軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第91話 嬉し恥ずかしショッピング

『店内のチェック完了。不審者および不審物の持ち込みはありません』

『周辺の店舗、異常なし』

『道路の封鎖完了。迂回路への誘導を開始します』

『歩行者に不審者は確認できませんでした』

普段はゆったりとした時間の中で観光客で賑わう街の一角がこの日ばかりは奇妙な緊張感に包まれている。街角のいたるところに制服姿の警察官が立っており、まるでどこぞの政府要人でも訪問しているような厳戒態勢の様相を呈している。

それでいて観光客は普通に往来している所に奇妙さを感じるのだが、そんななかで陽斗は穂乃香や晃と一緒に街に買い物に出かけていた。

当然周囲には大山をはじめとした警備班がびっちりと警護しているのだが陽斗に窮屈な感じを与えないために少し距離をとって歩いている。

海外に限らず、観光地というところにほとんど行ったことのない陽斗はともかく、さすがに穂乃香と晃は警官の多さと車道が封鎖されていることに気付いている。

重斗の陽斗に対する過保護っぷりまでは知らない晃が、まさかと思って穂乃香に声を掛けた。

「な、なぁ、穂乃香。この警備状況って、もしかして」

どことなく媚びるような、ご機嫌を取るようにへりくだった態度で訊ねる晃に、穂乃香はにべもなく顎をそらす。

「知りませんわ。治安が良くて安心できるのですから良いでしょう」

ピシャリと言われて困った顔で眉を寄せる晃。

もちろん穂乃香は事情を知っている。

といっても知っているのは重斗が陽斗の生い立ちを気に病むばかりに過剰なほど安全に配慮しているということであって、真実としては別に重斗はこの国の政府にここまでの厳戒態勢を要請したわけではない。陽斗が観光に訪れるであろう時間と場所に警察官を数人派遣してもらえないかと言っただけである。

重斗の意図としては警官が巡回していればある程度の安全は確保できると考えただけで、基本は自前の護衛で対処するつもりだった。

しかし政府側としては重斗は世界的な大富豪であり、この国の発展にも多大な貢献をしてくれている相手である。

万が一のことでもあれば大問題に発展するので過剰に反応したというわけだ。

そして、穂乃香が晃にそっけない態度で接する理由はといえば、単にへそを曲げているだけだったりする。

「あ~、僕が悪かったからいいかげん機嫌を直してくれないか?」

「別に怒ってなどいませんわ」

そう言いながらも表情はむくれたままだ。

「せっかく陽斗くんと楽しもうとしてたのに邪魔して悪かったって。けどしょうがないじゃないか。あんなふうに泳ぎを教えて欲しいって頼まれたら」

晃が言った途端、穂乃香の頬が朱に染まる。

ことの発端は穂乃香と陽斗が浅瀬で遊び始めたときだ。

当然の事ながら海に入る前に上着を脱いだ穂乃香の水着姿が目に入った陽斗が恥ずかしがって目をそらした時、ビーチから少し沖で晃が見事な泳ぎを見せていた。

そして晃が戻ってきた時に陽斗は泳ぎを教えてほしいと頼んだのだ。

もちろん穂乃香のことを放っておいてというわけではなく、陽斗に気を遣わせないために穂乃香も自分は泳ぐのは得意ではないと言ってしまっていたため、無邪気な顔で「一緒に練習しましょう!」と言われてしまえば断ることもできず。

結局、真面目な気質の陽斗は真剣に晃に教わり、晃としても頼られれば悪い気もせず熱心に指導した。

残念ながら運動神経がいまひとつの陽斗の泳ぎが上達するには至らなかったが、結果的に陽斗とビーチでキャッキャウフフがしたかった穂乃香の思惑は外れ、不満の募った穂乃香が晃に八つ当たりしていたというわけだ。

とはいえ、これも普段から関係の良い兄に対する甘えと言えるだろうが。

「兄様は意地悪ですわ。泳ぎだってわたくしが教えて差し上げたかったのに」

「もうそろそろ勘弁してくれ。それに穂乃香が不機嫌そうだから陽斗くんも気にしてるみたいだぞ」

その言葉に穂乃香はハッとして陽斗を見た。

晃の指摘通り、陽斗が気遣うように穂乃香を見ているのに気付いて今度こそ羞恥で顔を赤くする。

「ごめんなさい兄様」

晃に一言そう謝罪し、穂乃香は陽斗にも雰囲気を悪くしてしまったことを謝ったのだった。

そんな寸劇がありながら陽斗達がこうして別荘を出て街にやってきた目的はといえば、買い物である。

当たり前だが今回重斗や陽斗と一緒に別荘にやってきたのは皇家の使用人の一部だけだ。ほとんどの使用人は本邸に残りいつも通りの仕事をしている。

だから陽斗はいつも世話になっている使用人たちにお土産を買っていきたいらしい。

陽斗の希望を聞いた重斗は大山達が同行することを条件に許可を出したのでこうして街までやってきたというわけだ。

過剰すぎる警備はともかく、街のメインストリートはいくつものお土産物屋やアパレルショップ、装飾品店などが建ち並び、カフェやレストランも多い。観光地としてはごくありふれた街並といったところだ。

もちろんそんな場所に行った経験のない陽斗はおのぼりさんそのもので、穂乃香の機嫌が元に戻ってからはキョロキョロしたり目を輝かせたりと、見ているだけで笑みがこぼれてしまう様子を見せていた。

