軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

32 運命の通りに

フィリップ様こと弟子1号はサロンへの誘いを断っていた。

サロンに上がったのは留学生二人とアレクシス殿下、ヘレンさん、ルドルフ様、ロッツォさんだ。

単細胞かつ既に価値観が歪んでいそうなルドルフ様はさておき。

アレクシス殿下の攻略……いや、 侵食(・・) っぷりが中々に進んでいるご様子。

悪役令嬢に関心を向けないフェーズから、敵意を抱き始めるフェーズへ移行したらしい。

どうして私に無関係なところで勝手にやっててくれないのかしらね。

私、序盤は基本、不干渉だったんだけど。

フィリップ様の件が気に入らなかったのか、謎の威嚇行動である。

そんなこんなが昼時にあった日の放課後。

「お嬢様」

弟子1号が私を迎えにくる。

私は彼を従者として扱い、帰りの馬車は一緒に乗った。

もちろん私を迎えにきた公爵家の馬車で、侍女も一緒よ。

「…………」

大人しくしているフィリップ様。

余計なことは言わない従者スタイルだ。中々に様になっている。

フィリップ様ポジションのキャラクターって将来は宰相候補な頭脳派が多いけど、学生時代から次代国王と仲良しこよししている人間は、はたして宰相に向いているのかしら?

こと、政治に関して私の前世は門外漢だ。

今世の知識で一通りの政務は理解しているつもりだけど、心情的には微妙なところ。

ただ、宰相ってただの王様の従者とは違うわよねぇ。

「ねぇ、フィリップ様」

「はい、お嬢様」

弟子1号呼びをやめて名前を呼ぶと戸惑いつつも返事をするフィリップ様。

「宰相になる未来が今、貴方には見えないのよね?」

「……はい、今の自分には相応しくないとそう思っております」

「それってフィリップ様の人生経験が足りないから、そう判断しちゃっているだけよね?」

年齢に対する精神の成長については前世の、現代日本の時代の少年たちを参考にし過ぎるのは良くないだろう。

平和な時代に生まれた子供と、戦時下で生まれた子供が、実年齢同じでも精神年齢まで同じとは思わない。

より早く成熟し、大人にならなければ生きていけなかった環境なら、絶対にそちらの方が精神的には大人だ。

だから、国も世界も違うこの場所で、学生の年齢だからそんなものだと切り捨てるのはよろしくないとも思う。

でも、この国って、かなり平和よね。

少なくとも学園周り、その生徒たちは前世の学生たちと同じような印象がある。

だから、フィリップ様も前世の高校生相当の精神性なのではないか。

もちろんアレクシス殿下たちもそうだ。

そんな人間に頭がいいからって国を担う宰相がどうたらの判断、出来るとは思えないのよね。

ああ、でも平均寿命とかが前世より低いなら、それだけ早く大人になることを望まれる環境かな?

結婚適齢期は間違いなく前世より今世の方が早い。

悠長に30代まで自由でいたくてぇ……とか言っていられないご時世だ。

私がなんだかんだと余裕があるのは、あまり自分の状況が切羽詰まっていると感じていないせいもある。

『まだまだ若いんだし』という考えがどうしてもあるのだ。

また、なんだかんだで既に楽しくお金を稼げてしまっていることと、いわゆる『実家が太い』ことが大きい。

人生どうとでもなりそう感があることと、前世の影響で結婚しないことに対して悲観的ではないことが余裕の秘訣である。

普通は? アレクシス殿下との縁談がパーになりそうってなったら、もっと焦るべきなのだ。

それこそシルヴァン様やら、セドリック皇子に飛びつくのが今世の令嬢のあるべき姿である。

「まだ諦めるには早いんじゃない?」

「……宰相になることを、ですか?」

「そう」

「……お言葉は有難いです、マリアンヌ様。ですが、宰相という役職は特に世襲されるものではありません。一度、瑕疵のついた私では認めない者も多いでしょう。親がそうだからと継げる立場ではないのです。まして仕える相手の将来が王でない可能性もあるのなら、余計に」

