着け!」

「お前の襟首を締め上げてはいないだろうが。落ち着いている。先の質問に戻るから答えろ。いつ家に戻る?」

「……」

「戻りたくない? 研究を続けたい? だが、お前の研究費用はアカデミーの研究費では足りず、実家のアーチデール家から出ている。後を継がなければ研究費は手に入れられないだろう。だが後を継げば研究する時間がとれなくなる。そこで――私も、『お兄様』も、やりたいことを今の立場を維持できる方法を思いついた」

目の前の白衣を着た青年――兄が私を見つめる。

「私が商会を継いで、『お兄様』は爵位だけを継げばいい」

どうせ、お前が後を継いでも、早晩、私に泣きついてくるのは目に見えてるがな。

「この方法に、私の意向に賛同したら、寒冷地に実験場を確保してやる」

「お、お、お前にそんなことが……」

「できる。ただし、私に賛同し、契約を交わすなら――が、絶対条件だ」

グリフィスに目線を向けると、手に持っていた私のコートを恭しく着せる。

「詳細を聞きたいならば、いつでも実家に顔を出すがいい。実家もいい感じに変化しているとわかるだろう」

呆然とする『兄』と思しき男にそう告げた。