「お土産はなにか考えていますの? お菓子などが定番ですけれど」

「できれば形のあるものが良いかなって。普段使ったりできる物でなにかあれば」

歩いた先にあった結構大きな土産物屋に入る。

お菓子や雑貨、衣服などの物産が所狭しと並べられ、南国らしいレイアウトでディスプレイされている、ごくありふれたリゾートギフトショップだ。

南国の島らしく貝殻を使った小物や南国をイメージしたTシャツなどが売れ筋として紹介されているらしい。

「おっ! こんなのどうだ?」

晃がいたずらっぽく笑いながら差し出したのはヤシの木や海、イルカなどがペイントされたヌンチャク。確かに高校生男子なら喜びそうなチョイスではある。

「あ、あはは、可愛いですけどあまり実用的じゃないかな」

実用されても困ってしまう代物なので陽斗も笑って誤魔化すしかない。

晃はすっかり陽斗が気に入ったらしく、気さくに話しかけながら奇妙な物を勧めたりしてくるが、多少は遠慮しているのかフラフラと離れていっては時折近づいてきてはおもしろグッズを見せに来る程度だ。

こういうところは名家の子息であっても普通の大学生らしい。

「髪の長い女性なら髪留めやピンなどはどうですか? 男性なら部屋着やちょっとした外出に使える薄手のシャツなどが無難かもしれませんわね」

人にお土産など買ったことのない陽斗は何を買えば良いのか見当もつかず、穂乃香に助言を求め、それに従って品物を選んでいく。

事前に書き出したリストを見ながら似合いそうな柄や色合いなどを一生懸命に考えているようだ。

「桜子叔母さんにも買わなきゃ」

「てっきり一緒に来られるかと思っていましたが、どうなさったの?」

「年明けすぐにお仕事があるって言ってた。ちょっと残念だけど、来年は絶対に一緒に来るって約束してくれたから」

桜子との約束を嬉しそうに語る陽斗に、穂乃香も微笑んで頷く。

陽斗にとって約束が叶うと信じられること、それ自体がとても嬉しいことなのだ。

「でも、お土産は何が良いんだろう。桜子叔母さんの好きなものってよく知らなくて」

「きっと陽斗さんからの贈り物ならなんでも喜ぶと思いますけれど、そうですわね」

穂乃香はそう言って店内を見回し、店の一番奥の一角に目を留める。

そこにはガラスケースに入れられた装飾品が飾られているようだった。

近づいてみると、サンゴや真珠、宝石などをあしらったアクセサリーが展示されていて、リゾート地のギフトとしては結構なお値段が表示されていた。

「わぁ~! 宝石?」

「宝石珊瑚と呼ばれるものですわね。陽斗さんのご予算が大丈夫ならいかが?」

言いながらも穂乃香も磨かれ光沢を放つ鮮やかな紅色の珊瑚を前に目を輝かせている。どうやらこの店のものは穂乃香の眼鏡にも適うもののようだ。

「あ、うん。大丈夫だと思う。今まで使う機会がなくてお小遣いがたくさん貯まってるから」

実際はたくさんどころではなかったりする。

陽斗が皇家で暮らすようになり、重斗はこれまでまったく可愛がれなかったのを埋めるかのように過剰に甘やかしているが、お小遣いも例に漏れない。

お小遣い用に陽斗名義の口座をひとつ作って毎月その中に入金していたのだが、普段の生活で必要なものは過剰なほど用意されている陽斗はお金を使う機会がこれまでほとんどなかった。

そして今回の旅行のために陽斗が口座を確認したところ、そこに記されていた8桁近い金額に何かの間違いじゃないかと何度も重斗に確認したくらいだ。

当然もらいすぎだと固辞しようとした陽斗だったのだが、「どうせいずれはすべて陽斗のものになるのだから」とか「お金を使うのも必要な訓練だから」などと言われて押し切られてしまった。

しかも現地ではできるだけ使ってくるようにという課題付きである。

もちろん現金を持ち歩くのは嵩張るし不用心なので実際の支払いはカードだが。

「せっかくですから、わたくしも家の人達にお土産を買うことにします」

陽斗の買い物が終わり、商品を全て別荘に発送してくれるように頼み終えると、嬉しそうにお土産を選んでいた陽斗に感化されたのか、穂乃香も家の使用人たちに買っていくことにしたようだ。

晃も合流し、兄妹でアレコレと土産を選ぶんでいる間に、陽斗はチラチラと穂乃香の様子をうかがいながら少し離れていった。

もちろん店からは出ていないし、大山達も目を離していないので心配はいらない。

その後は街を散策したり、カフェで休憩したりしながら過ごし、日が傾き始めた頃、陽斗達は別荘に戻ってきた。

「それでは陽斗さん、また夕食の時に」

「あ、あの、穂乃香さん」

玄関を入り、各自の部屋に戻ろうとした時、陽斗が穂乃香を呼び止める。

振り向いた穂乃香に、陽斗はなにやら言いづらそうに俯く。

「僕は先に部屋に戻るよ。陽斗くんも、また後でね」

「は、はい。今日はありがとうございました」

「ははは、僕も楽しかったから礼なんて言わなくていいよ。それにまだ何日もあるからね」

言いながら手を振って階段を登っていく晃を見送り、改めて陽斗は穂乃香に向き合う。

「陽斗さん?」

首を傾げた穂乃香に陽斗は綺麗に包装された長細い箱を差し出した。

「ほ、穂乃香さんにはいつもお世話になってて、えっと、お、お礼です。受け取ってください!」

両手で小箱を穂乃香の方に突き出しながら言う陽斗の顔は真っ赤だ。

「わ、わたくしに、ですの?」

陽斗が頷くと、穂乃香がそれをそっと受け取った。

「陽斗さん、ありがt……」

「そ、それじゃ、また後で!」

穂乃香の御礼の言葉を最後まで聞くことなく、陽斗は逃げるように階段を駆け登っていってしまう。

その様子を、見事なほど気配を消して彫像となっていたメイド数名が小さな溜息を吐いたとか吐かなかったとか。