アレクシス殿下が沈んだら、結局フィリップ様がどうでも一緒ということね。

でも、今の時点でアレクシス殿下を見限っているのなら第二王子に鞍替えしたらいけそうだけど。

「アレクシス殿下にすべてを話して、彼らの態度を改めさせようとは思わなかった? ルドルフ様も話し掛けてきたし、目を覚ました貴方なら聞かせる機会はありそうよね?」

シルヴァン様は最初から敬遠していたし、彼らに近付いているのも調査のためだから黙っているのだろう。

でも、フィリップ様はそうではない。

あのグループの中から目を覚ましたフィリップ様は、状況を理解しつつも彼らの味方でもあるはずだ。

「……所感ですが」

「ええ」

「今のアレクシス殿下や、ルドルフたちに私の言葉が届く気がしないのです」

「ふーん?」

「彼らから離れてみて分かったことですが」

「うん」

「仮に、最初は私の言葉に耳を傾けたとしても、すぐにそれが軌道修正されてしまう、という印象です」

「それってヘレンさんに何か言われて?」

「……そうですね」

さもありなん。

私の場合は『悪役令嬢あるあるねぇ』と半ば彼らとの対話を放棄しているので気にしていないけど。

世の悪役令嬢たちは、もっと真剣に彼らとの対話を、真っ当に試みるだろう。

それらが聞き入れられず、話が通じないというのがパターンだ。

私はそれを、面倒くさ……ダル……時間の無駄……なかなかに困難だと思うので試みない。

フィリップ様目線でそうなら、あながち私の判断は間違いではなかったらしい。

「今回、アレクシス殿下はとうとう私に対して高圧的で、喧嘩腰な態度を取り始めたわ。貴方をあのグループから引き抜いたからね」

「……はい。これからどうなると思われますか、マリアンヌ様」

「ひとまずヘレンさんを中心に、しつこく貴方に近付いてくると思う。絶対に自分たちのグループを抜けることを許さないし、私の味方だとか私が原因だとか言おうものなら苛烈に私を攻撃してくるかな?」

あるあるパターンね。

「ルドルフ様に何か言われていたけど、そうだったでしょう?」

「……はい、全くその通りで」

「ヘレンさんが悲しむから戻ってこいとか」

「ええ、その通りに言われました。聞こえていましたか?」

「ううん、予想通りだなって」

さて。

今の状況でヘレンさんを理由にしてフィリップ様が離れていくことを咎めたり、引き戻そうとする行為がはたして周りにどう評価されるのか。

きっと大変に盛り上がっていたに違いない。

私が火に油を注がずとも、彼女たちの 妄想(ちから) とルドルフ様の 失言(ことば) さえあればどうにでもなる。

動き出した人々はもう止まらないのだ。

彼らは既に大手ジャンルだから。

なまものジャンルが最大手……なんと恐ろしい世界だろう。これが異世界の洗礼か。

SNSがあったら荒れ放題である。

「彼らの目を覚まさせるにはどうすればいいと思う? 言葉を尽くしても聞き入れる気配がないのよね」

「はい、温和で正当なやり方では殿下たちは止まらないと思います。間違いに気付き、立ち止まらなければ」

「今の彼らには、それは難しいと思うのね、フィリップ様は」

「……はい。言葉を尽くしても無駄に終わるか、反発されて余計に悪化するかかと」

あるある。

私も正直ああなったパターンの攻略対象って、断罪パーティーでやらかして、その断罪を覆されて陛下に罰を与えられるぐらいしないと止まらない印象なのよね。

だからこそ今まで、ほぼ不干渉だった面もある。

『今言ってもどうせねぇ……?』と。

今の私は陛下が味方なので断罪返しの準備はもう出来ているようなものだ。

このままエンディングの時期まで見守り、断罪返しで終わるか。

「行き着くところは決まっているようなものね」

「……手を尽くすべきでしょうか? 徒労に終わるとしても」

「止めはしないけどね」

破滅に向かっている彼ら。

でも、彼らの目を覚まさせようとすると、だいたい悪役令嬢に味方することになる。

そうすると『マリアンヌの差し金だな!? ならば絶対に耳を傾けん!』みたいな流れになるのだ。

そうなるとお手上げ状態に近い。

彼らのことを考えた忠告が耳に入らなくなる。

フィリップ様もそうなることを察している。

彼自身にも同じような心当たりがあるのかもしれないわ。

現時点で自分たちの評判に気付いていない彼ら、そしてヘレンさん。

彼女の目線では、概ね逆ハーレムルートは問題なく進行しているのだ。

私がしたことは言ってみれば『解釈を変えただけ』であり、ヒロインが進行しているルート自体の邪魔はしていない。

『ヒロイン一人に対して複数の攻略対象たちが侍る状況』。

それがヒロイン目線では逆ハーレムであり、周りから見たら薔薇の会なだけ。

故にヘレンさんはこのままルートを進行し、パーティーでの私の断罪を目論むだろう。

私もそうなるように手を打ったも同然だ。

早期にアレクシス殿下との婚約解消が実現しそうになっていたところを止め、ゲーム期間中の現状維持を求めた。

フィリップ様関連以外は、だいたいお互いに想定通りの盤面ね。

転生者だ、ゲームの知識だという予言めいたことをし、その記録を残す部署を王宮に設立してもらっている私の状況。

なので『放置していてもゲームの通りになる』とか『ヘレンさんが想定通りに動くこと』などを観測し、資料化することが目的だ。

現時点での盤面崩壊は望んでいない。

今回の一件を記録しておけば、隣国やその他で起きるかもしれない事態に手を打てる。

王族を交えた問題の実態と解決手段の記録があれば多少、外交的にも意味を持つわ、多少ね。

あちらの国にも転生者が現れ、とてもひどいことになる場合は恩を売れるかもしれない。

評価を得られれば、私の今後に陛下からの特別措置やら恩賞が与えられるかもしれない。

それが叶えば、この時代の文化に囚われない自由な経済活動が承認される。

私の目的は、その立場の獲得だ。

つまり、私としては最後までゲーム通りに進行してほしい。

それも悪役令嬢である私が安全な状態で。うーん、矛盾。

既にゲームからは思い切り逸れていると思うけど、ヒロイン目線ではそうでもない。

ヘレンさんの中で逆ハーレムルートは順調に進行中である。

ただ、周りからの評価が違うだけ。

「私も今のアレクシス殿下を改心させられる気がしないわね」

「……はい」

「強制的に目を覚まさせるなら、それこそ陛下に私たちの婚約解消を認めてもらうことになるけど……」

「何か問題が?」

「場合によっては、それをしても殿下の耳に入らないかもしれないわね」

断罪パーティーで婚約破棄を告げたところ、『は? 貴方との婚約なんて、とうの昔に解消しておりますが?』というパターンもあるあるだろう。

要はやっぱり、その時までアレクシス殿下の目が覚めることはないのだ。婚約解消したところで。

その通達が彼の耳に届かない。手紙で報せても目を通されないでしょうね。

「今はどうにも出来ないから、私とヘレンさんでのらりくらりと『駒』の取り合いに興じるフェーズかなぁ」

「駒の取り合い? ……ああ」

現在、フィリップ様は私の駒。シルヴァン様も広義の意味ではそう。

ヘレンさんの様子から察するに、私の目的が彼女と同じ逆ハーレムだとか思っていそうなところ。

少なくとも攻略対象の内の誰か狙いだとは勝手に決め付けているだろう。

ヘレンさんは彼らを誰も取られたくないと行動する。

私に対する悪評を彼らに注ぎ込んで……これは現時点でもそうっぽいから何をしても一緒ね。

表向き、この『駒取り合戦』に興じていれば、ヘレンさんの頭の中はそれでいっぱいになりそうだ。

私が裏で何をしていようが、彼女にとって重要なのは攻略対象だけである。

でも、攻略対象以外の男性といい仲になっていたら『何? 私の知らない隠しキャラ? 許せない!』とか考えそう。

くれくれ症候群の妹キャラみたいに私と仲のいい男性には必ず声を掛けてくるパターンね。

現状維持のために、あえてこの駒取り合戦に興じるのもいいかもしれない。

少なくとも見せ掛けだけは。

順当にいくなら私が次に狙うのはセドリック皇子でしょうね。

攻略対象を奪う行動を見せれば、ヘレンさんは私の悪評をさらに深める手を打ってくるかしら。

さて、私の知るパターンでくるかどうか。

ドレスの一件などは想定外だったからねぇ、色々と準備していたのに。

ワインぶっかけ事件発生とか、一人になったところを襲われるとか、浮気現場を発見するとか想定していた。

でも蓋を開けてみればあれだったのだ。

「そろそろ牽制を入れておこうかしら。彼らの改心は無理でも、今日の状態からさらに悪化することは防げるわ」

「……具体的にはどのような策が?」

「いえ、単に親に抗議を入れて対策を願うだけよ。あとは、殿下と私に王家の影が付けられることになったと、あえて殿下の耳に入れておきましょうか。ヘレンさんにも伝わる形で」

国際問題になる前にセドリック皇子は回収したいところよねぇ。